第86話
川辺 夜-
総司はゆっくりと川辺を歩いていた。
遠くで呼子がなっている。
総司は立ち止まり、そちらの方向を見た。
総司「あっちの方向は…見廻組かな…?…」
そう呟いた時、背中から足音が聞こえた。
総司はすっと刀に手をやり、警戒した。
…しかし、殺気を感じないので、ふとそのまま振り返った。
総司「!斎藤さん…!」
斎藤「よお」
斎藤が珍しくにこにこと笑いながら、手を上げて近づいてきた。
総司「斎藤さんが…こんな時間に散歩なんて珍しいですね。」
斎藤「島原の帰りよ。…しばらく寄れねぇからな。」
総司は、目を伏せた。
総司「斎藤さんも、伊東さんたちと行ってしまうんですね。」
斎藤は、逆に目を見開いた。
斎藤「なんだ、知らなかったのか。俺は、彼らの見張り役だよ。」
総司は驚いた。
総司「見張り!?」
斎藤「言うなれば、間者だな。」
斎藤は、にやりと笑った。
斎藤「伊東さんは分隊だと言っているようだが、要するに薩摩藩と手を組みたいって魂胆だ。…土方さんはそれを見越して、俺をあっちに行かせるのよ。」
総司「なるほど…。」
総司は、何も知らなかった自分が恥ずかしくもあり、情けなかった。
斎藤「それより…大丈夫か?最近、部屋に閉じこもっていることが多くなったようだけど。」
総司「医者の言うことを聞いているだけです。土方さんもうるさいし。」
総司が、そう言って笑った。
斎藤「ならいいが…。無理するなよ。その病は無理がいけねぇから。」
総司「はい。…斎藤さんも無理しないでください。」
斎藤「そうだな。ばれて斬られちゃぁ、しまらねぇもんなぁ。」
斎藤は首をさすりながら、そう言って笑った。
総司「…それから…」
斎藤「ん?」
総司「藤堂さんのこと…お願いします。…彼こそ、いろいろと無理する人だから。」
斎藤「そうだな…。…あれも若さかねぇ。…案外熱くなる質だからな。」
総司「伊東さん達が薩摩とつながってしまうなら…いつか、新選組と対立することになるでしょう。…できれば、藤堂さんと刀を合わせたくない。」
斎藤「……」
総司「でも、藤堂さんは「その時は、お互い情けは無用だ」って。」
斎藤は苦笑した。
斎藤「やつのいいそうなことだ。…だけど、たぶん避けられないだろうな。」
総司「!!」
斎藤「おまえさんの不安が的中した時は、藤堂の言うようにしてやれ。…それが逆に情けっていうもんだと俺は思うがね。」
総司は唇をかんで、斎藤を見た。斎藤は総司にうなずいて見せると、黙って月を見上げた。
そして総司は…川面に揺れる月を見下ろしていた。




