伝えたい気持ち
私は、あの人が好き。
誰にでも優しくて、普段から気配りができて、でもすごく不器用で。
そんなあの人に、私はいつの間にか惹かれて、視線を追いかけていた。
でも、私にはあの人に話しかけるようなそんな勇気はいつもなくて、遠巻きにいつも見つめることしか出来ないでいた。それでも、私の心はいつも満たされていたしそれでいいかなって、そう思っていた。
「ダメだよ美菜! それ言わないと絶対後悔するパターンだって!」
そんな私を見ていて耐えかねたのか、ある日幼馴染の加奈に教室内の休み時間という人もたくさんいる中でお説教を受けていた。色んな視線を浴びて、私はいたたまれない気持ちになるのだがそんな視線をもろともしないこの幼馴染の意志の固さというか、そう言うところを少しは見習いたい。まぁ大方、自分のことじゃないから気にすることもないのだろうと思っているのだろうけど。
「でも、話しかける機会なんてないだろうし……」
「あんた、今の時期考えなさいよ! 高校3年の2月よ!? 今やらなかったら絶対後悔するもんだって!!」
「でも、さぁ……」
どうも煮え切らない私を見てさらに腹を立てたのか、ギリギリと歯ぎしりで歯を鳴らす加奈。彼女の癖で、何かイライラすることがあるといつもするのだ。本人は無意識らしく「そんな破廉恥な癖あってたまるものか!」とギャーギャーと喚く。幼馴染の私が言うのだからそろそろ認めてほしいものだ。
でもたとえ、歯ぎしりという癖がなくともこめかみ辺りに青筋が立っているところからイライラしているのは一目瞭然で、しかもその相手は間違いなく視線を向けている私であって。何とかしないとなぁ、なんて思ってはいてもそれに対する行動がうまく見つからない。
いや、わかってはいるのだ。彼女が言いたいことも、私は本来するべき行動も。
ただ、私がそこから踏み出せないだけで。
「いい美菜!? 今日は何日!?」
「今日……?2月の10日だよ……?」
バンッ! と一際大きく机を揺らせば中身が少しこぼれおちて私の方に落ちてくる。教科書とか辞書とかだから意外とダメージが大きく、辞書なんて足元に落ちてくるものだから何とも言えない痛みが私の足元から襲ってくる。しかしそんなことは余所に、この幼馴染は熱く語る。
「あんた、4日後には何があると思ってるの!」
「……14日? 普通に学校じゃ……」
「あっほものー!!!!」
ドシン、今度は身を乗り出してこちらに向かってくるものだから机が大きく傾いた。その勢いで先程は出てこなかったノートとか筆箱までガラガラと落ちてくるものだからなにって、片づけが面倒だ。
しかしやはりそんなことには目もくれず、むしろ私が荷物を拾おうとするとその手を制止させられ、「そんなことはどうでもいいのよ! 今はあんたの話のが大事なんだから!」と意味わからないことまで言われる。あんたのせいで私の机の周りは軽い災害が起きてるのに、と文句を言いたくなったが彼女の熱い視線にかける言葉を忘れてしまう。
「2月14日! そう、それは恋する乙女が恋する男子に今までの思いを込めてチョコレートを渡す! 一世一代の大イベント! それは――――――!」
「いや、えっと、普通にバレンタイン…だよね?」
なんでそんなにさらりと言うのさ! とまたギャーギャーと騒いでいるのだが、もういいよと制止させる。妙に冷静な私を見てどう思ったのかわからないが、ふんっと鼻を鳴らして何とか落ち着いてくれた。
「そんなイベントがあるんだからあんたも飯田に―――――」
「すとーっぷ!! 加奈まじですと―――っぷ!!!」
大きな声で平気に思い人の名前をあげようとするものだから慌てて加奈の口を手で塞ぐ。「むぐぐぅ!」と息苦しそうにしているが、当の本人が今この教室にいないかと探すので精一杯。正直加奈のことなんて気にする余裕すらない。
飯田翔。すらりと高い背にバスケ部ということもあって引き締まってる身体。いつも楽しそうに男子と話している姿は普通の男の子で。それを見ているだけでも私の心は満たされている。優しくて誰にでも助けの手を伸ばす彼の姿は、どこかのおとぎ話の王子さまなんじゃないかって思ったこともあった。でもすごい器用貧乏で、助けようと思ってるのに逆に助けられる場面なんてよくある話だった。人懐っこい容姿やその性格は、クラスの中心人物といえる存在なのに、いつも謙虚な姿勢を忘れない彼には、憧れの存在になっていた。
そんなハードル高い人に私なんかな平凡な人が話しかけるなんて、そんなのお門違いにもほどがある。
「止めてよ加奈ぁ……」
幸いその場に飯田君の姿はなく、ほっと胸をなでおろすと苦しそうに私の手をバンバンと叩く加奈の口元から自分の手を離す。結構長く口をふさいでいたためか、たくさんの酸素を一気に取り込もうと加奈は肩で息をしながらこちらを見つめるが、先の言葉を発したのは私で。もう勘弁してよという顔をすれば「ごめんごめん」とちょっと苦笑じみた表情で返してくる。
「だって美菜がなっかなか言わないもんだからつい、勢いで……ね?」
「勢いでも言っていいことと悪いことってあると思うんだ?」
「……反省してます」
「よろしい」
ちょっと強めの視線を加奈に浴びせれば途端にシュンとなる加奈を見るのが楽しい。そんなこと口が裂けても言わないけどね。
でも、そっか。バレンタイン。
「ちょっと、頑張ってみようかな」
いいタイミングだと思う。目を輝かせる加奈の視線を無視しつつ、ちょっと想像。
そもそも私たちは高校3年生。卒業間近なこの時期、普段話さないような男子に話しかける女子もちらほら見えるし、もちろんその中に飯田君の姿もある。そんな中で唯一と残されたイベント、バレンタイン。チョコレートを渡すのを口実に、話をすることもできるんじゃないかって思う。
そうだ、これはもう最後のイベントなんだ。やらなくちゃ。
「やった!! もちろん美菜……」
「わかってるよ、どうせ加奈はそっちが目当てでしょう?」
「わかってるね、さっすが私の幼馴染!!」
目の前の幼馴染が目を輝かせている理由、それは多分私の作るチョコレート目当て。
私の家は結構昔から地元に立つ老舗のお菓子屋さん。その頃には珍しい和洋中全てのお菓子がそろっていて、加奈とは小さい頃学校の帰り道によく家によってお菓子をおやつに食べていたものだ。だからと言っては何だが、私は小さい頃からお菓子作りには手伝いの一環としてやらされていた影響か、料理全般がものすごい評判がいい。加奈曰く「もう美菜お店継げるって!」という幼馴染太鼓判の腕前、らしい。私としてはお父さんが作るお菓子の方がずっとおいしい気もするけど。
ということで、今回もこのバカみたいに目を輝かせてる幼馴染にあげるチョコレートを考えなくちゃなぁ、なんて思いつつその傍らで、飯田君にはどんなチョコレートを作ってあげればいいかと、今から少し楽しみになった。
「今年は加奈ぁ、絶品トリュフが食べたいです!!」
「はいはい、加奈のバレンタインはトリュフね」
二つ返事に了承し、それと同時に休み時間を終える鐘が鳴り響いて「それじゃあねぇ!」と机から去って行った。
……あっ、机の中身まだ床だ。
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当日。放課後。
私は一人、ガタガタと震えていた。寒さからじゃない、また別の意味で。
外を見れば、後輩たちが部活動に励みながら、その隅っこでは私と同じような理由で待っていた生徒たちが待ち人が来てあるものを渡している場面なんかも見える。渡す側の女の子の顔は真っ赤だ。今から自分もあんな感じになるのかもしれないと思うと、何とも言えない気持ちが私の体を駆け巡る。
こんなに緊張してることって、そうそうないんじゃないかな。思えばこんなに緊張したのは、大学受験の合格発表を待っている時くらいなものだ。そのくらいのレベルで緊張している。
そして―――――――――
「よーっす遠坂、用事って何だー?」
待ち人、現る。
いつもみたいにちょっとだけ制服を着崩して癖っ毛の髪は色んな方向に飛んでいて、人懐っこそうな顔や態度。オーラからしてとても優しそうな彼。
その名も、飯田翔君。
「あっ、えっと……」
今更ながら、何というタイミングで呼びだしているのだろうか。
誰もいない教室、放課後、二人きり。
これじゃあまるで、私は彼に告白でもするみたいじゃないか。
確かにこのシチュエーションで渡したら印象強いよ! と背中をたたいた加奈の言う通りにしてみた葉いいものの、これではまるで本当に自分が彼に告白するみたいで―――――!!
「っ~~!!!」
「おい遠坂!? 何で急に顔真っ赤にしてんだよ!?」
今すぐにでもここから逃げ出したくなる。しかしそれでは、この包装の中身を、そしてそれを包むために費やした労力も時間も、全部無駄になってしまう。でも顔は真っ赤だし、今一言でも話せば自分の自制聞かぬままにつらつらと思いをぶちまけてしまいそうで、私は真っ赤にして顔を俯かせるほかなかった。
「えっと、どうしたんだ??」
そんな私を見て、おたおたとどうしていいのかわからない飯田君はそんなことをいうと、「とりあえず、落ち着こう、な?」と私の頭をポンポンと叩いてくる。そんなことをしてくるものだから、ますます私の顔に血液が大集合して。それをみた飯田君はさらに大慌て。
おお、これなんて言う悪循環?
「あの、その……」
そんな悪循環を何とか断ち切ろうと、今にも飛び出そうな心臓を外側からぎゅっと掴むと、意を決して彼の眼に視線を交じ合わせる。真っ黒でくりくりとした目は見ているだけですいこまれてしまいそうになるが、それをなんとか抑えて、ゆっくりと口を開いて。
「これっ、受け取ってください!!」
言ってやった、もうこれ以上にないくらい大きな声で。
思わず飯田君の肩がびっくりして震えちゃうくらいの声で言ってやった。
出してやった、もうこれ以上にないくらい堂々と。
思わず飯田君が「お、おぉ」とどもりながら受け取ってくれるくらいに堂々と。
「飯田君って確か甘いの苦手って聞いたから、ビターにしておいたんだけど……」
「まじでか! それすごい助かる! 今までもらった子のやつ全員甘いやつでさぁ……」
やっぱり色んな人からもらってるんだね、人気者だもんね、仕方ないよね。
そんなことを思っていると思わぬ一言が。
「俺の好み知ってたの、遠坂だけなんだよなぁ!
今までの子はせっかく作ってくれたからもらわないわけにはいかないしなぁ……なんて思いながらもらってたんだけど、ここにきてビター!! 俺の大好きなビターとかホントに嬉しい! 遠坂サンキュー!」
へらへらと笑う飯田君の顔を見ていた私は、思わず息をのんでその目を見張るように見つめてしまう。
「それにさ、俺今一番もらってうれしい気分! ありがとな、遠坂!」
へへへっ、といつもみたいな笑顔を私に向けてきたかと思うと、「話しってそれだけだよな? まじでありがとなー!」と教室から出て行きそうになるのを、私は。
いつの間にか。
服の袖を掴んで、拒んだ。
「それ……だけじゃない」
「ん?」
「私……わたしね……」
「どうしたんだ?」
「…………好き!!」
「……ほぇあ?」
今まで聞いたこともないような声で返答されるものだから、思わず笑いそうになってしまうのを何とか抑えて、話を続ける。
「飯田君の返事は、あってもなくても……いい! ただ、私の気持ち、知ってて欲しいの……!」
そう、それだけでいいのだ。
別にもう、振られたっていい、返事がなくたっていい。ただ、私があなたのことが好きだってことを、この気持ちだけは、卒業する前までに知っていてほしかったから。
「ずっとね、好きだったの! 入学した時から、一目惚れみたいな感じで!! でもずっと、まともに話しかけることもできなくて、そろそろ卒業するんだって思ったら、言わなくちゃって思って……! だから、だから――――!」
止まらない。止めなくちゃって思うのに止まらないその口は、不意に止まった。
止めてくれたのは、他でもない目の前の彼で。止めた方法、それは―――――――
「あー……そのだな、それ以上は言わないでくれ。俺今すっごい恥ずかしいから」
彼の手、だった。
私がいつしか加奈にやったような感じで抑えられるものだから、まともに息ができない。息をしようとすればものすごい近い距離にいる彼の香りが私の体を支配して、おかしくなりそうになる。
「返事は、絶対する。どれだけ時間かかってもするから、待っててくれ。俺も今、すっごい混乱してる。びっくりしすぎて、まともな返事できる気がしないから。だから少しだけ、もう少しだけ待っててくれ」
そう言い残すと、彼は私から手を離してその場から去って行った。
そんな彼の後姿を、私は茫然と見つめるしかなかった。
まさかの続きます!続いちゃいます!!
どうも、森野です。
なにって、みなさん今日はバレンタインデーですよチョコレートもらいましたか―!?
私は学校なかったので渡すこともなくもらうこともありませんでした\(^o^)/←
ということで、今回は普通に何も考えることなく久しぶりに小説書いていました。バレンタインです、リア充です、それ書きたかっただけです←
満足です、書いてて楽しかったです←←
そしてこのお話し、実は続いちゃいます←
せっかくなのでホワイトデーまでのフラグたてておこう―なんて思いまして←
ということで、みなさんの次はホワイトデーまでお待ちくださいませー!
失礼いたします(`・ω・´)