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ナイスアイディア、山本。

と、いうわけで、かかる経緯の結果、それまで悩み等抱えていなかった拓也は、一日にして家業を継ぐか、否か、という、究極の選択肢の前に立たされてしまったのである。

ちなみに、拓也は家業を継ぐ気などさらさら無い。

無いのだが、あのパパのこと、帰らぬという結論を出せば、勘当という穏やかな手段では無しに、荒縄と馬で以って、市中引き廻しの末に、屈強な男を数人連れてきて、意識を失うまで張り手、更にガムテープでぐるぐる巻きにして、車のトランクに蹴り込み、無理やり実家に連れて帰り、オプションとして丁稚のようにこき使う、というような仕打ちをするかも知れぬ。

なぜならば、威厳たっぷりのパパは、子供が言うことを聞かなければ体罰してなんぼ、という論理の持ち主でもあるからである。

痛い目に遭わずに家業を放棄するにはどうするか。

あの電話の一件以来、拓也はかように考え悩みながら、金髪をゆらゆら揺らしながら、洗顔に三十分もかけたり、散らかった部屋も片付けずにそのまま、洗濯も滅多にせず、等という奇行に及ぶようになったので、ある。

さて、話を今現在に戻そう。

シャツ状の上着をひらりと羽織った拓也は何処へ行くのか。

答えは簡単、学校に行くのである。

しかし本日は土曜日、ぐうたらな拓也は土曜日には授業を入れていない。

しかし、曜日の概念など気にしないといった風情で、拓也はシューズを履き、ドアーの鍵を閉めると、学校へと歩みだした。

熱いアスファルトを踏んで。

三十分後。

彼は大学の構内のベンチに座ってタバコをふかしていた。

人待ち顔である。

更に十分。

彼の前に一人の男がやって、きた。

「ういーす先輩。」

そう言った男は、金髪ピアスの拓也とは対照的に、黒髪銀の腕時計の、真面目そうな風貌である。

彼は山本健一。

拓也と同じ大学で、先輩と呼び掛けた通り、拓也の一つ下である。

拓也が土曜なのにわざわざ大学まで出向き、ベンチで待っていたのは、彼に例の悩みを話してみようと思ったからであった。

後輩に悩み相談、とはこれ如何に。

それにも理由があって、山本の実家は山本旅館という、山梨の老舗旅館であり、更に山本は旅館の一人息子、御曹司。拓也と似た境遇の男なのである。

「なんすかー、話って?」

そう言いながら、白い歯を見せる山本。

「おまえさー、実家、旅館だったよな?」

拓也はタバコを通路に落として足で踏み消しながら問うた。

「そうスよ。あっ先輩ダメじゃないすかー、タバコのポイ捨てとか。そんなだから喫煙者のマナーがどうとか言われて、JTもCM作っちゃうんじゃないスかー。」

「うるせーな、JTは俺と関係ねえじゃねえかよ。」

「いやあ、どうスかねー?JT、見てるかもしんないスよ?」

「見てねーよ!JTの話しに来たわけじゃねんだよ俺は。」

「え?じゃあ何スか?」

拓也は嘆息した。山本は、ちょっとズレているのだ。

「おまえ、実家旅館だろ?」

仕方なしにもう一度振り出しから始める拓也。

「あ、はい。何スか?旅館旅館って。あっ、先輩もしや、彼女か何かとウチの旅館に泊りたいんスか?」

また違う方向に話をもっていこうとする山本。

「ちげーっつんだよ。俺、彼女いねえよ。しかも何だよ、彼女か何かってよお。仮に俺に彼女がいたとして、彼女の他に何がいるんだよ。母親か?ペットか?

いや、そんな話じゃねんだよ、聞きたいんだけどよ、おまえ、実家継ぐ?」

長々と山本の言葉を糾しながら核心的な質問に及んだため、どうでもいいような質問になってしまった。

ちっ。拓也は舌打ち。

しかし山本は、意外に真面目に回答した。

「いや、継がないス。」

「なんでよ?」

「親に継げって言われたら考えますけど、継がないと思いますよ。俺より経営に詳しい使用人とか雇って、ゆくゆくはそいつに経営させりゃいい話じゃないスか。」

「じゃ母親が病気でよ、しかも急に倒れて、今、人手が欲しいから、何でもいいから継げよこの野郎って父親に言われたら、おまえ、どうすんの?」

質問と見せ掛けて、自分の悩みを相談し、そのうえ何かしらの答えを与えてもらおうとする姑息な手段である。

「あー。それキツいっすねー。」

言うなり考えこむ山本。親身である。

拓也が新たなタバコに火をつけ、それをもみ消した頃になってようやく山本は顔を上げた。

「自分だったらまず、バイト探しますね。」

はあ?である。

家業を継ぐか否かの状況で、何故まずバイトなのか?

「はあ?なんでよ?」

拓也が聞き返すと、山本はいつもの、変に情熱的な様子で解説を加えた。

「だって先輩、考えてもみてくださいよ。何で親が、自分に継げ継げ言うのかって言ったら、自分が学校以外に何もやってない、って思うからじゃないスかー。ちゃんとしたバイト見つけて、俺、一生やっていきたい仕事、見つけたから帰れねえ。とか言えば親だってそんな直ぐには継がせようとしないと思うんス、俺は。」

そのきっぱりした口調と、きらきらした目に気圧されて、拓也は納得してしまった。

「なっ、なるほどな。」

「ハイ」

「でもおまえソレ、一時凌ぎじゃねえ?」

「そりゃそうスけど、やらないよりはマシじゃないすか。」

「そうだよな……」

「そーッスよ!」

そのまま二人は黙った。

前を歩いてゆく人々の靴が、色とりどりに、靴、靴、靴、であった。

何足の靴を数えた頃だろう。山本が不意に腕時計を見、

「あ、先輩、俺そろそろ行っていいすか?彼女待たしてるんで。」

山本は見かけ倒しだが、その見かけで結構モテるのだ。

「おう。悪いな、待たしてんのに長々と話しちゃって。」

「いーっスよ。じゃ、先輩また来週!」

そう言って山本はさわやかに去っていった。

拓也は山本を見送ってのち、何本かタバコを煙に変えると、立ち上がった。

そうだ、バイトだよ。日雇いなんか辞めて、長期間できるバイト探そう。

そう思うや否や、頭に豆電球がぱっとひらめいたような気がして、拓也は歩きだした。

吸い殻を残して。

夕暮れの街へ。


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