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三回目

私はその場から逃げる様に走った。

ダッシュ。

相当の速さだったと思う。

今なら新幹線使わなくても帰れるんじゃないかってくらい。

比喩だけど、とりあえず人気の無い場所まで走った。

木々に囲まれたベンチを見つけてそこに座る。

何だろ。何だったんだろう。私の目は奇怪しくなっちゃったのかな。

少し大きめに「はあぁ」と溜息を付いてみる。

色んな思いを籠めた溜息。

そんな恰好いいものじゃないけど。

でも。まずは確かめないと。

私はカメラを構えた。

うん。やっぱり。

「黒猫さん」

黒猫さんはそこに居た。

「何だよ」

「何で居んのよ!てゆーか何でしゃべってんの!」

「おいおい。そんな大声出すなよ」

「何でよ!」

「一人で叫んでる女とか色々痛いだろ」

むは!確かに!他人に聞かれた変態さんだ!

私は声のトーンを落とす。

「あの……」

「何だい?」

「何で居るの?」

「さあ?分かんない」

「分かんないって」

「分かんないもんは分かんないよ。幽霊とかそーいった類かな」

「幽霊!」

こわっ!怖いじゃんそれ。

「何で私のカメラに……」

「さあ?何でだろうね」

「あれ?でも今までファインダーは何回も覗いたけど写ってなかったよ」

「さあ?」

「さあばっかり」

「悪かったな」

「悪くは無いけどさ。はぁ。旅行に来たらなんでこんな事に。あ、一人旅ね」

「くくっ。なんか祟られる事でもしたんじゃないのか?」

「してないよ。て、私祟られちゃったの?」

「幽霊と言ったら祟るだろ」

「祟ったの?」

「いや」

「違うんじゃん。ちょっとびびったよ」

ちびるところだった。

……。

大丈夫!

ホテルでちゃんとしてきたから。

今の私に死角なし!

「何で黒猫さん見える様になっちゃったんだろ」

「さあ?如何したんだろうな」

「何もしてないのにな。今日だって初めてフィルム入れ……」

フィルム?もしかして!

「黒猫さん」

「あん?」

「もしかしてフィルムかも」

「フィルム?」

「今日初めてフィルム入れたんだ。このカメラ」

「そっか。じゃあ。そうかもな。くくくっ」

黒猫さんは喉を鳴らすように笑ったけど、顔は全く笑ってなかった。

不思議な感じだった。

幽霊とか言われて、本当は怖いはずなんだけど、あんまり怖くなくて。

普通に話せちゃって。

猫なのに。

何が何だか良く分からないけど、それでも私は。

私は改めて自己紹介をした。

「私は八千代。貴方は?」

「さあ?」

「またさあって。名前くらい有るでしょ」

「無いよ。知らない。猫が自己紹介するとか聞いた事ある?」

「無いね、確かに」

じゃあ。

「銀ね」

「銀?」

「うん。名前」

「何だそれ」

「なんかさ。フィルムを銀塩ってゆーらしいんだ。だから銀」

「黒猫なのに銀か。変なの」

「嫌?」

「そんな事無いよ。ありがとう」

「猫にお礼言われるってどーなんだろ」

「猫がお礼言うってどーなんだろうな」

笑った。

ファインダーを覗きながら笑った。

他人がこんな姿見たら怖いだろうな。

だけど、気にならなかった。



私はファインダーを覗きながら色々話した。

色々試してもみた。

ファインダーを覗きながら手を伸ばせば銀を触れるかのか、とか。

結局は触れなかった。

カメラを通して見える私の手を銀は触る事が出来るのに、私の手には感触が無かった。

銀の起こす行動はカメラの中だけの事で、こちら側には何も影響が無かった。

例えば小枝を折ったとしても、それはファインダーの中だけの事。

カメラの中だけの現実。

銀の声はファインダーを覗いている時だけ。

ファインダーから銀が見える時にしか聞こえなかった。

「あ!」

私はファインダーを覗いた。

「ねえ銀」

「お?何だ?」

「水道橋の写真撮ってないよ」

「逃げてきちゃったからか」

「うん。戻って撮らなきゃ」

水道橋に戻って写真を撮った。

銀もっと左とか、動いちゃ駄目とか、喋りながら。

傍から見たら変な人なんだろうな。

それでも、それでも私は気にならなかった。

何故だかは分からないけど、気にする事すら忘れていた。

時間は過ぎ夕方になっていた。

まだ一つしかお寺さん見てないって如何なの。

ファインダーを覗きながら話をした。

「そろそろ夕飯食べなきゃ」

「そっか」

「やっぱり湯豆腐だよね」

「湯豆腐?」

「うん。ここらへんは湯豆腐が有名らしいんだよ」

「へー」

お寺さんから程近い湯豆腐屋さんに私は行く事にした。

目星は付けていたので迷う事無く向った。

ちょっと奥まった店内に入り、目的の湯豆腐を注文。

高っ!湯豆腐、高い!

私の普段食べる七十八円の豆腐とは何が違うんだろ。

運ばれてくる湯豆腐。

素敵な高級感に涎が垂れそうになるのを我慢する。

湯豆腐にカメラを構えた。

「ねえねえ」

「あん?」

「銀ってやっぱり猫舌なのかな」

「猫の舌なんだから猫舌だろ。あー、あの猫舌ってのは別物だよ」

「ん?」

「熱いのが苦手ってやつ」

「そうなの?」

「動物は熱い食べ物をあんまり食った事無いから苦手なだけだよ」

「そーなんだ」

「まあ、俺はこんなんだから大丈夫かもしれないけどな」

「じゃあさ、湯豆腐食べてみなよ」

「やだよ」

「いいじゃん。いいじゃん」

「面倒臭い奴だな」

「いいじゃん。ねえねえ」

「じゃあ一口な」

銀は恐る恐る湯豆腐を舐めた。

予想通りの展開だった。

「あっちい!」

私は笑いを堪えるので必死だった。

暴れる銀。

その所為で前足を鍋に突っ込んでしまい更に暴れる。

ファインダーの外では何も起きて無いのに。

中では大暴れ。

面白くて面白くて。

ふごっと鼻を鳴らしてしまった時は、さすがに顔が真っ赤だったと思う。

熱くなる耳を感じながら、私はシャッターを切った。

すっごい楽しい夕飯だった。


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