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なんなんだ、染谷。

夕暮れの街には光が沢山溢れている。

どれも安っぽい光だ。

太陽の光とは似ても似つかぬ、偽物の光だ。

拓也は歩き回りながら舌打ちを繰り返していた。

ちっ、ちっ、ちっちっちっちっ。

ドラムのスティックを打ち鳴らすかのようなリズミカルな舌打ちである。

舌打ちだけでは飽き足らず、彼の顔には般若じみた怒りの表情が浮かんでいた。

バイトが見つからないのだ。

バイトを探そうと思って街に出た拓也はまず、タウンなんとかという名前の、求人雑誌、しかもフリーペーパー、を取って、そこから「一生やりたい仕事」に匹敵する仕事を探そうとした。

しかし、飲食業や接客業は「髪染不可、経験者歓迎」や「髪染不可、未経験者歓迎」であるため、どうもやる気が起きず、かといって他の仕事は「テレフォンオペレーター」「倉庫内でのフォークリフト作業」「新聞配達」「魚市場でのセリ手伝い」「Tシャツの販売製造」「キャバクラ嬢の送り迎え」などなど、いつ辞めてもいいような、そして拓也には到底続かなそうな仕事ばかりであったのだ。

その中からどうにか苦労して「スーパー内での生鮮売り場担当」という仕事を探し出し、いい加減な気持ちで電話をしたら「ああ、昨日埋まっちゃったんですよねー。すいませーん。」などという戯けた答えが返ってくる始末。

ちなみに何故拓也が金髪を黒髪に戻したくないかというと、黒髪にすると、パパにそっくりな顔をしているからである。鏡を見るたびに「あっ、あっ、パ、パパ??(ゾゾー)」という鳥肌体験をするのはゴメンだからである。

そういう訳で、拓也はスティックの舌打ちと般若の形相をやめずに、よもや店先に求人広告が貼り付けてあるんではないかという期待を抱きながらぐるぐるぐるぐる街中を徘徊しているのである。

「はー。」

嘆息した拓也が足を止めたのは、日もとっぷり暮れた午後八時、帰宅時のサラリーマンが駅から出て、コンビニでビールを買うような時間帯であった。

ちっ・・。

最後の舌打ちを弱々しげに鳴らすと、拓也は方向転換をした。

というのも、大分街中から離れて、自宅とは反対方向にある住宅街に足を踏み入れていたからである。

はー。はー。

今度は嘆息の連続である。

その嘆息は漫画なんかでよく見る吹き出しの形をとって、夜空に浮かびそうな、質量と具体的な絶望を伴った嘆息であった。

「なんでだよ・・。」

このなんでだよ、は勿論、なんで自分の働く場所が無いんだよ、の略である。

四の五の言わずに黒髪に染めて、喫茶店ででもウエイターをやれば良さそうなものなのに、若さゆえか、この頃には彼はもう、絶対金髪のままでいく、との決意を固めてしまっていた。

普通逆なような気もしないでもないが。

帰途についた拓也は、それでも諦めずに、先ほど見落とした店が無いかそしてその店は求人広告を貼り付けてはいないか、路地の隅の隅まで見透かしそうなギョロ目で、周囲を見回しながら歩いていた。

と、そのとき。

見落としそうなほど小さな店のガラスに、

「当方、アルバイト急募集。長期可、髪染可。仕事内容、簡単な事務。男性歓迎」

と書かれた広告を発見した。

「あっ。」

拓也は声を上げて、その貼紙がなされている店の扉に駆け寄った。

「髪染可」

「男性歓迎」

読めば読むほどこの二語が二倍の大きさとなって拓也の目に飛び込んでくる。

どうすっかなー、と考える暇もなく、拓也はその店の扉を押して、中に入った。

きいっ、からころから、ばちゃん。

扉の上に吊り下げられたカウベルが鳴る。

その店は、外見は和菓子店のような木造、平屋で、扉はドア状であるものの、ガラス部分が多く、昼間であれば中の様子が道行く人に見えるような形で建築されている。

ドアには「染谷サービス」と書かれているが、具体的に何のサービスをするのか、というようなことは、ガラス部分にも木製部分にも書かれていない。

中は、薄暗く、本当に和菓子でも並んでいそうな陳列ケースの上に、書類の束が幾重にも積み重なり、その奥、即ち調理場様の小部屋に通じる通路と、その奥がほんのりと明るい。

おそらく元々は、本当に和菓子店であったのであろう。しかし、今は違うらしい。

更に入ってすぐの場所には、テーブルと椅子が設えられていて、テーブルの上には、夥しい数のボールペン、サインペン、鉛筆、カラーペン、油性ペン、鉛筆、消しゴムと紙が無造作にばらばらっと置いてある。

拓也はその異様な光景に息を呑むと、誰も出てこないことに気づいて声をあげた。

「あの、すいませーん。」

かしかしかしかし、かりかりかりかり、しゃかしゃか、きゅきゅ。

口を噤んだ瞬間に、拓也は、灯りが点っている奥の部屋から、微かに紙をすり合わせるような音が聞こえてくることに気づいた。

しかも、ひとつひとつは小さな音なのだが、何倍にも重なることで、大きな虫が這い回るような音のようにも聞こえる。

拓也はもう一度唾を飲み込み、今度はもう少し大きな声で叫んだ。

「す、い、ま、せーん。」

・・・・きゅっ。

音が一斉に止んだ。拓也がギクッ。としていると、

「・・はーいよ。」

という中年男性の声が聞こえ、まもなく頭の禿げ上がった、温厚そうな太った中年男性が出てきた。

「はいはいっと。何か御用でしょうかね?」

慣れた調子で笑顔を浮かべている。

「あの・・。表の、貼紙、見たんスけど・・・」

拓也がその人物の様子を伺いながら切り出すと、

「あーはいはい。バイト希望?」

男は手を打ち合わせて嬉しそうに言った。

「あ、そうス。」

きゅきゅきゅきゅ。かりかりかりかり。しゃかしゃか。かしかし。

あの音がいつの間にかまた始まっている。

男が陳列ケースの後ろから、拓也の前に歩いてきて手を差し出した。

「私、染谷サービスの社長してます、染谷みのると申します。」

「あ、はい、あ、何スか?」

差し出された手に戸惑っていると、染谷社長は強引に拓也の手を握り、上下に振った。

「よろしくね。」

「あ、はあ・・。」

握手なら最初っから言えよ、ハゲ。等と拓也が中傷の言葉を胸のうちでこねくり回していると、染谷社長は、あの夥しい数のペンが置かれているテーブルの前に立って、拓也を招いた。

「ちょっと君、こっちおいで。」

拓也がそちらに移動して、勧められるままに椅子に腰掛けると、染谷社長は笑顔で言った。

「ウチは特に面接とか無くてね、基本的に来てくれた子はみんな採用してるの。うん。それでね、まあ、一応適正を見るために、字を書いて貰ってるんだけど、君、そこの紙にさ、どのペンででもいいから、自分の名前書いてくれる?」

「あ、ハイ・・。」

字を書くことが適正に繋がるのか?と半信半疑だったが、それ以前に拓也は字が下手くそなのであった。

キレイな字を書く人がこの仕事に適しているとか言われたらどうしよう。

拓也はペンの中からボールペンを引っ張り出すと、染谷社長に問うた。

「あの、字がキレイな方がいいとか言う話っスか?」

染谷社長はそれまでじっと拓也の手元を見つめていたが、その質問を聞くと、笑顔で答えた。

「ううん、そういうわけじゃないの。まあ、キレイ汚いで言えば、汚い字の方が好ましいけどね。」

ますます意味がわからない。

それに染谷社長ったら、拓也がここに来てからずーっと笑顔だ。

顔が筋肉痛にならないんだろうかと思いながら、拓也はなるべく丁寧に自分の名前を書いた。

「森中拓也」

白い紙にのたくる字。丁寧に書いても汚いものは汚い。

書き終わってから拓也が染谷社長の顔を伺うと、染谷社長は何秒間か拓也の字を見つめたあとで、拓也の肩をぽん、と叩いた。

ヤバイ、不合格か?

と思いきや、染谷社長はとびっきりの笑顔で、七福神なんじゃねえのこの人?っていうくらいの笑顔で、言った。

「ハイ、合格。」

「えっ?」

「いいね!君の字。最高だよ。こういう字を書く子を待ってたんだよね。まあ奥に来てくれる

?これからの仕事の説明するから。」

染谷社長は訝しい顔をした拓也の背を押して、陳列ケースの裏、灯りの灯っている小部屋へと、拓也を歩かせていった。

小部屋に近づけば近づくほど、インクの匂いが鼻をつく。

おそらく封筒の宛名書きの代筆とか、そういう仕事だろうな、でも、汚い字で宛名書いても、読めなかったら配達出来ねえんじゃねえの?という疑問を胸に抱きながら、拓也は染谷社長が押すままに小部屋に入った。

もう、夜の九時過ぎだった。



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