一話 ヒキズル過去
ラトゥ帝国。
この国には異能者達が集結された、『NIGHTIRIS』通称NIという国家諜報部隊がある。
彼らは国家機密を護り、敵対国の情報を得るため、様々な手段で任務を遂行しているのだ。
この物語は、1人の青年とその仲間達の熱き物語である。
ターゲットはKARAS。
いわゆる悪の組織。キメラやクローンを創り、家族や女、子供関係なく人体実験の素材にするバケモノ集団だ。
情報によれば、この廃虚のようなビルにいるはずなのだが、何が繰り広げられているのか未だ謎。
小さな通気口から侵入し、
這いつきながら中の様子を伺った。
"ピース、聞こえるか"
慌てて小型のインカムを耳につけた。
ガサガサ音を立てながらスイッチを押す。
耳になにかあるのは気が散って仕方がなく
普段から外している。
名は、ソマル・ベッラーレ。
ピースというのはコードネーム。
異能者が集まる
国家諜報部隊NI所属の拳銃遣いだ。
"……今完璧はずしていただろう。"
「ボス、すみません、聞こえませんでした。なんて?」
"大問題が発覚した、一つはお前のその態度だ。二つ目は予想通り、このビルの地下にいるらしい、カルト小国の犠牲者数名が人体実験に使われているみたいだ。彼らとは我々とも関係性の強い繋がりだ。なんとしても救い出してきてほしい"
「なるほど、地下通路にガラス張りの水槽の中で立ったまま眠ってるおかしな人たちがいたんですが、間違いなく、その人達でしょうね」
"お前な………"
「怒らないでくださいよ、俺だって必死なんです。狭いし臭いし早く終わらせ……」
ソマルは喋るのをピタとやめた。
通路先にある自動入口からカードキーを差し込み、また別の入口へ向かう、全身白いスーツを着込んだ男が1人通ったのを捉えた。頭には顔がわからないヘルメット。ゴーグルを身につけていた。口笛を吹いては亀のように遅く歩いている男の姿を苛立ちを覚えながらも目で追い、通気口の金網を取り外し、天井から音を立てずにスッと降りた。
男の後ろに回りこみ、気づかれないようゆっくり近づいていく。舌舐めずりをしては自分の腰に巻いてある拳銃を取り出し、チャンスを伺った。
鼓動がはやく鳴っていっていることは、自分でもわかった。
次の入口にたどり着いたところで、勢いよく近づいていく。
「なんだ?!不法侵入者めっ…」
相手の口元をハンカチで押さえつけ、拳銃の持ち手で後ろの首を打ち、1発で気絶させた。
「うっ…ぐ…!」
壁にもたれかかるようにズルズルと倒れ込む。
幸せそうなアホヅラを上から見下ろし、呆れるようにおやすみと一言添えてやった。
男の身につけているものを全て脱がせ、急いで着用。
ほかの連中に気づかれないように武装した。もちろんダサいヘルメットとゴーグルも身につけて準備万端だ。
「とりあえず侵入成功、ということで許してください」
"許すわけないだろう…!まったく…勝手にしろ"
「ふ…了解」
ニッと笑みを浮かべて、盗んだカードを差し込み入口ドアが開く。
夢を見ていた。
あの日のことをまた思い出していた。
蘇る記憶はすべて絶望に変わる。
ソマルは目をゆっくり開けた。目の前にあるのは壊れたラジオとお花の束。ラジオのつまみを回して唯一聴けるクラシックの音楽が流れていたのを、そのまま寝ていたのだ。
顔を上げた同時に時計を見ると、時計の針は17時を指していた。
流れてくる音楽は流れたまま。テーブルに置いてある冷めたコーヒーを少し口に含む。
マグカップを置くタイミングで大きく口を開き、長いあくびをしてしまった。椅子の上で手足をぐんぐん伸ばし、だるそうに体を持ち上げる。
「暇……だ……人来ないし、疲れたぁ…鍋食いたい……」
誰が聞いているわけでもない愚痴をボソボソとこぼした。せっかく持ち上げた体をまた椅子にもたれて、刈り上げ部分をかく。
ラジオはニュースばかりでつまらない。あくびをしながら、ラジオの電源を切る。背伸びをしながらぼーっとしているしかなくて客も道を通る人もいない。
金髪頭をかきむしった。
────ここはラトゥ帝国の田舎町、イリスィオという、にぎやかではないごく普通の町である。
人で溢れかえる日なんて、町の行事やお祭りくらいだ。
そこで、彼の恩人の女性、ナーラ・ベルトが営むベルト・フラワーという花屋を手伝っている。
ナーラは、花をいっぱいに載せたワゴン車で街から離れ、遠くのおしゃれな街や隣の貴族達が住む住宅街まで花を売りに行っては、いつも夕方に帰ってくるのだ。これがソマルにとっての日課だ。
今日はあいにく、天気が悪くて客がほとんど来ない。来たとしても、郵便物を届けてもらったくらいである。
先ほどラジオで聴いた話は、最近物騒な事件が多発しているらしい。
ナーラは行く前に
「変な連中が来たらそこの引き出しに拳銃があるから、必要な時はよろしく。けど、花に傷つけたら容赦しないよ!」
といつものように荒い口調で言った。
なんだかんだソマルを心配してくれているので、まるで家族のように感じていた。
けれどたまに、子供扱いされているようで、お節介なお隣のカフェのマスターすら子供扱いするので微妙な気持ちで接客している。
ふと窓の外を見ると、今にも雨が降るぞと言っているかのように、雲が渦を巻き始め、空が怪しい状況だった。大好きな鍋でも作ろうと思ったが、材料がないことに気づき、気分は下がり気味。もう日が暮れている。時間が経つのは早いものだ。
「…あ」
カランカラン…
開く戸のベルが鳴った。ハッと気付き、目を細める。
黒いコートをきた青い髪の顎髭男。老けているように見えたが昔とそこまで変わらず堂々としている顔立ち。はっきり覚えていた。
「…システル・クレイヴ…さんですね。お久しぶりです」
「あぁ、刈り上げは相変わらずだな、ソマル・ベッラーレ。しかし…さん付けを忘れないのはいいことだ」
刈り上げは関係ないだろ…と思いつつ椅子を一つレジの前に持ってくる。システルは黒いコートを脱ぐと、カウンターに置いた。紅茶がいいかコーヒーがいいか、それとも、オレンジジュースがいいのかと聞くと、呆れた顔で
「その選択肢の中で俺がジュースを選ぶと思うか。コーヒーでいい。ブラックで頼む。」
と言われた。
粉上のものがないため、豆を挽かないといけないのだ。中挽きより少し細かいぐらいがちょうどいい。しばらく時間は掛かるが、平気みたいなのでさっそく準備する。後ろの棚の引き出しから客用の豆を取り出した。
「…何故ここへ?」
「…詳しくはここでは言えないが、現在本部が最悪な状況に追い込まれている。」
それを聞くなり、少し動揺を見せ、作業を続けた。
予想的中とばかりの顔でため息をつき、システルにはしばらく自分の後ろ姿を見せていた。振り返り、わざと笑顔で対応し、話を聞き流すように大変ですねと一言だけ添えてあげた。
ドリッパーにフィルターをセットし、粉を二杯入れて平らにさせる、適温95度のお湯を粉の中央に細くゆっくり注ぎ、20秒ぐらい蒸らす。
システルは目線を下げ、姿勢をくずし、指を絡めさせて、膝に体重をかけるように前のめりになる。
「………お前に戻ってきてほしい。
我々”NIGHTIRIS”へ」
真っ直ぐな目つきだ。さすがのソマルも、冗談抜きで言っていることは伝わっていた。システルの鷹のような鋭い目は、ソマルの全身を見つめた。何も喋られるわけはなかった。いつの間にか手をとめていた事にも気づかずにいた。中央に円を描きながらお湯を多めに注ぎ、粉がくぼむ前に終了させてドリッパーを外す。そして事前に暖めておいたコーヒーカップにコポコポと音をたてながら注いだ。
コーヒーと角砂糖の入った小さなビンを、システルの目の前に置く。まだ熱いので、カップから湯気が出てきているのがはっきり分かった。システルは角砂な糖を2つ入れて、スプーンでかき混ぜると、冷ましながら少し口に含み飲んだ。
「…これを言ったところで簡単に首を
縦に振るわけないと承知しているつもりだ」
「システルさん…俺は二度と戻らないと言ったはずだ。それに、俺には戻る権利なんてない。一度現実から逃げた弱い男は、主人公に似つかわしく無いんです。正義心や勇気ある精神はあの時、すべて消去されているんですよ。」
自分の分も注いだ。角砂糖とミルクを入れるとカップに口をつける。いい香りが漂ってきて一息もらした。
暖かいものが全身を通して染みていくのが分かる。
ソマルはシステルと目を合わさないように下を向いた。もう聞きたくない。耳を塞ぎそうになる。
しかし、それを無理矢理阻止するかのようにシステルは立ち上がった。
「いい加減に前へ進んだらどうなんだ…!15年だ!あの事件からもうそんなに経っているのだぞ?暗闇で顔を伏せていたって光なんて見えはしない…!誰もが綺麗な過去を持って生きている訳では無いのだ!」
バンッッ!!
ソマルは、片手でテーブルを思いっきり叩いた。
テーブルの上にはまだ飲み終わっていないコーヒーが盛大にこぼれてしまっていた。洗いたてのワイシャツには大きなシミができた。自業自得だが、苛立ちを隠さずにはいられなかったのだ。分かっている。自分でもわかっていた。しかし何もかも全て綺麗に忘れることはできないのだ。ワイシャツに染みていくコーヒーのように、ついてしまったシミはなかなか落ちないものだ。綺麗な石鹸や布同士で何度擦り洗っても、落ちるどころか、どんどん広がっていき、どんどん染みていく、それと同じだ。
そして、ずっと黙っていた口が開く。
「……人殺しに、戻る資格は無いんです。仲間も裏切りました。悪者です。俺は…悪魔です……」
システルは、驚きもせずにただ悲しそうな顔のまま悔しそうに座った。
ソマルは、あの地獄のような映像が目に強く焼き付いてしまい、心が泣き殺されるような気持ち悪い気分になった。殺される瞬間、最後の会話、
……”奴”の嘲笑う顔…
ソマルは黙ったまま、後ろを向いて一冊の本を取り出した。
システルは拳を力強く握りしめ、振動で揺れる残りのコーヒーを見つめてから、一気に飲み干すと、脱いでいたコートを勢い良く羽織った。
「ソマル、無理にとは言わない。ボスは待っていると、それだけだ。」
後ろ姿で最後に「うまかった」と、
そう言ってから、静かに出て行った。
ソマルは出て行くシステルの背中を横目で追うと
すぐに目線をそらし、1ページめくる。
カランカラン…
静かな空間で、時計の針のみの音。
めくった次のページには、小さい男の子と女の子が写った、古臭い写真が挟まれていた。それをじっと見つめ、ふとつぶやいた。
「……アリー」
指で女の子の顔をなぞる。
しばらくしてから、元にあった場所へ本を戻すと、椅子に寄りかかりながら
ゆっくりと目を強くつむった。
ここまで読んで下さいまして、誠に感謝してます。
少々編集しました。
((次回までには文章力もっとつけるぞ…!