第40話
礼庵の診療所 夜-
礼庵は膝の上に、みさを乗せ月を見あげていた。
礼庵にとって、みさはまだまだ子供だった。時折ふと見せる、大人っぽい仕草も礼庵にはかわいらしく見えた。
みさ「沖田のおじちゃんね…。明日からお務めなんだって。だから、これからは毎日来なくていいよって。」
礼庵「そう…。ちょっと心配だね。」
みさ「…うん…。でもね、もう元気そうだった。…先生にありがとうって言っておいてって。」
礼庵「そうか…。」
礼庵は微笑んだ。礼庵には総司が、みさにも気を遣っているように感じたのである。
みさ「あのね…先生。」
礼庵「ん?何?」
みさ「…みさ、沖田のおじちゃんと決めたの。」
礼庵「?…何を?」
みさ「お医者様にはならないけれど、お医者様のお仕事は勉強するって。」
礼庵「!?」
礼庵はふと言葉を失った。
みさに、医者になりたいと言われた時はすぐに反対したが、後になって嬉しくなった。しかし、やはりみさには普通の女性として生きて欲しい。その気持ちは変わっていなかった。
みさ「お医者様のお仕事もできる、いいお嫁さんになるの。」
礼庵は思わず笑った。
礼庵「それはいい。それなら、先生も反対しないよ。」
みさ「本当!?…嬉しい!」
みさは、礼庵の膝から降りて、礼庵の首に抱きついた。
礼庵(嬉しいのは私の方…。ありがとう…みさ。)
礼庵はみさを強く抱きしめながら、心の中でそう言った。
……
礼庵は、独りで月を見上げていた。
みさは、もう自分の部屋で眠っている。
礼庵(みさが医者に…)
本当ならば、後継ぎができたと喜ぶべきだろう。
しかし、みさは女である。女にはこの仕事は厳しい。体力だけではない。正直、礼庵が男姿をしていなかったら、患者は来なかったかもしれないのである。
礼庵(医者の仕事もできるいいお嫁さんか…うまく考えたものだ。)
礼庵がふと笑った時、裏木戸を遠慮がちに叩く音がした。
礼庵「…急患か…!」
礼庵は慌てて履物を履き、裏木戸へと走った。
礼庵「どなたです?…どなたか病気になられましたか?」
そう礼庵が尋ねたが、返事がない。
礼庵は、少し不安を覚えた。




