第51話
天見屋の一室-
舞妓は総司の胸にしがみついたまま、むせぶように泣いていた。
総司「…私も…あやめのことを好きだよ。」
舞妓はその言葉に驚いて、顔を上げた。
総司「…でも…あの人への想いとは違うんだ。…あやめへの気持ちは、あの人への想い以上にはなれない…。わかって欲しい。」
舞妓は見開いていた目から涙をぽろぽろとこぼした。そして、いっそう強く総司の体を抱きしめた。
舞妓「好き…言うてもろただけでも、うち嬉しおす…。」
総司は微笑んで、そっと舞妓の体に手を回した。
舞妓「でも…こうして沖田はんの胸の中にいても…沖田はんの心が傍にないのがわかります。…ほんま…想い人はんって幸せな人や…。こんなに沖田はんに想ってもろて…。」
総司「……」
舞妓「…でもな…ほんまはうち…沖田はんのそんな一途なところが好きなんどす。…こんなことで、沖田はんがうちのこと好きになってしもたら…嫌いになってしまうかもしれまへん…。」
総司は苦笑した。
総司「…勝手な話だ。」
舞妓は涙を流しながら、くすくすと笑った。
……
総司と中條は天見屋を出た。
心配した女将がかごを呼ぶと言ったが、総司は断った。
総司「夜風に当たりながらゆっくり帰りますよ。具合が悪くなったら、中條君にかついでもらいます。」
総司が笑いながらそう言うと、女将は恐縮してただ平謝りしていた。
総司は何か気まずそうにしている舞妓を見た。
総司「あやめ…また天見屋で宴があったら頼むよ。」
舞妓は驚いたような目をした。
あやめ「…うちで…ええんどすか?」
総司「あやめの他に、誰がいるんだい?」
あやめ「…沖田はん…」
舞妓はまた涙をこぼした。
女将と中條は何かきょとんとして、二人を見ている。
舞妓は涙を指で払うと、ぽんと自分の胸を叩いた。
あやめ「任せておくれやす。…その時は、ずっと沖田はんの傍から離れまへんえ。」
総司「…わかった。覚悟しておこう。」
総司は笑いながら、女将と舞妓に手を振りその場を離れた。
女将と舞妓は、いつまでも総司と中條に手を振り続けていた。
……
総司と中條の下駄の音が月夜に響いている。
中條「…先生、大丈夫ですか?気分が悪くなったらおっしゃってください。」
総司「大丈夫ですよ。…かついでもらうというのは、冗談ですからね」
総司が笑いながらそう言った。中條も笑いながら、総司の歩調に合わせてゆっくりと歩いた。
総司「…中條君…」
中條「はい!」
総司「…女心って…難しいですね…」
中條「…は?」
総司「いや…なんでもないんです…。」
中條「?????」
総司は小さく笑って、月を見上げた。
総司(あやめがいつか本当の恋を見つけたら…私はもう彼女に甘えられなくなるなぁ…)
何か寂しく感じたが、その日が早く来るといい…と、総司は思った。




