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惑星リフォーム業者

掲載日:2026/03/12

一 クレームの星


 地球が「もう住めない」と宣告されてから、半世紀が経つ。


 人類は散った。太陽系の外へ。恒星間航行が実用化されてからの五十年で、七十以上の星に入植地が作られた。だが、新しい星が最初から快適なわけがない。大気が薄い。水がない。土壌が酸性すぎる。気温が極端。——そこで俺たちの仕事がある。テラフォーミング。星の環境を人間が住めるように作り替える。大気を調整し、海を注ぎ、山を盛り、植物を育てる。壮大で、崇高で、人類の未来を切り開く仕事——のはずだった。


 現実は、朝のミーティングがクレームの読み上げから始まる。


「えー、本日のクレームです。ケプラー第七植民星より。『海の色が青すぎる。もう少し緑がかった色にしろ。地球の瀬戸内海はこんな色じゃなかった』」


 部下のタカハシが、端末を読み上げる。二十六歳。入社三年目。テラフォーミング学科卒。学生時代の夢は「人類の新天地を創ること」だったらしいが、今の仕事は「海の色が気に入らない」というクレームの処理だ。夢と現実の距離は、恒星間航行より遠い。


「次。グリーゼ第三入植地より。『山が足りない。申請では標高三千メートル級を五つ発注したが、三つしかない。残り二つはどうした』」


「あれは予算不足で三つに減らしたと通知済みだ」


「通知は読んでいないそうです」


「……なぜ読まない」


「『読む暇がない。山を眺める暇もないのに通知なんか読めるか』だそうです」


 俺は——「第三セクター惑星開発」の社長、アオキ・ケンジ、五十四歳——端末に映るクレーム一覧を眺めながら、五杯目のコーヒーを飲んだ。合成コーヒーだ。味は八十点。地球時代のコーヒーを知っている世代はもう少ない。俺は四歳の時に地球を離れた。ギリギリ知っている最後の世代だ。大人になってから、わずかに残っていた地球産の豆を飲んだことがある。あの酸味と苦味のバランスは、合成では再現できない。——しようとしたことはある。クレームが来た。「地球のコーヒーと違う」。知ってる。


「次はなんだ」


「シリウスB植民星より。『夕日の角度がおかしい。地球では太陽は西に沈んだ。この星では北西に沈む。修正しろ』」


「……恒星の位置を変えろと?」


「そうです」


「物理法則に言え」


 これが、俺たちの仕事だ。


 注文通りに山を作り、海を配置し、木を植えて、空気の成分を調整する。納品したら検収。検収が通ったら入植。入植したら——クレーム。


 一番多いクレームが何か、知っているか。


「地球に似ていない」。


 ……似せてるんだよ。データ上は。仕様書通りに。


 それでも「似ていない」と言う。何がどう似ていないのかは、誰も説明できない。ただ「これじゃない」とだけ言う。


 俺はコーヒーを飲み干した。合成コーヒー。八十点。——この「足りない二十点」が、たぶん全部のクレームの正体だ。


    * * *


二 下請けの矜持


 「第三セクター惑星開発」は、業界最大手「ギャラクシー・テラフォーム社」の下請けだ。


 元請けが受注して、設計して、仕様書を書く。俺たちは仕様書通りに現場で施工する。山を盛り、海を掘り、大気を撹拌する。地味な仕事だ。華やかさはない。学会に呼ばれることもない。「テラフォーミングの匠」みたいな番組に出ることもない。——そもそもそんな番組はない。


 社員は俺を含めて四人。


 タカハシ。二十六歳。大気組成担当。理想主義者。「いつかこの技術で、地球を再生できるかもしれない」と本気で言う。いいやつだが、甘い。


 マエダ。三十八歳。地質・地形担当。無口。「山はいい。クレームを言わないから」が座右の銘。山にだけは愛情がある。


 コバヤシ。四十五歳。水文・海洋担当。バツイチ。「海の色が違う」のクレームを受けるたびに、元妻に「お前と暮らした海はもう見れない」とポエムを送っている。ブロックされている。


 そして俺、アオキ。五十四歳。社長兼営業兼経理兼クレーム対応。前職はギャラクシー・テラフォーム社の設計部。十五年勤めて、独立した。理由は単純だ。元請けの仕様書が「住民の顔が見えない設計」ばかりだったから。


 テラフォーミングは本来、「そこに住む人が幸せに暮らせる環境を作る」仕事だ。だが、元請けの設計部にいると、住民は「データ」でしかない。大気組成のパーセンテージと、海面温度の数値と、植生の被覆率。——それは間違いではないが、足りない。


 住む人の顔が見えないテラフォーミングは、住む人のいない家を建てるのと同じだ。


 独立して十年。下請けの分際で住民と直接やり取りするのは異例だが、俺はそれを譲らなかった。だからクレームも直接来る。多い。うるさい。理不尽。——でも、顔が見える。


「社長、次のクレームです」


「まだあるのか」


「ケプラー第七植民星、追加です。『虫がいない。虫を入れろ。花粉の媒介ができない』」


「……正論だな。虫を入れよう」


「入れます。——あ、去年のシリウスBのことを思い出してください。虫を入れた翌月に『虫が多すぎる。全部殺せ』って来ました」


「覚えてる」


「今回もそうなりますか?」


「なる。絶対なる」


「じゃあ入れるの、やめますか?」


「入れる。花粉の媒介は必要だ。——クレームが来たら対応すればいい。それが仕事だ」


 タカハシが首をかしげた。


「社長って、なんでそんなにクレーム対応が嫌いじゃないんですか。普通、嫌でしょう」


「嫌だよ。大嫌いだ。——でもな、クレームを言うってことは、その星に住む気があるってことだ。本当にどうでもいい星なら、文句も言わずに出ていく。文句を言うのは——そこを自分の星だと思ってる証拠だ」


 タカハシが黙った。


 ——いい子だ。理想主義者で、甘くて、でも黙るべきところで黙れる。


    * * *


三 地球を知らない世代


 ある日、大口の案件が来た。


 新規植民星「ニューテラ第八号」。旧日本圏の移民コミュニティで、人口五万人の入植予定。一部区画ではすでに先行入植(テスト居住)が始まっている。予算は中規模。施工期間は三年。


 仕様書を読む。


『大気組成:窒素七十八パーセント、酸素二十一パーセント、その他一パーセント。海洋面積:惑星表面の六十パーセント。山岳:標高三千メートル級を三基。植生:温帯型。気候帯:四季あり。特記事項:地球に可能な限り似せること』


「……また『地球に似せろ』か」


 マエダが仕様書をちらりと見てつぶやいた。


「毎回これだ。地球に似せろ、地球に似せろ。もうパッケージにしたらどうですか。『地球パック』。山三つ、海六割、四季つき」


「実際、七割の案件が地球パックで済む」


「じゃあ三割は?」


「『地球パックだけど、ここだけ違うのにしてほしい』ってやつだ。——面倒な三割だ」


 施工が始まった。マエダが山を盛り、コバヤシが海を注ぎ、タカハシが大気を調整する。俺は住民代表との打ち合わせに出る。


 住民代表はヤマモトという四十代の女性だった。入植団のリーダー。テキパキしていて、頭がいい。——そして、地球を知らない世代だった。


「ヤマモトさんは地球をご存じですか」


「データでは知っています。映像も記録も見ました。でも、行ったことはありません。——もう行けないでしょう?」


「ええ。地球は五十年前に居住不能になりました」


「では、私たちの世代は『地球に似せろ』と言いながら、地球を知らないんです。矛盾していますよね」


「……矛盾しています」


「でも、親や祖父母から聞いた話があるんです。『地球の空はこんな色だった』『地球の海はこんな匂いがした』『地球の夕日はこんなに赤かった』。——データじゃないんです。記憶なんです。しかも、自分の記憶ですらない。聞いた記憶」


 俺は黙って聞いた。


「だから、クレームが出るんだと思います。データ通りに作っても、おじいちゃんが話してくれた地球とは違う。——その違いが言語化できないから、『海の色が違う』としか言えないんです」


 ヤマモトは笑った。少し寂しそうに。


「本当は、『おじいちゃんの地球が欲しい』って言いたいんですよ。でもそれは、仕様書には書けないでしょう?」


「……書けません」


「ですよね。だからクレームになる」


 ——なるほど。


 クレームの正体が、少し見えた気がした。


    * * *


四 仕様書にないもの


 施工は順調に進んだ。——クレーム以外は。


「大気の湿度が高すぎる」。修正した。

「土の匂いがしない」。微生物を追加した。

「風がぬるい」。気候システムを調整した。


 そして来た。予想通りのクレームが。


「夕日が赤くない」


 タカハシが頭を抱えた。


「赤いですよ! 散乱スペクトル、完全に地球と同一に設定してます!」


「データ上はな。でも住民は赤くないと言っている」


「どうすればいいんですか。これ以上赤くしたら、大気組成がおかしくなります」


 俺はヤマモトに電話をかけた。


「夕日の件、詳しく教えてもらえますか」


「ええ。入植者の何人かが、『夕日を見ても地球を思い出さない』と言っています」


「赤さの問題ではなく?」


「……赤さの問題ではないんだと思います。『これじゃない感』なんです」


「何が足りないんでしょう」


「分かりません。分かったらクレームではなく仕様変更で出しています」


 電話を切って、俺は考えた。


 赤さは同じ。角度も同じ。大気の散乱率も同じ。——データ上は完璧な地球の夕日。


 何が違う?


 マエダが横でコーヒーを飲みながら言った。


「……社長。夕日って、空だけの話じゃないですよね」


「何だ?」


「夕日って——電柱の影とか、帰り道の匂いとか、カラスの声とか、そういうのと一緒に見るもんでしょう。この星には電柱もカラスもない。——だから、『これじゃない』んですよ」


 マエダは無口だが、たまに核心を突く。


 ——そうか。


 テラフォーミングの仕様書には「大気組成」「地形」「水文」「植生」は書いてある。だが、「電柱」は書いていない。「カラスの声」も書いていない。「帰り道の匂い」も書いていない。


 仕様書に書けないものが、「地球」を「地球」にしていた。


    * * *


五 データにない景色


 俺は、ヤマモトに会いに行った。


 入植地の仮設オフィス。窓の外には、コバヤシが作った海が広がっている。青い。きれいだ。——でも、瀬戸内海じゃない。


「ヤマモトさん。一つ、提案があります」


「はい」


「仕様書にないものを作らせてください」


「仕様書にないもの?」


「入植者の皆さんに、聞いてほしいんです。『地球のどんな景色を覚えていますか』と。データじゃなくて、記憶の景色を」


 ヤマモトが目を見開いた。


「それを——テラフォーミングに反映する?」


「します」


「予算は?」


「うちが持ちます」


「——赤字になりますよ」


「なる。たぶん大赤字だ。——でもな、仕様書通りの星を作って、住民が『これじゃない』と思い続ける星を納品したら、リフォーム業者として負けだ」


 ヤマモトが笑った。今度は、寂しそうではなかった。


 入植者五万人にアンケートを取った。

 質問はひとつ。


「あなたが覚えている、地球の景色を教えてください」


 回答が集まった。四万件以上。驚くほどの回収率だった。


「小学校の屋上から見た入道雲」

「実家の裏の田んぼの匂い」

「線路沿いの桜並木」

「夕方のチャイムの音」

「お祭りの屋台の焼きそばの煙」

「縁側で食べたスイカの種を庭に飛ばしたこと」

「祖父の畑の土の手触り」


 ——データは一件もなかった。


 全部、記憶だった。


 しかも、回答者の八割は地球を知らない世代だ。親から、祖父母から、聞いた話を書いている。自分の記憶ですらない。誰かの記憶の断片。それが「地球」になっている。


 俺はその膨大な回答を読みながら、コーヒーを飲んだ。合成コーヒー。八十点。


 ——この回答の中に、「コーヒーの味」は一件もなかった。みんな、合成コーヒーで育っている。地球のコーヒーを知らない。


 知らないものは、懐かしがれない。


 だが、知っているものは——聞いただけでも、懐かしがれる。


 人間は、実際に体験していない記憶すら、「懐かしい」と感じることができる。


 ——不思議な生き物だ。


    * * *


六 仕様書外工事


 俺たちは、仕様書にないものを作り始めた。


 マエダが丘の上に一本だけ木を植えた。入植者の一人が「祖母の家の前にあった大きな木」と書いたからだ。もちろん同じ木ではない。だが、丘の上にぽつんと一本だけ立つ木には、何かがある。


 コバヤシが海岸の一か所に、少しだけ磯の匂いを足した。「潮の匂い」と書いた人が三百人いた。大気成分で再現するのは難しい。コバヤシは「海藻を植えればいいんだ」と言って、無理やり海藻を繁殖させた。翌朝、海岸は磯の匂いがした。——ついでに海藻だらけになった。


「コバヤシさん、海藻が多すぎます」


「海藻が多い海岸は地球っぽいだろう」


「確かに」


 タカハシが大気に「夕方の湿り気」を加えた。日中は乾燥していて、夕方だけ少しだけ湿度が上がる。そうすると夕日の散乱が変わって、空がほんの少しだけ——言葉にできないくらい微妙に——オレンジがかる。


「これ……仕様書にないですよね」


「ない。でも、地球の夕方ってこんな感じだった気がする」


「気がする、で大気をいじっていいんですか」


「いいかどうかは分からない。でも、データ通りに作った夕日が『これじゃない』なら、データにないものを足すしかないだろう」


 最後に、俺は音響を入れた。


 住民のアンケートに「夕方のチャイムの音」が百件以上あった。五時のチャイム。あの「夕焼け小焼け」のやつだ。


 入植地の広場にスピーカーを設置し、毎日午後五時に鳴らすことにした。


「社長、これはテラフォーミングですか?」


「テラフォーミングじゃない。『ホームメイキング』だ」


 タカハシが首をかしげた。


 ——若いから分からなくても仕方ない。


 テラフォーミングは「惑星を人が住めるようにする」仕事だ。

 ホームメイキングは「星を故郷にする」仕事だ。


 住める星と、帰りたい星は、違う。


    * * *


七 夕日の検収


 仕様書外工事が終わった。


 ヤマモトと一緒に、丘の上に立った。一本だけ植えた木の下。夕方だ。


 風が吹いた。少しだけ湿った、夕方の風。


 海から磯の匂いがかすかに届く。


 太陽が沈み始めた。空がオレンジに染まっていく。データ通りの赤ではない。少しだけズレた、「気がする」オレンジ。


 午後五時。


 広場のスピーカーから、チャイムが鳴った。


 「夕焼け小焼け」。


 ヤマモトが、何も言わずに立っていた。


 しばらくして、小さく言った。


「……おばあちゃんが言ってた。地球の夕日は、こんな感じだったって」


「似てますか」


「分かりません。見たことないから。——でも、……懐かしいです」


 見たことのない景色を、懐かしいと感じる。


 それが、仕様書には書けないものの正体だ。


「……社長。これ、大赤字ですよね」


「大赤字だ。コバヤシの海藻が予想外に繁殖して、追加コストもかかった」


「請求、どうするんですか」


「しない。これは——下請けの矜持だ」


 ヤマモトが笑った。


「矜持で飯は食えませんよ」


「食えない。だからコーヒーは合成だ」


 二人で、しばらく夕日を見ていた。


 どこかで、子供の笑い声がした。この星で生まれた子供だ。地球を知らない。親の記憶の地球も知らない。


 この子にとって、この夕日が「故郷の夕日」になる。


 ——それでいい。


 テラフォーミングの仕事は、地球を再現することではない。


 新しい故郷を作ることだ。


    * * *


八 社長のクレーム


 ——それから一ヶ月が経った。夕方の終礼ミーティング。


「えー、本日のクレームです」


 タカハシが読み上げを始める。


「ニューテラ第八号より。『チャイムの音量が大きすぎる。もう少し小さくしてくれ』」


 俺はコーヒーを飲んだ。合成コーヒー。八十点。


「もう一件。ニューテラ第八号より。『海藻が多すぎる』」


「……コバヤシに言え」


「コバヤシさんは『海藻は地球っぽい』と言っています」


「地球っぽくても多すぎるものは多すぎる。半分に減らせ」


「はい。——あと、一件。ギャラクシー・テラフォーム社より」


「元請けから?」


「はい。『仕様書にない工事が報告されている。チャイム? 海藻? 一本の木? 何をやっている。始末書を提出しろ』」


 俺はコーヒーを置いた。


「分かった。始末書は書く。——ただし、クレーム件数を報告しろ。仕様書外工事をやった後、ニューテラ第八号からのクレームが何件減ったか」


 タカハシが端末を操作した。


「……あ」


「何件だ」


「仕様書外工事の前は、月間百二十件でした。工事後は——八件です」


「そのうちの二件が『チャイムが大きい』と『海藻が多い』だな」


「はい」


「百二十件が八件になった。——それが始末書の内容だ」


 タカハシが端末を閉じた。


「社長」


「なんだ」


「テラフォーミング学科では、こういうこと教えてくれませんでした」


「教えるわけがない。——仕様書にないことは、教科書にも載ってない」


「じゃあ、どこで学ぶんですか」


「クレームからだ。——クレームは、住民からの手紙だと思え。『ここを自分の故郷にしたい』って書いてあるんだ。字は汚いし、文句ばっかりだけどな」


 タカハシが、少しだけ笑った。


「社長、一つだけ聞いていいですか」


「なんだ」


「社長は地球、好きだったんですか」


 俺は窓の外を見た。ニューテラ第八号の空。まだ完璧じゃない。雲の形がちょっと違う。夕日のオレンジは合格だが、朝焼けがまだ弱い。——直す。


「好きだったよ。——好きだった」


 タカハシが、静かに聞いている。


「人類は地球を壊したんだ。資源を食い尽くして、海を汚して、空気を濁らせて。自分たちで住めなくして、『もう駄目だ』って飛び出した。——捨てたんだよ。自分たちの手で」


「……」


「なのに、新しい星に着いたら何て言う? ——『地球に似ていない』だ」


 俺は笑った。


「壊して、捨てて、逃げ出して。それでもまだ地球が欲しい。地球みたいな夕日が見たい。地球みたいな風が吹いてほしい。地球みたいな匂いがしてほしい。——もう、どこにもないのに」


「……社長」


「それが人間だ。自分で壊したものを、一生欲しがる。馬鹿だよ。——でも、その馬鹿さが、俺は嫌いじゃない」


「……それって、社長のクレームですか」


「そうだ。俺のクレームだ。——宛先は、地球を大事にしなかった全人類宛てだ」


 タカハシが黙った。


 マエダがコーヒーを持ってきた。合成コーヒー。八十点。


「社長。クレームの返信、書きますか」


「書く。——『チャイムの音量を三デシベル下げます。海藻は半分に減らします。夕日については引き続き調整中です。——第三セクター惑星開発、アオキ』」


「社長、いつも思うんですけど、返信が丁寧ですよね」


「当たり前だ。クレームに返事を書くのは——手紙に返事を書くのと同じだ」


 窓の外で、五時のチャイムが鳴った。


 ニューテラ第八号の夕日が、少しだけオレンジに染まっている。


 ——地球じゃない。どこにも、もう地球はない。


 人類が自分で壊した。自分で捨てた。


 それでも——チャイムが鳴って、磯の匂いがして、丘の上に木が一本立っている。


 壊して、捨てて、それでも欲しがって。その「欲しがる気持ち」の断片を集めて、俺たちは今日も星を作っている。


 全部は取り戻せない。たぶん、一生取り戻せない。


 でも——少しだけ、近づける。


 それが、テラフォーミングだ。


(完)


お読みいただきありがとうございます。


テラフォーミング——SFではおなじみの概念ですよね。映画にも小説にもゲームにもよく出てくる。でも、たいていは「壮大な技術」として描かれる。大気を変え、海を作り、人が住める星にする。かっこいい。ロマンがある。——じゃあ実際にやったら、現場はどうなるんだろう? たぶん、リフォーム業者みたいにクレーム対応してるんじゃないか。そう思って書きました。


地球を壊して、捨てて、逃げ出して。それでもまだ地球が欲しい。——その矛盾が、たぶん人間の一番人間らしいところだと思います。


故郷は、データでは作れない。

でも、記憶の断片を集めれば——少しだけ、近づける。


テラフォーミングの仕事は、星を作ることではなく、故郷を作ることだ。

——社長のこの言葉が、誰かの心に残れば嬉しいです。


☆評価・ブックマーク・感想——どれか一つでも、ものすごく励みになります。


***


この作品を気に入っていただけたなら、凡人枠シリーズの【連載版】もぜひ読んでみてください。


→【連載版】チートで荒らされた領地に赴任したら、前世が地方公務員だったので普通の行政で立て直すことにした


短編で描いた「チートなし・前世の経験だけで異世界の問題を解決する」を、連載のスケールで書いています。排水溝の掃除から始まる地方行政の物語。地味です。派手なバトルはありません。——でも、アオキ社長と同じように「現場で汗をかく凡人」の話が好きな方には、きっと楽しんでいただけると思います。


***


他の凡人枠短編もあります:


→「宇宙人の宿題」

→「異世界に転生したが、前世が保険外交員だったので、冒険者に生命保険を売ることにした」

→「悪役令嬢、断罪されたので反対尋問します」

→「チートの回復魔法で治せない病が流行ったので、前世が小児科医だったから普通の診察で子供たちを救うことにした」


よろしければそちらもぜひ!


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― 新着の感想 ―
読んでる途中で何度も泣いてしまいました。 誰かの記憶に切り取られた何気ない日常が、遠い未来の人々の中でも息づいていたら良いなと思いました。
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