第43話
四条橋の下-
中條は、隊服を舞妓の体にかぶせると、頭の下に手ぬぐいを引いて寝かせ、もう一つの手ぬぐいを河の水で濡らして戻ってきた。
そして、その手ぬぐいを舞妓の顔の痣にそっと当てた。
舞妓「冷とうて気持ちええどす…。おおきに、門番はん…」
舞妓が目を閉じて言った。中條はまだ怒りに体が震えたままである。
中條「必ず、捕らえてみせます。場合によっては…斬り捨てます…」
舞妓は「おおきに」と答えた。
舞妓「でもな…門番はん…無理どすわ。」
中條「…え…?」
舞妓「うちをこんなにしたのは、「秋吉」いう、大店の跡取はんどす。」
中條「!!」
もちろん、中條もよく知っている店だった。四条では一、二を争う呉服屋である。
舞妓「跡取りはんは、とても人当たりのええお人やさかい、誰も信じはれへんやろし…もう、知らんことにしておくれやす。」
中條「…でも…!」
舞妓「たのんます。うち、恥をかくだけやさかい…」
中條は口をつぐんだ。そして、唇を噛んでうつむき「くそっ!」と何度も呟いて、涙を流した。
舞妓「…門番はん…うちみたいな女のために泣いてくれはって…優しい人どすなぁ…。ほんまおおきに。」
舞妓は、中條の頬に流れている涙を指で払った。
……
舞妓の置屋-
礼庵は、舞妓の顔や体にある痣を見て、思わず目を伏せた。
礼庵「ひどいことを…」
舞妓は表情のない顔で天井を見ていた。
傍にいた女将が涙を流しながら、診察を終えた礼庵に尋ねた。
女将「…先生…このあやめの顔…ちゃんと治りますやろか?」
礼庵「大丈夫です。私が直接、専門の医者に薬をもらってきます。…ただ、しばらく痛みが残るだろうから、痛み止めを飲ませてください。」
女将「…わかりました…」
礼庵は、無表情のあやめに向かって言った。
礼庵「とにかく…命が残っていてよかった…。辛いでしょうが、気を強くして…。」
舞妓「へえ…おおきに、先生。」
舞妓はやっと微笑んで礼庵を見た。その笑顔が礼庵にはよけいに辛かった。
……
部屋を出ると、中條が沈鬱な表情で、冷たい玄関に座って待っていた。
礼庵「中條さん。もうここにいても仕方がないですから、屯所へ戻りなさい。」
中條は力なくうなずくと、ゆっくりと立ち上がり、礼庵と一緒に置屋を出た。置屋の外には総司が立っていた。
中條「!!…先生!」
総司「中條君…ありがとう。」
中條は首を振った。総司は礼庵に向いた。
総司「あやめは…どんな様子ですか?」
礼庵「…思ったよりも落ち着いているようですが、…しばらくはそっとしておいた方がいいでしょう。」
総司「…そうですか…では、私は…しばらく会わない方がいいな…。」
中條はじっとうつむいたまま、両手拳を震わせていた。総司は、そんな中條の肩を優しく叩いた。




