表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/42

第卌壱話 無幻の洋館③

■前回のあらすじ

【和真、毅、百の三人は、奇妙な“無幻の洋館”の深淵へと足を踏み入れた。そこは、満室であっても無限に客を受け入れられるという、論理を超越したシステムに支配された宿だった。百は「無限の中に無限を収容する」という仕組みに、自分たちの現状を打破する鍵があることに気づく。

失われた真名を取り戻すため、三人が向かったのは魔女の潜む“時の間”。そこには、魔女が収集した膨大な「無限の名前」が隠されているという。運命を分かつ最後の冒険が、いま幕を開ける――】



魔女の居室へ辿り着いた和真、毅、そして百。

その扉の先に広がっていたのは、想像を絶する巨大な書庫だった。


天井が見えないほど高くそびえ立つ無数の本棚。それらが幾重にも重なり、地平線の彼方まで続いているかのように錯覚させる。

だが、並ぶ本には奇妙な共通点があった。


すべての背表紙に、誰かの「名前」が刻まれているのだ。

「……これが、魔女の操る“無限の名前”……」

百は息を呑み、震える指先で一冊の本をなぞった。

「あの魔女は、奪った名前をこの本に閉じ込めることで、その力を我が物にしてきたんだ。なら……私の本名である“百子”も、この膨大な情報の海のどこかに沈んでいるはずよ」


和真が手近な一冊を手に取るが、その瞬間、書庫の終わりなき広大さに眩暈を覚えた。


「ちょっと待て……。本棚がどこまでも続いてる。これじゃ、一生かかっても探し出せないぞ。こんなの、全部調べるなんて不可能だろ……」

毅もその絶望的な物量に、思わず後ずさる。


しかし、百は唇を強く噛みしめ、眼前の書架を睨み据えた。

「いいえ。ここは無幻の洋館のルールが支配する場所。ならば、無限の名前の中から『無限の方法』で探せば……道は必ず拓けるはずよ」


和真の脳裏に、あのナメクジの支配人が見せた光景が蘇った。

「そうか! ホテルの客をずらして空き部屋を作ったみたいに、この膨大な本の『並び順』そのものを操作すればいいんだ」


「でも、ただ横にずらすだけじゃ、新しい名前が流れ込んでくるだけで終わっちゃうかもしれない……」

百が思考の迷路に陥りかけた、その時だ。


「無限の集合を扱うなら、特定の条件を与えて『並べ替え』を実行すればいいんじゃないか?」

毅がポケットからメモ帳を取り出し、殴り書きの数式を見せながら提案する。

その言葉が、百の瞳に鮮やかな光を灯した。

「……わかった! この本棚には、まだ明確なルールがない。なら、私たちが“名前を整理する定義”を書き換えれば、私の名前を最前列に強制的に引き寄せられる!」


「やってみる価値はある。いや、やるしかない!」

和真の叫びと共に、三人が本棚へ手を伸ばした

――その瞬間。


「おや……。私のコレクションに勝手に触れるなんて、随分と無作法な子供たちね」

鈴を転がすような、けれど凍てつくほど冷ややかな声。魔女が、空間の歪みから静かに姿を現した。


「私の名前を返して!」

百は怯まず、魔女を真っ向から見据える。


魔女はくつくつと喉を鳴らして笑った。

「この書庫にあるのは無限。棚も無限。あなたの矮小な名など、砂漠の砂一粒を探すようなものよ。無限の塵に埋もれたまま、永遠に迷い続けるがいいわ」


「いいえ。無限だからこそ、定義さえ決まれば『答え』は一意に定まるはずよ!」

百の宣言に、魔女の口角がわずかに吊り上がる。


「面白いわね。では、試してみなさい。この無限の蔵書から、たった一冊の自分を見つけ出せたなら――その真名を返してあげましょう。ヒヒ、ヒヒヒ……」


百は深く、長く呼吸を整え、凛とした声で命じた。

「まず、この書庫の全蔵書を『年齢順』に再配置する!」


和真がその言葉を引き継ぐ。

「次に、同じ文字で始まる名前を、同一のインデックスへと圧縮して!」


「さらに、ホテルの部屋を空けた時のように、不要な空白を詰めて、ターゲットを最前面へソートするんだ!」

毅の声が書庫に響き渡る。


魔女の余裕に満ちた笑みが、初めて微かに揺らいだ。

三人の意志が論理の力となり、書庫全体が激しい地鳴りを立てて組み換わっていく。本棚が意思を持つ蛇のようにうねり、無数の本が宙を舞う。


そして――。

白光を放つ一冊の本が、書庫の深淵から静かに浮かび上がり、百の目の前で止まった。


表紙には、見慣れた、けれど愛おしい文字が刻まれている。


『百子』

百は祈るような心地で、その本を両手で受け取った。

魔女は小さくため息をつき、降参したように微笑んだ。

「お見事。約束は守りましょう。その名前は、もうあなたのものよ」

刹那、百の全身が淡い光に包み込まれた。

失われていた真名が血管を巡る血のように身体中へ浸透し、彼女の存在をこの世界に強く繋ぎ止める。

「……私、私、本当の自分を思い出したわ!」


「よし、行こう。こんな場所、もうおさらばだ!」

和真と毅が笑顔で駆け寄る。


三人が書庫の出口を駆け抜けると、豪華だった洋館の廊下は朝霧のように霧散し、懐かしい森の匂いが鼻を突いた。視線の先には、合宿所のオレンジ色の灯りが暖かく揺れている。


「……戻ってこれたんだな」

毅が地面を確かめるように踏みしめ、深く息を吐き出した。

百は目に涙を溜め、二人を交互に見つめる。

「ありがとう……二人のおかげで、私は私に戻れた」


背後で無幻の洋館の巨大な扉がゆっくりと閉じていく。異界の景色は闇に溶け、やがてそこにはただの、静かな夜の森だけが残された。


無限の名前の中から、たった一つの絆を探し出した三人。

魔女の呪いを打ち破った彼らは、確かな足取りで、光の待つ自分たちの居場所へと歩き始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ