第7話
屯所への帰り道-
総司は夕闇の迫る道を歩きながら、礼庵の言葉を思い出していた。
礼庵『微熱が続いていたのではありませんか?ちゃんと松本様からいただいている薬を飲んでおられますか?』
松本様とは、松本良順医師のことであるが、最近京から離れているので、松本の紹介してくれた医者から薬だけをもらっている。
しかし、これが苦味が強くて飲みにくかった。礼庵がくれる薬の方が、まだ喉を通りやすいのである。
実は土方もそのことを知っていた。というのは、ひと月ほど前に、土方が熱を出し、ちょうど松本から紹介された医者にもらった、熱さましの薬をわけたのである。
土方『良薬、口に苦しと言うが…こりゃ、苦すぎるな。』
さすがの土方も口をいがめて言ったのだった。
そして、薬を飲むのをいやがる総司の気持ちを理解してくれたようである。
総司は土方が熱を出したときのことを思い出して、ふと小さく吹き出した。
総司(鬼のかくらんか…)
そう思ったとき、突然咳が込み上げてきた。
総司「…!」
総司はあわてて路地に入り込み、咳込んだ。
総司「(また…血を吐くかな…)」
そう思いながら咳き込んでいると、ふと後ろに人の気配を感じた。
口にこぶしを当てたまま振り返ると、見慣れた少女が立っていた。
総司「…!」
名を呼ぼうとするが、咳が次から次へとこみ上げて、声を出せない。
あわてて、離れろと言うように空いた方の手を振った。
少女はそれには従わず、総司の背中を一生懸命にさすった。
総司は驚いたが、とにかく咳を止めようと思い、懐紙を取り出し口に当てた。
やがて、総司の咳が止まった。
少女はそれでも、総司の背をさすり続けている。
総司「…大丈夫だよ…ありがとう…さえちゃん。」
少女は驚いて、総司を見た。名前を知られているとは思っていなかったようだ。
さえ「ほんまに…大丈夫どすか?」
総司「大丈夫…。さえちゃんのおかげで助かったよ…。」
さえは、えくぼを見せて、はにかむような顔をした。
総司「今日はどうしたの?…買い物かい?」
さえは首を振った。
さえ「…お母さんが縫った着物を届けに行ったの。」
総司「…そうか…えらいね。でも、独りじゃ危ないな…。おじちゃんと一緒に家へ帰ろう。」
さえは、驚いた表情をして首を振った。
総司「背中をさすってくれたお礼だよ。…さぁ、行こう。」
総司は立ち上がって、さえを促した。
さえは心配そうな表情で総司を見上げたが、総司に再び促されて歩き出した。
総司はさえに手を差し出した。
さえはその手を見て、不思議そうな表情をし、総司を見上げた。
総司「…おじちゃんと手をつなごう…。その方が安全だから。」
さえは、はにかみながら、総司の手を取った。
総司(みさと同じぐらいの年頃だろうか…。子ども扱いしてはいけないのかもしれないな…)
総司はそう思いながら、そっとさえの手を握った。…が次の瞬間、驚いた表情をして、そのさえの手を自分の目の前まで持ち上げた。
さえ「…!?」
さえが、手を引っ張られて怯えた表情をした。
総司「ごめん…。手がひどく荒れてるね…大丈夫かい?」
さえは顔を赤くしてうなずいた。
さえ「英次郎兄さんが薬をくれはったから…」
総司「…じゃぁ、もっとひどかったんだね…」
総司、胸をしめつけられる思いがする。ふと、自分が試衛館で見習をしていた頃を思い出した。
総司「薬がなくなったら、またお兄ちゃんに言うんだよ。」
さえは顔を赤くしてうなずいた。さっき「英次郎兄さん」と言ったときに、ぱっと頬が赤く染まったのを総司は見逃さなかった。今も、首筋まで赤く染めたまま歩いている。
総司(…もしかして、初恋なのかな?)
総司は複雑な心境で、さえの手を引いて歩いた。
夕闇は闇へと変わりかけている。




