第41話
礼庵の診療所-
礼庵は、裏木戸の向こうで黙っている人物に言った。
礼庵「…答えないと開けませんよ…いったい誰です?」
しばらくの沈黙ののち、遠慮がちな声が聞こえた。
「…私です。…総司です。」
礼庵「!」
礼庵は、あわてて錠をはずし、木戸を開け放った。
そして、総司がゆっくりと木戸口をくぐって中へ入ってきた。
礼庵「だめではないですか。暖かくなったとはいえ、まだ空気は冷たいのに…!」
礼庵が思わず、総司に言った。
総司は「…申し訳ない…」と言って、しかられた子供のようにうつむいている。
礼庵は思わず吹き出した。その総司の姿がなんともおかしかった。
総司「…笑わないで下さいよ…。」
総司が膨れて言った。
礼庵「これは失礼を…。さぁ、中へお入りなさい。また熱を出したら大変です。」
総司は一礼して、礼庵について中へ入った。
礼庵の部屋--
二人は向かい合って座ったが、しばらく何も言わずにいた。
やがて総司が申し訳なさそうに口を開いた。
総司「私のことを…怒っていますか?」
礼庵「もちろん、怒っていますとも。」
礼庵は真顔のまま答えた。
総司「…やっぱり…そうですか…」
しばらく重苦しい空気が流れたが、こらえきれずに礼庵が笑い出した。
礼庵「…だめですね。私は役者にはなれないようです。」
総司は驚いて顔を上げた。
礼庵「怒ってなんかいませんよ。そうじゃなきゃ、みさを行かせたりするものですか。」
総司「…いや、怒ったからみさを来させたのだと思ったのです。」
礼庵「そうでしたか。」
礼庵は、しばらく声を押し殺しながら笑っていた。確かに中條から総司の本心を聞かなければ、今でも怒っていたかもしれない。
総司「…もう…会えないかと思った…。」
礼庵「!…総司殿」
礼庵はふと口をつぐんだが、すぐに笑って言った。
礼庵「私は屯所へいけなくても、また町中で会えると思っていましたよ。」
総司は「そうですね」と少し微笑んだ。
礼庵は1、総司がまだ体が完全でないことを悟った。
礼庵「明日から巡察に出られると聞きましたが、大丈夫ですか?」
総司は顔を上げて、慌てたように言った。
総司「大丈夫です。…本当にご心配をおかけしました。…みさにまで迷惑をかけてしまって…」
礼庵「あの子は喜んでいましたから、気になさらないで下さい。…ただ、無理をしないでください。またすぐに倒れてしまったら同じことですよ。」
総司「…わかりました。…また説教が始まりそうだから、そろそろ帰ります。」
総司はそう言って、立ち上がる風を見せた。
礼庵「総司殿!」
礼庵はそう小さく怒鳴ってから、くすくすと笑い出した。
総司も座りなおして笑った。
礼庵は、やっといつもの二人に戻れたような気がした。




