第75話
翌日-
十番隊の槍の稽古中に、中條が防具をつけて現れた。
原田「おお!中條か!」
稽古を見ていた原田が、うれしそうに中條に駆け寄った。
原田「もしかして、十番隊に入る決心をしてくれたのかい?」
中條「違います!」
中條がにこにこと笑いながら、身を引いた。
中條「沖田先生に言われたんです。槍もやってみろって。」
原田「総司が?」
中條「両方使える人間がいたら、一番隊の戦力があがるからと…」
原田「ちっ…都合のいい奴だなぁ…」
原田はそう言って、大声で笑った。
原田「でも、嬉しいよ。俺が教えてやる。びしびし鍛えてやるから、覚悟しろよ。」
中條「はい!よろしくお願いします!」
原田は、中條のすがすがしい表情に、ふと眉を寄せた。
原田(可哀想なやつだ…。こいつはもう、女を好きになることはないだろうな…)
その原田の表情に、中條は慌てるように自分の体を見た。
中條「…何か、変ですか?」
原田「いや、そうじゃない。」
原田はそう言いながら笑って、少し中條から離れて言った。
原田「中條…槍を体の横に立てて、足を開いて立って見ろ」
中條「は?」
中條は、原田に言われるままやってみた。
中條「…こう…ですか?」
原田が、中條を指差して笑った。
原田「武蔵坊弁慶って、こんな風だったんだろうなぁ!」
中條「???弁慶は槍じゃなくて、長刀じゃなかったですか?」
原田「いいんだよ、そんな細かいことは!」
原田は、くすくすと笑いながら言った。
原田「それより、おめえよ…壬生狂言の弁慶役で、面なしで出られるぞ!」
中條「原田先生!真面目にやってくださいっ!!」
二人のやりとりに、十番隊の全員が笑った。
……
槍の稽古の後、中條は明日香と会うはずだった川辺に来た。
目を閉じ、明日香の笑顔を思い浮かべた。
『身は離れても、心は中條様にずっと寄り添うております。』
手紙の最後にあったその文字には、涙が落ちたようなにじみがあった。
中條(明日香さん、お幸せに。)
中條はそう思うと、袂に入れていた小さな木箱を取り出し開いた。そして、少し顔を近づけた。
中條(明日香さんに似合う香り…)
木箱の中には「香り袋」が入っていた。明日香につけてもらうつもりだった。…だが、つけてもらうことはもうない。中條は木箱をそっと閉じた。
中條「初めてで…最後の恋を、ありがとうございました…」
中條はそう呟くと、木箱を川に放り投げた。
…木箱は、一旦沈んだが、やがて浮かび上がり、そのまま流れていった。




