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一回目

私、旭 八千代は旅に出た。

旅とか格好良く言ってしまったけれど、これは只の旅行。

発端はカメラ。



夏の太陽が輝いていたあの日。

ウィンドウショッピングをぶちかましていたあの日。

そんな時。

私は古いカメラ屋の前を通り過ぎた。

通り過ぎたんだけれど、とある何かが気になってバックオーライ。

バックオーライとかちょっと恰好いい言葉だなって思ったりするけれど、運転免許は持ってない。

閉店セールと書かれた小さなカメラ屋のショーウィンド。

小さな一眼レフカメラが目に入ってしまった。

とても綺麗で。

何だか凄くメカニカルで。

何故か惹かれた。

私はカメラになんて興味なかった。

携帯電話で十分。

機械音痴な私に文明の利器であるカメラなんて扱える訳がない。

携帯電話のカメラですらボケる。

友達には奇跡だと笑らわれる。

何で勝手にピントを合わせてくれるカメラのピントがずれるのかも分からない。

何故かボケる。

たまに撮れても酷い写真ばっかり。

そんな私がそのカメラを欲しいと思ってしまった。

思ってしまったから店に入った。

カランコロンと軽い音がした。

ジムノペディが静かに流れている。

なんかいいな。

こういう古いお店がなくなっちゃうのはさびしいな。

なんて。

よくも知らないお店の事思ったり。

店内は古いカメラがずらりと並んでいた。

「いらっしゃいませ」

カウンター越しにおじさんが私に声を掛けてきた。

店主かな?

「あ、あの」

「何かお探しで?」

「その。えーと。窓の所の小さい奴が……」

「うーん?ああ。あれね。ちょっと待ってて」

「はい」

店主はカウンターから出てきてショーウィンドーに飾られた猫の人形を手に取った。

「これかな?」

違うわ!

「いえ。あの……」

「はっはー。冗談冗談」

「あ。あははは」

乾いた笑いだった。

はじめましてで冗談きついよ。

店主は茶色い皮の貼られた小さな一眼レフカメラを手に取った。

「これかなお嬢さん」

「はい!」

「お目が高いね。これはあんまり人気ないよ」

ゆっくり悲しみを籠めて、ジムノペディが静けさを演出した。

人気無いんだ。

じゃあ、お目が高くないじゃん!

「でもね。良いカメラだよ。とっても良いカメラだ。お嬢さんの思い出になるよ」

そう言って私に小さなカメラを渡した。

おおう。

小さいのに重くて。

それでなんか。

何て言っていいのか分からないけれど。

「これ。ほしいです」

「そーかい。そーかい。一応ちゃんと整備したつもりだけど中古だからね。外見の傷とかちゃんと見た方がいいよ。カメラ初めてだからメカは無理だろうけど」

「これ中古なんですか!」

こんなに綺麗なのに。

「って、え?あれ?なんでカメラが初めてって」

「それくらいは分かるよ」とおじさんはニコニコしながら言った。

「絞り優先だから使いやすいと思うよ。まぁマニュアルフォーカスも慣れれば楽しいだろう」

「ぐぬぬ。何だか難しいです」

「大丈夫教えるよ。ああ、一応これは言っておかないとね。それ、銀塩だからね」

「銀塩?」

銀鮭塩焼きって事?

私鮭好き。

「フィルムだよ」

「フィルム!」

難しい気がする。

「どうしよ。でもこれ。何かな……」

「良いんじゃないかい?楽しいよ」

「楽しいですか」

「うん。楽しいよ。使えるか如何か試してみるかい?」

いいの!



絞りの操作。

ピントの合わせ方。

フィルムの入れ方。

露出?

何だか良く分からないけど。

すっごい楽しかった。

とっても楽しかった。

「どーするかい?買うかい?」

「はい!買います」

あっといけない。

値札のチェックがまだだった。

がはっ!

ば、ばかな。

何と言う値段!

だめだ、ゲシュタルト崩壊して数字が読めない。

そーなの?

カメラってそんな高いの?

無理無理。

無理無理無理無理。

ちょっとちびるところだった。

てゆーか、若干ちびったかも。

……。

大丈夫!

ちびってない。

あーよかった。

あははは。

貯めよう。

そうだ、貯金だ!

貯金魚!

「あの……」

「なんだい」

「買えませんです」

「そーかいそーかい。それは残念だね」

「はい。とっても残念です。ごめんなさい。買えもしないのに時間とらせちゃって」

「いや。いいさ。楽しかったよ」

私はふと思いついた。

「そーだ!このカメラに合うフィルムください!」

「なんでだい?」

「このカメラ買うためにお金貯めます。だからフィルムだけでも買っておけば目標になるかなってゆーか。なんとゆーか」

「はっは。そいつはいい考えだお嬢さん。ほれ。そこのワゴン」

「これ?」

「そーだよ。そのワゴンの中ならどれでも大丈夫だ。百円均一だ」

「ほんとですか!」

私はワゴンの中から適当に。

ほんと適当に選んだ。

「これにします!」

「おっと?それはリバーサルだな。こんなの入れてあったっけ?まぁいいか。現像割高だよ。いいのかい?」

割高……だと?

カメラ屋さんが割高って。

超えるのか。

千の位は余裕で超えるのか!

まさか万の位まで。

あり得る。

ちょっと震えてきた。

いやいや。

これは武者震いだ。

あれ?

ちびった?

……。

大丈夫!

まだちびってない。

「何おびえてるんだい。千円しないよ」

「へ?そうなんですか!」

「ああ、そうだよ。じゃあ、これで良いかい?お嬢さん」

「はい!」

「良い返事だな。んじゃサービスするしかないね」

そう言っておじさんはフィルムを小さな紙袋に入れてくれた。

カウンターの下から少し大きな袋を取り出す。

そこにフィルムを入れてくれた。

でか過ぎじゃね?袋。

更に。

カメラを丁寧に包む。

丁寧に包まれたカメラは、その大きな袋へと入れられた。

「サービスだ」

「おじさん!」

「おいおい。僕はお爺さんだよ」

そこかい!

「お、お爺さんダメですよ。そんな高価なもの」

「何だ要らないのかい?じゃあいいけど」

「欲しいです!」

「じゃあ持っていきなさい。閉店サービスだよ」

「あ……ありがとうございます!」

「良い返事だね」

そう言ってお爺さんは笑った。

とっても楽しそうに。

私は何度もお礼を言った。

お爺さんは何度も笑った。

楽しかった。

帰り際。

「写真撮ったら現像に持ってきます!」

「いや。持って来てもな」

「ん?」

「今日でお店終わりだからね」

「嘘!」

「いやいや。本当さ。閉店セール」

「あ……閉店セール」

「そういう事さ。今日で僕のバイトも終了だ」

バイトだったんかい!

じじいコノヤロー!

大好きだコンチキショー!

だから、だから私は何度もお礼を言った。

お爺さんはやっぱり笑っていた。

最後にお爺さんは言った。

「写真は時間も場所も切り取れる、思い出製造機械だ。いっぱい思い出作りなさい」

そして笑った。


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