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宮廷書記官の復讐記録  作者: 高山直
オブレシア国記
6/12

【某日の近衛兵の様子】+α


 人物録に記そうか迷いましたが、後世に残される程重要な人物ではないのでこちらに記します。


 さて、先程からチョロチョロ目障りにも私の周囲をうろつく王の近衛兵、下級貴族の三男であるユリシス侯は、下卑た気色の悪いニタニタした笑みを浮かべ、無遠慮にも私の身体を触ってきます。

 最近は、一応文官設定で潜り込んでいたカルフシアの間諜である元同僚が、文官とは思えない鋭い眼光を光らせユリシス侯を撃退していたのですが、“元”と記しました事から察して頂きますように、彼がオヴレシアから忽然と姿を消したため、邪魔者はいなくなったとばかりに今までスゴスゴ尻尾を巻いて逃げ去っていた害虫が、再び飛来してきたのです。


 鬱陶しい事この上ない。


 元同僚は姿を消す前、私に「一緒に国を出るか。アルファ様とオズワルト様からも、お前が了承すれば、安全を確保してカルフシアに連れてくるようにと言われている」などと言っていましたが、私にはまだまだやる事が残っているからと丁重にお断りしました。しかし今は少し後悔しております。素直について行っていれば、こんな羽虫に苛立つ事もなかったのに。


 丁重な断りに眉をひそめ、「俺を間者と見破った事といい、王に諫言する気概といい、何故お前が未だこの腐敗した王宮に留まっているのか理解に苦しむ」とぼやいた元同僚の召喚を切望する。最後の台詞が「アルファ様の弟子はやはり奇人しかいないんだな。あるいは被虐趣味なのか?」とか失礼極まりないものだったから、あの時は顔面に蹴り入れてもう顔も見たくないとまで思ったが、そんな些細な事は水に流そう。だから誰かこの下種を闇に葬ってくれないだろうか。

 

 いい加減我慢出来なくて、師匠との約束を破ってでもこの下種に魔術をぶっ放そうかと思案した時、唐突に、衣服の中にまで侵入しようとした指が、ピタリと止まった。

 訝しげに書き物の手を止める事無く視線だけそちらを向けば、色を失った顔が、ぱくぱくと酸素を求めるように口を開閉する。そして数瞬後、苦悶の表情を浮かべ、ぱたりと倒れた。勿論ぱたりと言うのは比喩表現であり、現実にはドサッ、ガク、バタンとかなり鈍い音だったのだが、まぁそれはどうでもいい。重要なのはユリシス侯の生死である。確かめるまでもなく、大方予想はついているが――。


 案の定、ユリシス侯は絶命していた。


 死因は窒息死。

 凶器、と言っていいものかは判断しかねるが、直接の原因となったものは、ユリシス侯の周りだけ極端に濃度の高まった二酸化炭素だろう。

 自然にそんな事が起きるはずがないので、これは明らかな意志を持って行われた殺人である。しかし私は犯人ではない。確かに今この場にいるのは私と故ユリシス侯の2人だけだし、殺意を抱いたのも確かだが、私に空気を圧縮させたり濃度を変えたりなんて高度な魔術は使えない。と言うか、殆どの魔導師がそうだろう。例外と言えば、師匠のアルファ様と兄弟子のオズワルト様だけである。そしてこんな事をなさるのは、と考えれば、答えはオズワルト様一択だ。出来れば死体が残らないような方法を選んで下さればいいのに。事後処理が面倒である。


 おっと、やはり今からでも人物録に書き換えた方が良いのかもしれない。どちらにしろ、戸籍、爵位、家系図は修正が必要である。

 まぁしかし、折角ここまで書いたのだから、とりあえず書くべき事は書いておこう。


 王の近衛兵、ユリシス侯。

 下級貴族だが近衛の中でも上位の位に位置していたのは、実力でも何でもなく、媚を売るのが抜群に上手かったからである。ユリシス侯にも呆れるが、それがまかり通るオヴレシアには更に呆れる。堕ちるところまで堕ちたものだ。嘆かわしい。

 ユリシス侯が、事あるごとに私を押し倒そうとしたことからも分かる様に、彼の女好きは病気の域である。しかも金髪碧眼の美丈夫という、顔だけ見れば王子様の様な彼は、外面だけはいいため女性にモテる。それはもう、清楚可憐なお姫様さえ、うっかりときめくのではないかと件の宰相が考えてしまうくらいに。


 ――宰相が提起した、失敗に終わった対カルフシア政策の、王女拉致監禁強姦(※未遂)事件において、王女の強制的な初めての相手になるはずだった男こそ、この男、ユリシス侯なのであった。

 彼はあの事件の時はまだ、例の館に到着しておらず、法的には何の罪も犯していないため、知らぬ存ぜぬを通してカルフシアの追及を逃れた唯一の人間であった。

 もっとも、過去形で表記する事態となってしまったので、あの事件に直接的に関わったオヴレシアの生存者は結局皆無となったのだが。



 ――さてオズワルト様。嵐の前の静けさは、終わりを告げたと見てよろしいでしょうか。




【オヴレシア国記】

―マグノス歴8年宮廷日録

書記官 ラヴェンナ=ルシェド



――――――

――――

――



 しかし何と言うかまぁ、オヴレシアで美形に分類されていた人々は、これで全員いなくなってしまった。目の保養がなくなってしまったこれからの宮廷生活は、より殺伐としたものになるでしょう。


 ……でもよくよく考えたら、目の保養として眺めた事は一度もないから、どちらにしろ変わらなかったわ。つくづく残念ね、オヴレシア。



 あら、ユリシス侯が消えてしまったわ。オズワルト様が処理して下さったのかしら。

 あぁもう、二度手間になるじゃない。死亡ではなく行方不明と書き直さないと。



記 ラヴェンナ=ルシェド

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