第49話
天見屋-
女将が声もかけずに、中條と舞妓のいる部屋のふすまを開いた。
二人は驚いて、女将を見た。
女将「すんまへん。ゆっくり飲んではる時に…。あの…沖田はんがちょっと体を休めたい言いはって…。」
中條は、その女将のおどおどした声に驚いて腰をあげた。
中條「具合が悪くなられたのですか!?」
女将「すんまへん。うち、つい沖田はんに酒を飲ませてしもて…。今、ちょっと横になってはるんどすけど、中條はんに先に帰るように伝えて欲しいいいはって…。」
舞妓と中條は顔を見合わせた。
舞妓「そんなに具合悪いんどすか?」
女将「本人はんは、ちょっと酔っただけやいいはるんどすけど。」
中條「…先生がそんなご様子なのに、僕、先に帰るわけには行きません。…先生の具合がよくなるまで、こちらで待たせてもらっていいですか?」
女将「それはもう!うちもその方が安心どす。…あんまり遅くなるようやったら、土方はんには、うちのもんから連絡させますさかい…」
中條「お願いします。」
女将は深々と頭を下げて、部屋を出て行った。
中條「…大丈夫かなぁ…先生…」
舞妓「肺病の方…よくないんどすか。」
中條「!…・ご存知だったんですか?」
舞妓「へえ…女将さんからは聞いてたんどすけど…でも、本人さんには知らん振りしてます。」
中條「…そうでしたか。」
二人は、もはや酒を飲む気にもなれなかった。
「あの…」
二人は同時にお互いに呼びかけた。そして、笑った。
舞妓「門番はんから、どうぞ。たぶん同じことを考えてるんやと思いますけど…」
中條「…そうでしょうね…」
中條は少し体を小さくして言った。
中條「申し訳ないですが、沖田先生の様子を見に行ってもらえませんでしょうか?…僕が行ったら、先生、気を遣うと思うので…」
舞妓「うちもそのつもりどした!…任せておくれやす。…でも、しばらくお傍にいるつもりどすから、門番はんも、横になっておいておくれやす。お酒もまた持ってこさせますさかい…。」
中條「いえ…酒はもう…充分にいただきましたので…」
中條には、いつも飲む量の半分くらいだが、とてもこれ以上のむ気にはなれなかった。
舞妓「そうどすか。ほな…行ってきます。待ってておくれやす。」
中條「お願いします。」
中條は舞妓が出て行ったあとも、体を横にする気持ちにならず、ただ、その場に座っていた。
……
舞妓はそっとふすまを開いた。
中を見ると、総司がこちらに背を向けて体を横にしていた。
舞妓は黙って部屋に入り、ふすまを閉じた。
舞妓は指をついたまま、膝をすらせて総司の背中に近づいた。
総司は動かない。
舞妓は総司の顔を覗き込んだ。
何かあどけない顔をして寝入っている。
舞妓はふと微笑んで、総司の体にかかっている薄布を掛けなおしてやった。
舞妓「…今、どなたはんの夢を見てはるんどすやろなぁ…。」
「…さぁ…誰だろうね…」
舞妓「!!」
舞妓はいきなり目を開いた総司に驚いて、足を崩してしまった。
舞妓「もう、沖田はん、いややわぁ!…びっくりさせんといておくれやす!」
総司は笑いながら、ゆっくりと起き上がった。




