第36話
礼庵の診療所-
礼庵は神妙な表情で、中條を見つめていた。
中條は礼庵に、総司が言っていたことをすべて告げたのだった。
中條「先生には、黙っているようにと言われたんですが…」
礼庵「…そうでしたか…ありがとう。中條さん…。」
礼庵は自嘲気味に笑った。
礼庵「しかし、医者が疲れを悟られるなんて情けない話だな…」
中條「そうは思いません!…お医者様だって…人間ですから…」
礼庵「土方副長はなんとおっしゃっていましたか?」
中條「最初は怒ってらっしゃいましたが、沖田先生がおっしゃっていたことをそのまま告げましたら、仕方がないなと…。そして…礼庵先生に謝っておいて欲しいとのことでした。」
礼庵「副長にまで謝ってもらっては…ますます立場がないな…」
礼庵は苦笑した。
礼庵「どちらにしても、私は行かない方がいいようですね。…私が行くと、総司殿に気を遣わせてしまうようだから…」
中條「本当は来て欲しいんだと思うんです。…このところ、外へ出歩くこともできなくなっておられますし…。」
礼庵「…ずっと、部屋に独りでいては…治るものも治らないだろうな…。中條さん、どうか話し相手になってやってください。」
中條「そのつもりですが…。でも、毎日僕と話をしていても、おもしろくないと思うんです…」
礼庵「それはないとは思いますが…。…しかし、困ったものだ…」
礼庵は困り果てた表情で黙り込んだ。
……
総司の部屋-
総司は床も引かず、畳の上で組んだ手を枕にして寝転んでいた。
外を歩きたいのだが、まだ近藤が許してくれないのである。
先日、道場へ行ったこともばれてしまい、怒られてしまった。
総司「…これじゃ、体がなまってしまう…」
そう呟いた時、外から中條の声がした。
総司「…どうぞ…」
総司はゆっくりと体を起こした。すると中條の遠慮がちな声が返ってきた。
中條の声「…あの…今日はお医者様が…」
総司「え?…誰が呼んだんだい?」
総司は少し憮然として答えた。
中條「…いいでしょうか?」
総司「今、そちらにおられるのかい?」
中條「はい…私の隣に…」
総司「…わかったよ…どうぞ。」
もう来ているのなら仕方がない…と総司は憮然としたまま答えた。
すっとふすまが開いた。
その開いたふすまの向こうを見て、総司の眼が丸くなった。
総司「…医者って…」
かわいい医者だった。みさである。照れくさそうに下を向いて、手にもった風呂敷包みをもて遊んでいた。
総司「…みさ…」
総司の目頭が熱くなった。礼庵からの心遣いだということを悟ったのである。
みさ「おじちゃん…最近来てくれないから…。」
総司「…ごめんよ…さぁ、入っておいで。」
総司はみさに手招きした。
みさは嬉しそうにして、中へ入った。
総司「中條君ありがとう…。後で呼ぶから…。」
中條「はっ」
中條は総司の嬉しそうな顔を見て、ほっとしたような表情でふすまを閉めた。
ほどなく、部屋の中から、総司とみさの笑い声がした。
中條は立ち上がってその場を離れ、呟いた。
中條「さすが、礼庵先生。…ツボを心得てるなぁ。」
が、本当は礼庵本人が来たいに違いないとわかっていた。
中條「まさか…このままお二人が会わないなんてことになったら…」
中條の胸に、ふと不安がよぎった。




