ドンマイ、サキタ。
染谷社長は、ぐいぐいっと、拓也の背中を押して、蛍光灯の灯った部屋に押し入れた。
まったく人のことなんかお構い無しである。
アンタ、何で前に立って案内しないのよ?と拓也は思っていたが、その理由は直に判明した。
無事に拓也を部屋まで押し入れた染谷社長は、ぷー。っと息をついた。
まるで※倉庫番である。
そうしてのち、汗だくの染谷社長は、例の七福神スマイルを浮かべ、背後で、
「はいはいっと。いーい?森中くん、ここが仕事場、ね。ちょっと見学しててくれるう?私、ちょっと、誓約書と、労働規約持ってきますんで。
サキタくーん、ちょっと、森中くんに簡単に説明してあげてよ。」
と、言い残して、ドタバタドッと、漫画みたいに走っていってしまった。
そのとき拓也は、ほんと関係ないけど、あいつ本当に布袋様に似てるなあ。と思っていたのである。
その為、返事が遅れてしまった。
「あ、ハ…。」
拓也の返事が終わらないうちに、染谷大黒天、いや社長の姿は、影さえも残さいくらい、あっという間に、消え失せていたのであった。。
「…イ。」
そのまま口を開けたまま突っ立っているのも癪であるし、きまずいし、ということで、とにかく最後まで返事を口に出した拓也は、そのまま、きょろり、きょろり、と眼だけ動かして、可視範囲内を見回した。
かしかしかし、かっかっかっか。
やはり音は小部屋の外、フロアーと呼べばよいのか、あの地点に居たときとは比べものにならない程大きい。
改めて見てみると、部屋は、意外に広かった。
そこでは、よく家庭で使われているタイプの学習机のような、前と両横が板で囲われているタイプの机が、向かい合わさって五組、設置してあり、机の前にはもれなくローラー椅子が配置され、そこには、前から順に、九人の人間が座っていた。
彼ら、彼女らは、一心に机に向かって、しゃーしゃっ、かりかりかり、かっかっかっかっと何か書いているのである。
拓也の位置からはよく見えないが、体勢、腕の位置からして、机の表面は、図面を引くときに使う、トレース台のように、斜めにつくられているらしい。
と、一番前に座っていた女が立ち上がった。
「あ、どうも。サキタです。」
サキタは背がひょろりと高く、薄い体型をした、眼が切れ長の女性だった。
胸にでかく
「ドンマイ」
と書かれたTシャツを着ている。
ドンマイって…。
拓也は笑いをこらえて、サキタにお辞儀した。
「森中拓也っす。よろしくお願いします。」
「うん。じゃあ、色々説明するから。って言っても、すぐ覚えちゃうと思うけど。」
サキタは軽く微笑むと、拓也を伴って、自らの机の前に立った。
ドンマイサキタの机は―
非常に散らかっていた。
無数の紙屑がスペースに散らかり、幾つものペンが無造作に置いてある。
机上灯が白っぽくそれらを照らしだしていた。
机にしつらえてある本棚には、ファイルと、便箋がぎっしり詰められていた。
まるで受験生の机の様相である。
「あの…」
拓也が声を発するど同時くらいのタイミングで、サキタは説明を始めた。
※倉庫番
ひと昔前に流行したコンピュータ・ゲーム。
プレイヤーは、設定された迷路のような通路を、荷物を押して進み、うまいことゴールまで荷物を持ってゆく、というもの。