引きこもりドラゴン、町にでる
ガヤガヤ
「おーい、ルイちゃーん注文頼みたいんだけど」
「はーい」
「ルイさーん、こっちもお願いします」
「はーい」
「ルイちゃーん」
「今いきます!」
ふう、今日も宿屋の食堂は忙しいですね
申しそこねました。私、宿屋の看板娘をしておりますルイといいます。人間族の白人種の十代後半の見た目をしています。訳あってこの宿屋のおかみさんのお世話になっております。
「ルイちゃん、ちょっといいかい?」
「はい」
噂をすればおかみさんが話しかけてきました。
おかみさんは獣人族の虎族で見た目は怖いですがとても優しい方です
「仕事中に悪いわねぇ」
「いいえ、そんなことは」
もともとおかみさんの恩情で仕事をさせてもらっている身です。三食欠かさずおかみさんの手料理が食べられて寝る場所ももれなくついてくる、こんな夢のような仕事場は他にありません。
おかみさんの料理は天下一品です。おかみさんの手料理が食べるためなら私は世界を敵にするのもいとわないでしょう。
「ルイちゃん?」
「は、はい!」
いけません。おかみさんの手料理に意識が持っていかれました。一瞬で意識を奪うとは、恐るべしおかみさんの手料理。
「大丈夫かい?もし体調が悪いならもうあがってもいいんだよ。」
「いえ、大丈夫です。それでどうなさりましたか?」
「実はね、いつもお世話になっているお肉屋あるだろう?そのお肉屋の配達する人が昨日魔獣に襲われて配達ができなくなっちまったらしいんだよ。肉は準備できてるらしいからちょっと肉を買って来てくれないかい?少し重いらしいんだけど……」
おかみさんが申し訳なさそうにこちらを見てきます。
私はおかみさんに雇われてるんですからそんな顔をする必要なんてありませんのに、私を雇ったことといい本当にお人好しですね
優しい人は大好きです
「大丈夫ですよ、行ってきます。お肉はいつも通りのでいいんですよね」
「あぁ、いつも通りで大丈夫だよ。本当に悪いねぇ」
「いえ」
そう言って私はそのまま宿屋をでました。お金はいつも先払いなので必要ありません。
そういえば宿屋から出るのも久しぶりですね。
生きるのに必要最低限のものは宿屋に全てありましたので外に行く必要も機会もありませんでしたから。
あ、誤解しないでくださいね。ちゃんと休みは週に一回はありますから。ただ私が休みの日に無理言って働かせてもらっているだけで、決しておかみさんは年中無休で働かせる鬼畜ではありませんよ。勘違いなさらないでくださいね
まぁ、それはともかくとして久しぶりの町を楽しみましょうと言いたいところですが私にはおかみさんから託されたお肉運びと言う任務があります。なので私は寄り道をする余裕なんてありません。サクサクと行きましょう。
確か久しぶりなのでうろ覚えですがお肉屋さんは大通りを真っ直ぐ行って右のほうだったような気がします
お肉屋さんの隣には牧場がありましてとても美味しそうな牛がたくさんいます。毎回お肉屋さんの前を通るときに食欲を抑えるのに苦労します。あんな美味しそうな牛を私に晒すとは……そんなに食べて欲しいのですか。
そんなことを思っているといつの間にかお肉屋さんの前に着きました。
私の視線はつい隣の牛に向いてしまいます。
チラ見ではありません。ガン見です
ああ、あの引き締まった足、柔らかそうなお腹、コリコリしとそうな耳、なんて美味しそうなのでしょう。
丸焼きにしたい、出来ればレアで。でも生も外せません。やはり素材を堪能するために何の味つけをしないほうがいいでしょいか
丸飲みしたい
踊り食いをしたい
あぁ、もう美味しそう過ぎます。
理性が!理性が飛ぶ!
……え?丸飲みや踊り食いは出来ないんじゃないかですって、いいえ出来ますよ
だって私ドラゴンですから
――――――――
――――――
――――
――
私はかつてサマルクアキという山の奥深くにすんでいました
サマルクアキはとても険しく魔物や魔獣が大量に出る危険な山だったためほとんど人は入っては来ませんでした。入ったとしてもほとんどの人は山の入口付近で死に絶え150年間に私のところまで来た人は片手で足りるほどです
私はほとんどの時間そこにいました
正確な歳は忘れてしまいましたが200歳を越えるか越えないかぐらいだったと思います
まだまだドラゴンのなかでは若輩者ですね
サマルクアキにほとんどいたと言いましたがドラゴンの友人とは何回も会ってました
何匹かは親になっているドラゴンもいました
ここでドラゴンには重要な秘密があります
ドラゴンには最初に性別はありません
つがいが出来たら儀式を経てつがいの異性になります。一度儀式をして性別が決まったらもう変えられません。ドラゴンにとっては性別はあまり関係ないのでそんなに重要視はされてませんけど。
ついでに言うと私はまだ性別が決まっていません。
昔、母様から聞かされたドラゴンの悲劇を聞いてトラウマになったからです。恋愛怖い
まあ、それはおいときましょう。
ほんの50年前からドラゴンは邪悪な存在だという風習になって来ましてね各地でたくさんのドラゴンが殺されました。それ以前は神聖な存在として崇め奉っていたのにひどい手の裏返しようです。
で、それに怒ったドラゴン達が至るところで暴れ出して私たちが邪悪だという説に拍車がかかりました。もうほとんどの国がこの説を信じています。もう泣きそうです
人の技術開進のせいでサマルクアキにも人が入り始め、平穏は壊されました。
他の山や谷、島ももう安全ではないと判断した私は人の姿となり人里におりました
正直、私は人族を恨んでいませんでした。この世界は弱肉強食が基本です。殺されたならしょうがないとしか私は思えません。ひどいと言われようが外道と言われようがそれが私です。直す気も直せる気もしません。
村へおりた私は最初何がなんだかわからずに困りました
当たり前ですよね、150年ほど引きこもっていたんですから人の常識なんてわかるはずもありません
そんな私を拾ってくれたのはおかみさんです
仲間の死を哀しまない私ですが親切にされて恩を感じないドラゴンではありません。なので出来るだけ恩を返そうとは思います。
そうです。私は恩を返さなくてはいけません。
だから、
だから、
この牧場の牛を食べてはダメです!
おかみさんに迷惑がかかります!
と、なんとか私は牧場の牛から目を離し肉屋に入って行きました
無事、任務完了です