第99話
新選組屯所-
礼庵が、屯所を訪れた。
屯所内は何故だか騒々しかった。礼庵は何かの前触れであるように感じた。
総司は今日も、床上の人である。
「礼庵殿」
総司の微笑が漏れた。起きあがろうとしたところを礼庵は手で制止し、傍らに座った。
「何か今日は皆、落ち着かないようですが」
礼庵が尋ねた。
「明日、伏見へ発ちます。」
突然の総司の言葉に、礼庵は驚いた。
「伏見へ?」
「さほど遠くはありませんが、今のようにあなたの所へ通えなくなります。ずっとあなたに言わなければならないと思っていたのですが、顔を見ると言いにくくなってしまって、つい言いそびれていました。申し訳ない。」
謝る総司に、礼庵は首を振った。
「そんなことは構いませんがあなたのお体が心配です。」
礼庵の声は乾いていた。
「大丈夫です。私は近藤さんと土方さんにどこまでもついていくと約束していますからね。這ってでも行かなきゃ。」
明るい声であった。礼庵は逆に声も出ない。総司は言葉を続けた。
「もう会えないわけじゃありません、きっと。」
礼庵はうなずいた。
「また戻ってきてください。」
やっとの思いでそう言った。
「ええ、必ず。」
総司が、手を差し出した。礼庵はそれを両手で握った。か細い手であった。
……
礼庵は悲痛な思いで部屋を出た。もう会えないかもしれない。そんな考えがよぎった。
土方が廊下の角で、腕を組んで立っていた。礼庵はあわてて頭を下げた。
土方「よく来てくれた。今日、来なければ呼びに行こうと思っていた。」
礼庵は驚いた目を土方に向けた。土方が伏せ目がちに言葉を続けた。
土方「伏見では戦になるかもしれん。」
礼庵「戦!?総司殿には無理です!」
土方「わかっている。しかし、総司がついてくるというんだ。私は最初、あれの姉上がいる江戸へ行かせようと思っていた。それはいやだと言うので、そなたの所で療養したらどうかと言ったのだが。そなたに迷惑をかけたくないのだろう。最後まで、近藤さんと私についていくと言うんだ。」
土方は最後の言葉で、礼庵に背を向けた。礼庵がその背に言った。
礼庵「総司殿は、土方殿と近藤殿のことをかけがえのない人だと言っていました。こんな言い方はしたくはありませんが、どちらにしても長くない命です。総司殿の思うようにさせてあげてください。」
半分自分に言い聞かせている礼庵の言葉に、土方が背を向けたままうなずいた。肩が震えているのを見て、礼庵は土方の優しさを感じた。




