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日々-3

短いよ。

「ここが帝都の中心であります、大広場です」

「ほぉ、見事なものだ」


 帝都の中心たる皇城の直ぐ側の広場。

 恐らくは様々な用途に使用することを前提に考えられた場所を見渡し、アインズは感嘆の呻きを上げた。

 それはまさに驚くべき光景だった。

 右を見ても左を見ても、たくさんの露天が立ち並び、様々なものが売りに出されている。無数の屋台からは美味しげな匂いが漂い、威勢の良い声が通りがかる者に投げかけられる。

 帝国の活気を全身で感じ取れるようなそんな場所だ。

 確かに日本での繁華街、それも大都市におけるものと比べれば多少劣る。しかしそこにあるのは祭りの時に似た活気であり、異世界を強く感じさせる匂いが立ち込めていた。

 そんな場所を行き交う人々を眺めながら、アインズはニンブルに呟く。


「しかし視線が集まるな」


 アインズ達に集まってくる視線は膨大で、広場にいる全ての者のこちらを凝視しているのではと思えるほどだ。耳をそばだてれば、店の話題にもなっている気配さえある。


「……全くですね」


 ニンブルの同意を受け、アインズは互いの服装を見る。

 アインズは平民の服装であり、さらに全身には魔法による幻術をかけている。端から見ればその辺りを歩く平民と変わらないだろう。それに対してニンブルは皮鎧で武装し、腰には剣を下げるという、帝国領内であればさほど珍しくない格好である。

 二人の格好から考えればこれほどの視線が集まるのは異常である。

 しかし、視線が集まる理由は二人の直ぐ後にあった。


「流石はアインズ様。何もせずともそのお体から漂う高貴なる気配が全ての者の目を引きつけるのですね」

「まさにその通り。人間程度の下等な弱者であれば、アインズ様の強大なる力を感じ取るのも至極当然です」


 アインズは何も言わずにニンブルを見る。

 ニンブルも何も言わずにアインズを見返した。

 二人の気持ちは一つとなっている。


 お前達が付いてきているから目立つんだよ、である。


 まずアインズは平民の格好をしている。そしてニンブルは皮鎧だ。この段階で目立つのはニンブルであろう。それなりの容姿をした屈強そうな戦士ともなれば、人目を集めても可笑しくはない。しかし、集めても直ぐに離れていく。

 そう、ソリュシャン・イプシロンとナーベラル・ガンマ。この二人がいなければ。


 絶世とも言っても良い美女二人。そしてそれに付属される大した格好でもない二人の男。

 どんな人間でも興味を刺激される取り合わせだ。

 特にこういった露天の立ち並ぶところでは。


「うーむ。2人に聞きたいのだが、何故ここにいるんだ?」

「アインズ様のお傍に控える者がいるのは当然です」

「アインズ様を警護する者は入用です」

「……まずソリュシャン。来なくて良いと告げたはずだ。次にナーベラル。アノックがいるし問題は無いと言ったな? それにこの私より弱い者が警護して何の意味があろう」


 2人は笑顔を浮かべたまま、それには答えない。そこにあるのは明確な拒絶だ。

 それを暫く眺め、アインズは大きくため息をついた。


「すまないな、アノック。この2人はこのまま連れて行こう」

「よ、よろしいのでしょうか?」

「言っても聞かないような気がする……」

「さ、左様ですか」


 苦笑いを浮かべたニンブルに、ソリュシャンが平然とした態度で言葉を発した。


「主人が間違ったことを行っていたら、命を持ってしても止めるのが部下の務めです」

「ソリュシャンの言葉は行き過ぎとは思いますが、私としては素晴らしい職場が失われるようなことにはなって欲しくは無いので」


 一瞬だけの空白が生まれる。それからアインズはおどける様に肩を竦めた。


「やれやれ、ナーベラルは辛らつだ」


 再びニンブルが苦笑を浮かべる。


「事実でございますが、アインズ様。強大なお力をお持ちのアインズ様の下に付くことは安全を意味しますので」

「言いすぎかと思います、ナーベラル」


 ソリュシャンとナーベラル。2人が互いを一瞥し、即座に視線をそらせる。しかし意識は剣となって互いの間で斬りつけあっていた。剣戟によって生じるピリピリとした空気が、アインズとニンブルの顔を曇らせる。


「まぁ、なにはともあれ!」


 やけに大きな声でニンブルが朗らかにアインズに話しかける。


「最初に見に来たのがここで宜しかったのですかな?」

「ああ、もちろんだ!」


 アインズも朗らかに答える。


「やはりこういった物資の行き交う場というのを観覧するのは非常に役に立つことだ。それに好奇心を強く刺激されるぞ」


 アインズの言うことに嘘はない。

 様々な露店で売られている品物は、アインズの好奇心を強く刺激した。

 例えばアインズの知識に無い、日本に無かった様々な食品。西瓜を細長くしたような食料はどのような味がするのか。ジャガイモに似た食品はやはりジャガイモに似た調理をするのか。ブドウとしか思えない食品は、やはりアインズの知るブドウと同じなのだろうか。

 そればかりではない。

 布を売っている店、装飾品を売っている店、怪しげなものを売っている店。どれもが未知であり、全てが輝いて映った。

 いうなら今のアインズは海外に初めて出た人間が、露天で興奮しているような感じである。


「でしたらここで眺めていないで散策してはどうでしょう」

「それは非常に素晴らしいな。近くで見ればもっと変わった発見があるやもしれんが構わないか?」


 アインズの視線の先は多くの人が行き交う中である。警護という観念から考えれば、決して良い顔をするはずがない。しかしニンブルが話を振ってきたように、簡単に答える。


「構いませんとも。辺境侯に相応しきお姿をしていれば不味かったでしょうが、今のお姿であれば大した問題にはならないでしょう」ニンブルの視線が動き、2人の絶世の美女を捕らえる「まぁ、目立つことは間違いないですが、誰に辺境侯と分かるでしょうか。そして私も普段はヘルムを被っておりますので、この格好で見破られる可能性は低いでしょう。以上の点から問題はないと考えております」

「なるほど……ではアノック殿。私はジルクニフから出来る限り帝都内で力を行使するのは止めてくれと頼まれている。何かあった時はよろしく頼むぞ」

「無論、この命に代えましても、御身の安全はお守りいたします。ですので辺境侯は気を楽に散策をお楽しみ下さい」

「期待しておこう。……では行くぞ、ソリュシャン、ナーベラル」


 活気の中にアインズはその身を投じると、周囲を渦巻く喧噪が熱気となって全身を包み込む。

 露天から通り過ぎる者へかけられる呼び声、老若男女の笑い声、威勢の良い値引き交渉の声。そして時折聞こえる殺伐とした声。

 まさに帝国の繁栄を凝縮したような、そんな場所だった。

 アインズは雰囲気に酔ったようなふらふらとした足取りで、幾多の露天を冷やかし半分で眺め、売られている商品を興味深く触る。

 誰がどう見ても満喫しているというのが一目瞭然な、そんな姿だった。


「ふむー。素晴らしい。非常に素晴らしい」

「……楽しんでいただけたようで何よりです」

「心の底からな」


 陽気に答えるアインズに、それとはまるで正反対に暗い声が届いた。


「少しばかり疲れましたね」


 ナーベラルである。確かにナーベラルの発言も当然のものだ。

 2人の美女を引き連れているために、なんらかの立場の人だと判断した者達が道を開けてくれるので、人混みはさほど気にはならない。しかしそれを差し置いても好奇心を強く刺激されているアインズは休むことなく歩き続けた。

 アンデッドであるアインズは疲労しないが、ドッペルゲンガーであり魔法使いであるナーベラルの肉体的な面はさほど優れてはいない。であれば疲れは当然溜まるであろう。


「確か――」

「……ならば最初っから付いてこなければよいのです」


 アインズが何か言うよりも早く、冷ややかなソリュシャンの声が響く。

 互いににらみ合い、両者が何か口を開こうとするよりも早く、アインズが鋭く叱咤した。


「いい加減にしろ。周囲の良い見せ物だ」


 にらみ合う2人の美女は見せ物として非常に優れていたらしく、多くの視線が集まっていた。アインズは頭を振ると、先頭に立って歩き出す。

 そのまましばらく歩き、広場の外れの方まで移動するとようやく足の運びを遅める。そしてニンブルに問いかけた。


「汁気の多い果実を食べたいものだ。こうも日差しが強くては喉も渇こう」


 ニンブルが奇妙な表情を浮かべたことを悟ったアインズは、苦笑と共に2人のメイドの方を目で示す。両者ともいまだ喧嘩状態であるため余所余所しく、物理的にはっきりとした距離が開いていた。


「なるほど……でしたら甘いものの方がよろしいですね」

「そうだな。甘味はささくれだった心を和らげてくれるからな」

「畏まりました。では……」


 ニンブルが周囲を見渡す。


「あちらがよろしいでしょう」


 ニンブルの視線の先を追ったアインズは、深い緑色のゴツゴツとした外見をした果実らしきものを売っている露天を目にする。それは巨大なライチというイメージが最もアインズの知識の中では酷似している。


「あれは……果実のようだが」

「その通りです。レインフルーツと呼ばれるものでして、皮を一枚剥いた中の果肉は非常に人気があることで知られております」

「ほぉ。ならばそれを頂くとしようか」

「畏まりました」


 ニンブルは直ぐにその露天に向かい、複数のレインフルーツを購入して戻ってくる。

 アインズはレインフルーツを受け取り、ニンブルの指示通り皮を剥く。アインズが思ったように剥き方はライチに非常に酷似していた。

 中からは姿を見せたのはピンク色の果肉。漂う芳香は酸味のまるで無い柑橘系のもの。果汁が果肉に表面に浮かび上がり、口の中に涎が溢れるようなそんな瑞々しさだった。


「うむ。非常に美味そうだ。しかしこれだけでは腹持ちが悪そうだな」

「あくまでも果実ですので」

「そういえば最初の方に美味しそうな串肉を売っている店がありましたね」


 ナーベラルが独り言を言うように、しかしはっきりと聞こえる大きさの声で語る。

 ふうとアインズがため息を一つ。


「……では私が買って参りましょう」

「そうだな、ソリュシャン。頼むぞ」

「いえ! ソリュシャン様にはこちらに残っていただきたいと思います」


 慌てるように声を発したニンブルに、アインズは謝罪するように語る。


「では悪いが頼んでも良いかな。我が儘な部下で申し訳ない」

「いえ、そのようなことはございません。直ぐに戻ってきますので」


 走り出すニンブルの背中に3人が送る視線は冷たいものだった。


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