第26話
川辺-
女性は、総司が主人のことを覚えていることに驚いているようだった。
女性「…主人を覚えているのですか…?」
総司は女性に向かって深々と頭を下げた。
女性「!」
中條「!先生!」
総司「…誠に申し訳ないことをしました…。信じてもらえるかどうかわかりませんが…本当は生きて番所に引き渡すつもりでした。」
中條は、はっと自分もその時のことを思い出し、あわてて総司の横に立ち、女性に言った。
中條「本当です!先生は斬るつもりはなかったんです!…でも、ご主人が「生き恥をさらしたくない」とおっしゃって…」
女性は口元に手を当てた。
女性「…主人が…」
総司「…それでも斬ってはならなかったのかもしれない…でも…どうしても…」
総司が言葉につまっていると、女性が涙ながらに言った。
女性「…主人が言いそうな言葉ですわ…。」
総司は驚いて顔をあげた。
女性「…ばかな人…」
女性はしばらく両手で顔を覆って泣いていた。
……
女性の家-
女性は名前を「お民」といった。
総司はそのお民の主人の遺品を前にしていた。その横には、簡易ながらも線香が立てられている。
総司はその遺品に向かって手を合わせていた。後ろにお民が座っており、中條は戸口の近くにすわって、2人の様子をじっと見ていた。
お民への警戒はもうなくなっている。
お民は貧しく、主人の墓を建てられなかった。そのため、寺の無縁仏にまつられていると言う。
総司「…もっと早くわかっていれば…お墓を立てるお金を作りましたのに。」
お民は笑った。
お民「それには及びませんわ。…沖田さんに墓を立ててもらったなんてことになったら…あの人、あの世で肩身の狭い思いをするでしょうから」
総司「…それは、そうですね。」
総司も小さく笑った。
お民「…でも、こうして沖田さんに拝んでもらったことは、嫌な気はしていないと思います。」
総司「…だといいけれど…。」
お民はつと立ち上がって、総司の横に座り、刀に向かって言った。
お民「…お前さん。…「武士と言うものは、軽軽しく人に頭を下げたりしないものだ」とか言って、どんなことがあっても、私に謝ったりしなかったよねぇ…。でも、この人はね。…私みたいな女に頭を下げてくれたんですよ。」
お民は、驚いた表情で自分を見ている総司に向いた。
お民「ほんと、自尊心ばかり高くて、どうしようもない人だったんですよ。…残される私のことなんて考えもしなかったんでしょうね。」
お民はそう言って総司に笑いかけた。総司はうつむいて身を縮めた。
総司は遺品の刀を見た。そして、この刀で斬りかかられたことを思い出していた。
『どうせ死ぬなら、おぬしとやりあってから死にたい…叶えてくれるか。』
総司(私はこの人の自尊心を守ったと同時に、一人の女性を不幸にしたのか…)
そう思うと胸が痛んだ。
中條「…先生…」
中條が右に置いていた刀を鞘ごと掴み、戸口を気にしながら押し殺した声で呼びかけた。
総司「…ん…囲まれたようだな。」
お民「!!」
戸口や窓の障子に、人の影が映っている。1人や2人だけではないようだ。
中條「私が先に出て、敵を引き付けます。先生はその間に逃げてください。」
総司「そうはいかないな。…相手は私が狙いだろうから。」
中條「しかし…!」
お民は総司の前に手をついた。
お民「…私…そんなつもりじゃなかったんです!…まさか…こんなことになるなんて…」
お民はあきらかに動揺していた。とても演技をしている目ではなかった。
総司はそんなお民に、にっこりと微笑んだ。
総司「わかっています。あなたを信じていますよ。…だが、このままじゃあなたに迷惑をかけてしまうな…。」
総司はしばらく考える風を見せた。
総司「あなたは裏口からお逃げなさい。そして何か彼らに咎められたら、沖田総司を中に閉じ込めたのだと言いなさい。」
お民は驚いて目を見張った。
お民「!…いやです!」
総司「しかし、そうしないと…あなたが誤解されますよ。」
お民はきっと口を結ぶと、突然はだしのまま、土間に駆け下りた。
総司「!…いけない!」
お民は総司の言葉を無視して、戸口を開け放った。




