第四章「基礎訓練」
放課後、風間ナナは学校図書館に行き、上級生の姉弟子二人に会って、貸してもらっていた日舞の衣装と振袖を返却した。
今まで秘密にしていた、鞍馬天狗党の入党試験に挑戦し、何とか合格したことを告げる。
「京都に出てきて以来、お姉さまがたには本当にお世話になったのに、裏切るようなことをしてごめんなさい。柳川中学から天狗党に移籍になって、日舞のお稽古や飛行練習には参加できなくなります。でも、学校図書館のお仕事は、これまで以上にがんばりますから、許してください」
深々と頭を下げて謝罪する。
びんた…とまではいかなくとも、厳しい叱責やキッツイ嫌味の一つ二つ…いや十や二十を食らって当然だろう、とナナは覚悟していたのだが、
「ナナちゃん、ほんまにごめんなあ」
逆に、姉弟子たちに謝られてしまう。
「うちら、ナナちゃんのお気持ち、ちゃんと分かって差し上げられへんで……。天狗になりたい思てはったなんて、まったく気づかへんで、ほんまに申し訳ないことをしました。ごめんなさい」
姉弟子二人は涙ぐんでいる。
「うちらのことは気にせんでもええんよ。ナナちゃんのお心のままに、なさったらよろし」
「そ、そうですか」
「せやけどなあ、天狗さんて乱暴で怖いお人らやろ? お修業も命がけやて聞くし……」
「怖いってほどじゃないし、命がけでも…」
「ナナちゃん、無理して怪我したらあかんえ。ほんまに、ほんまにやで」
「そない恐ろしいお人らに、ナナちゃんがいじめられたら、うちらどうしたらええのやろ……」
「ナナちゃん、いじめられても泣き寝入りはあかんえ。うちらに言うてな。そしたら図書委員会の偉い方に、みんなでお願いに上がるさかい」
姉弟子二人はナナの手を取って、滂沱の涙を流している。
「はあ、まあ」とナナ。
(これが京都流? ここまで過保護でいいの?)
翌日から、中学校の授業が終わった後、ナナは府立洛中高校に通うことになった。鞍馬天狗党の備前竜子と香坂明里の学校だ。そこでナナは「部活」に参加することになった。
「空飛ぶ前にな、まず基礎体力つけんとあかんで」と竜子。
竜子は剣道部。ナナは竹刀での素振り練習をする。そして、男子も交えての打ち込み稽古。
明里は陸上部だ。ナナはランニング・ドリルを教えられ、女子高校生たちにまじってグラウンドを走る。
一日交代で、高校の剣道部と陸上部。十分に手加減してもらっているのだが、中学生のナナにとっては、けっこうしんどい。疲れ果てて、寮に帰ったら夕食を取るのが精一杯。ベッドに倒れ込んで泥のように眠る。
それでも、二週間を過ぎた頃には、身体が慣れて、高校生たちについていけるようになってきた。
(姉弟子との日舞や飛行訓練でも、意外と鍛えられてたんだ)と自覚する。
「そらそうやろな」
竜子が説明する。
「振袖着て、ウェンタの風で低空ゆっくり飛ぶやろ? 優雅なお嬢さま芸みたいに見えるけどな、あれ実はめっちゃしんどいんやで。振袖て重いやん。帯やら何やら合わせたら十キロくらいあるんちゃう? 知らんけど。その重さ背負って何時間も飛ぶんや。葵祭とか祇園祭の行列の上を、外人観光客にスマイルゼロ円振りまきながらな」
「竜子坊には無理やろ。振袖以前に優雅さがゼロ円や」
明里が突っ込む。
「それやったら男らしい羽織袴のほうが似合うで。日本の伝統やしな」
「女が男らしくてどないすんねん」
「あ、すまん。そもそも羽織袴は十両以上からやったな」
「わたしは相撲取りかいな!」
「どうせなら『重いコンダラ』背負って飛んだらええやん。試練の道まっしぐらや」
ナナには分からない昭和ギャグも混ぜてくる。
そして飛行訓練だ。ナナも含めて30名ほどのカラス天狗が、京都の中学高校から洛中高校のグラウンドに集まる。
指導教官は香坂明里以下、本天狗5名。
全員が、陸上競技の女子ユニホームだ。
「天狗が目指すんは、一にスピード、二にパワーや。空気抵抗を極力減らすんが、このユニホームっちゅうわけや」
明里が解説する。
「セパレートでヘソ出しなんも大事なポイントやで。鍛えまくって割れた腹筋をアピールするんや。トレーニングを怠けてたら一目瞭然や」
ナナたちカラス天狗は、飛行における、基本的な姿勢やマナの使い方を、本天狗とのマンツーマンで教えられる。「見てくれ」ではなく「実戦」スタイルを。
訓練後のミーティングで、明里が講義する。
「うちらウェンタは空飛ぶやろ。地面歩いとるパンピーにとって世界は二次元やけど、ウェンタには三次元。自由度がまるで違う。その空を飛ぶにはな、“人間超えたイメージ”が要るんや。蝶みたいに飛ぶんか、蜂みたいに飛ぶんか、鳥か? どんな鳥や? トンビか、カラスか、ツバメか。飛行機でもええ。レシプロか、ジェットか」
「自分は、どない飛ぶんや? 自分自身のイメージを生成するんや。ひとりよがりじゃない、他人をも納得させられるイメージをな」
「あたしはゼロ戦です」
ナナが答える。
「ほお……これまたド直球で来たなあ。なんでまたゼロ戦なんや?」
「ゼロ戦は同世代の他の戦闘機と比べると馬力不足です。あたしも同じ。でもゼロ戦の設計はすばらしい。あたしもゼロ戦のように、自分のウェンタのパワーをギリギリまで引き出して、空戦能力を極めたい」
「ゼロ戦は海軍機やで。海の無い京都への当てつけか?」
明里のイケズ炸裂。でもナナも負けちゃいない。
「だからこそゼロ戦なんです。ウェンタ九割の京都の、ウェンタの『海』から飛び立って、『海』へと帰還するゼロ戦。そういうものにあたしはなりたい」
「屁理屈やん!……言いたいとこやけど、わたしの頭ん中にもくっきりイメージできたわ。よし、ナナカラはゼロ戦でいこ」
「ありがとうございます」
「でもな、あくまで生還やで。特攻とか絶対あかん」
「もちろん、生還絶対ですよ」
(あたし自身、特攻なんてイメージを生成するほどの力はないし。精一杯で昭和ヤンキーの暴走族?)




