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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

背中の先に

掲載日:2026/10/27

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 寝転ぶ姿勢。

 生きている中で、なかなか危ない体勢のひとつじゃないかと思う。

 上を見ることはできる。左右もちらりと見ることはできる。けれども、下は満足に見られない。

 立っているときでも、頭上からの落下物は対応がしづらいと聞く。しかし、寝転がっているときの背中側も同じくらい……いや、それ以上に危ないかもしれない。

 立っているときの頭上なら、最悪でも見上げればなんとかなる。でも寝転がっているときの背中は、一度身体を起こして、向き直らなければならない。どうしても、時間がかかる。

 ここを狙われたら、まずどうしようもないだろう。仮に背中から攻撃されたとして、とっさに跳ね起きることができても、その瞬間はまだ攻撃の正体をつかめていない。対処が遅れがちになる。


 ――ん? ちゃんと地面についている場合は、すき間がないから、むしろ安全じゃないかって?


 いやあ、背中をあずけるものが安全確実なものである、と信じたいのは分かるけれどね。危険はどのタイミングで訪れるか、読めないよ。

 僕が昔に体験したことなんだけど、聞いてみないか?


 寝転ぶことは、そのまま寝ることにつながりやすい。

 僕にとって昼寝は趣味のひとつだったねえ。これが許される環境にいる、というのがメンタル面を落ち着ける一大要因だったのは、素直に認める。

 我が家を含めた親戚などの身内のいる空間。だらっとしていることが許される場で、うとうとすると、なんとも心地よい気分にさせられる。

 特に好きだったのは、祖父母の家の畳だったな。我が家にも畳があるものの、祖父母の家のものは、かなり感触が違う。

 なんというか、布団とか敷いているわけでもなく、暖かいんだ。そして弾力があった。

 家にあるソファよりも、寝心地がいい。特に居間の畳は極上で、いったん寝転んでしまえば、自分でも知らぬ間に夢の世界へ誘い込まれてしまうほど。誰かに起こしてもらって、ようやく自分は寝ていたんだと自覚できることも、しばしばだった。


 どこでこのような畳を入手できたのか?

 興味が湧いて、祖父に尋ねたこともあったが、きっちりとした返事はかえってこない。

 この家そのものは50年は年季が入っていて、大掛かりなリフォームはしていないものの、ちょくちょく手を入れて、住み続けているのだという。

 ちなみに、この畳の心地よさに関しては、いくら語ってもさほど共感を得ることはできなかった。祖父母に父母らが同じように寝転がっても、俺の熱弁したほどの性能には及ばず、「お前がいうなら、そうなんだろう」といわんばかりの空気だったなあ。

 自分の言い分が、満足に理解してもらえない。幼心に、これはなかなかショックな出来事だった。そして、自分が嘘をついていないことを証明するために、祖父母の家へ行くたびに必ず居間の畳へ寝転んで、眠ってやることにした。

 親の心子知らずというが、子の心親知らずも、十分あり得るのだと学んだときだったねえ。自分が嘘なんかついていないと信じてもらうために、意地を張っていたのも確かだ。


 その何回目だったか。

 ここで寝入るとき、夢はほとんど見ないほど熟睡するのがお約束。けれども、このときは異様に鮮明で短い夢を見たんだ。

 目の前に、山が横たわっている。いや、山というにはいくつか妙なところがあった。

 視界をほぼ覆いつくす、ひっくり返したおわん型をしたその巨体は、全体的に黄色がかっていた。雲のかかった月のようだったと、当時の僕は感じたな。

 夢の中の僕は動かない。僕は夢の中で自由に動くことができないタイプだ。展開される光景を眺めることしかできず、それに応じて勝手に動く体に身を任せるのみ。

 その動かない僕の前で、山のほうに変化が見られる。


 黄色い肌から、ぷつぷつと。黒い点があらわれ、上へ伸び始めたんだ。

 立っているところからの距離感は、よくつかめない。あの巨体からしてみたら、山の木々……いや、身体の毛のようなものだったかもしれない。

 伸び始めこそ遅かったものの、山をある程度離れてからは速かった。ぐんぐんと、山を離れて、真っ黒い空の上へと伸びていく。

 けれど、その果てを僕は見ることができなかった。

 にわかに、背中へ無数の痛痒さを感じてね。一気に意識が覚醒したんだ。

 やはり、僕は祖父母の家の居間で寝転がっていた。ぱっと身を起こしたとき、パラパラと無数の何かが畳へこぼれ落ちる音がしたんだ。


 振り返る。

 そこには夢で見たのと同じ、あの黒い毛のようなものがたくさん落ちていた。

 毛というには、あまりに固い。まるで注射針を思わせる頑強さのものが、10本、20本と畳の上へ寝っ転がる。

 僕の背中も、血だらけだ。おそらくはあの針たちに刺されたと思しきところに、ぽつぽつと服越しに赤いものがにじんでいる。いくつかは身を寄せ合って、大きな血だまりになっていた。

 先ほどまでは、自分の言い分を信じてもらおうと思っていたんだ。あの畳は普通のものじゃないって。

 けれど、それがこうして証明されたとて、自分の血を見てしまったことで、素直に報せる気はあっという間に失せた。

 僕が畳のせいでケガしたといったら、当然、父母の疑いは祖父母に向かうだろうし、祖父母も身に覚えのないことで因縁をつけられたと思うだろう。みんなの仲を、いたずらにぎくしゃくさせるのみだ。


 結局、僕はあの針たちが家に転がっていたゴミということにし、自分でアホみたいにいたずらしてけがをした、なんていう筋書きで誤魔化した。

 普段から悪ガキで通していなかったのが、まさか裏目に出るときがあるなんて、思わなかった。みんなにはさんざん追及されたけれど、それをどうにか自分のいたずらの不手際として押し通したよ。

 ただ、その時からずっとあの居間の畳では寝ていない。

 10年くらい前に、いよいよ本格的にリフォームして、畳の部屋は完全になくなった。

 例の部屋はフローリングになって、寝転がってもあのときのような感覚はよみがえってこない。

 でも、夢で見た「あいつ」は、まだあそこにいるんじゃないかな……とひっそり考えているんだ。

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