第伍話 スーパーフラっとランド
前回のあらすじ:
【和真は幼い頃、病気がちな友達・陽葵とゲームを楽しむ時間を大切にしていた。しかし、約束を守れないことが増えた陽葵に苛立ち、「嘘つき」と言い残してしまう。彼女は実は重い病気を抱え、遊ぶことを親に許してもらえなかったのだが、それを和真は知らず、仲直りもできないまま彼女は引っ越してしまう。
それから10年後、陽葵の死を知り、和真は後悔の念に駆られる。雨の中、彼女の家を訪ねると、両親から彼女が最後まで大切にしていたゲームカセットを手渡される。和真は昔のゲーム機を取り出し、画面を眺めるうちに、不思議な世界へと足を踏み入れる──まるで、陽葵との記憶の中へと吸い込まれるように……】
和真は目の前に広がる縦長の世界を改めて見渡した。
彼の視界には奥行きがあり、前後へ移動することが可能だった。
上へ跳ぶことも、下へ降りることもできる。
しかし――左右に進むことはできなかった。
この世界はまるで一本の無限に伸びる柱の内部。
すべての物体は和真の前方と後方に並び、和真自身もその空間の法則に囚われていた。
左右の空間が“塗りつぶされたように平坦”で、視界が時折わずかに波打った。
「この世界に“横”はないのか……?」
奇妙な疑問が胸に浮かんだ。和真は医学部志望として、視覚情報の三次元再構成を脳内で試みたが、どれだけ歩いても、横方向の変化がまったくない。物体はただ列を成し、背景はまるでスクロールする絵のように動いていた。
背景のスクロールが、一瞬だけ“逆方向”に動いたように見えた。
すると──
視界の端に異物が侵入する。
ゴォォォォッ……!
突如として和真の視界が揺れた。
彼の頭上スレスレを、黒く鋼鉄のような光沢を持つ砲弾型の生物が通り抜けた。
通過した瞬間、砲弾型の影が“二重にぶれて”見えた。
しかし、和真にはそれが何なのかすぐに理解できなかった。
なぜなら──彼の世界には「左右」の概念がないからだ。
砲弾型の生物は本来なら存在しないはずの方向へと横切っていった。
和真の認識では、それがどこから来てどこへ向かっているのか、まるで理解できない。
目の前には確かに黒い円が現れた。
しかし、それが動いている瞬間、円はゆがみながら変形し、まるで連続する異なる円へと変化していく。
円の変形が“読み込み中のアニメーション”のように見えた。
「……こいつ……何なんだ……?」
彼にはそれが「砲弾型の生物」ではなく、ただの黒い円の集合体のように見えた。
三次元の物体が二次元世界を通過したとき、その形は断片的にしか認識できない。それは和真にとって、ただの不可解な現象だった。
しかし、異変はそれだけでは終わらなかった。
さらに上空が揺れた。
「ふぉっふぉっ、こんなところに迷い込むとはなぁ!」
遠くから聞こえてくる声。
和真は顔を上げる。
すると──彼の世界には存在しないはずの「横の動き」を持つ者が現れた。
それは、白い雲に乗った細長い影だった。
雲の輪郭が“ノイズのようにザザッ”と揺れた。
最初、彼にはそれが何なのか分からなかった。
視界の上部に現れた瞬間、それは細長い線のように見えた。
しかし、次の瞬間、それが奥へと進むにつれ、線は突如として膨らみを持ち、二重の円のような形へと変わる。
形が変わるたびに、周囲の色調が一瞬だけ変化した。
「……なんだ……あれ……?」
その物体は縦にも奥にも、さらには「左右へも移動していた」。
彼の世界には存在しないはずの「横の動き」が、確かにそこにあった。
彼の世界の法則では、こいつの動きを正しく捉えられない……。
それはまるで、異次元の侵入者だった。
白い雲の上には、一人の男が腰掛けていた。
丸メガネをかけた、痩せた受験生のような男。
右手には釣り竿。
「ふむふむ、なるほど。アンタはこの次元に囚われているダスか?」
彼は雲の上で軽やかに動きながら、まるで「この世界の外側」を自由に行き来しているかのようだった。
男の影が、地面に落ちるたびに“位置を飛ばすように”ズレた。
「……なんで、君は左右に動けるんだい?」
和真は気づいた。
この世界では、左右の概念がない。
しかし、この男は縦にも奥にも、さらには左右へも自由自在に動いている。
「君は……どこの世界の住人だい?」
すると、丸メガネの男は笑った。
「次元を超えた者さ。君のいる世界は縦と奥行きしかないんダス。
でも、私はそれを超えているんダス」
男の声が響いた瞬間、世界全体が“一瞬だけ静止”した。
和真は息をのんだ。
「……僕がいる世界は、本当に閉じているのかい?」
この世界にいては、本当の広がりが見えない。
しかし、今目の前にいるこの男の存在が、「外側」にさらに広い世界があることを示していた。
和真は、今まさに「異次元の存在」と対峙しているのだった。
その瞬間、視界の端に“見覚えのある色のノイズ”が走った。
まるで、別の記憶が混線しているかのようだった。




