第肆話 スーパーフラっとブラザーズ
前回のあらすじ:
【和真は目を覚ますと、そこは見たことのない奇妙な世界だった。果てしなく縦に伸びる空間、宙に浮かぶブロック、不思議な生物たち――巨大なゾウ亀や跳ねるキノコ、炎を吐く食虫植物。異様な光景に困惑しながらも、彼は金色に輝く箱を見つける。触れると、隕石の欠片が現れ、彼の身体に力がみなぎる。その瞬間、驚くべき速度で駆け出し、まるでゲームのキャラクターのように障害を乗り越え始める。ここはただの幻想ではなく、まるでゲームの世界そのもの。だが、彼の冒険はまだ始まったばかりだった──】
和真は目を閉じると、遠い記憶の中へと沈み込んでいった。
沈む直前、視界の端が“砂嵐のようにザザッ”と揺れた。
しかし和真は気のせいだと思い込んだ。
***
小学生の頃。
夕方の優しい陽が窓から差し込む部屋で、
彼は仲のいい女の子・陽葵の家にいた。
「セットできたよ!」
和真は大切に抱えてきた据え置き型のゲーム機を、
陽葵の部屋の小さなテレビに接続する。
カセットを慎重に差し込み、電源を入れると、
懐かしいタイトル画面が浮かび上がる。
タイトル画面のロゴが、一瞬だけ“別の文字列”に見えた。
瞬きをすると、元のロゴに戻っていた。
「やった!今日こそ、このステージクリアしようね!」陽葵が嬉しそうに言った。
彼女はいつもこのゲームを楽しみにしていた。
体が弱く、外で遊ぶことができない日が多かった陽葵にとって、和真がゲーム機を持って遊びに来る時間は特別なものだった。
二人は肩を並べ、コントローラーを握りしめながら画面を覗き込む。
跳ねるキャラクター、空中に浮かぶ不思議なブロック、奇妙な生き物たちが駆け回る世界――二人はその世界を夢中で駆け抜けた。
画面のキャラクターの動きが、一瞬だけ“コマ落ち”したように見えた。
陽葵は気づいていない様子だった。
「あっ!そこ!ジャンプ!」
「危なっ……ギリギリセーフ!」
「うふふ、やったね!」
笑い合いながら、二人の時間はゆっくりと過ぎていった。
しかし、そんな日々は永遠には続かなかった。
陽葵が引っ越すことになったのだ。
「……お家のつごうで病院の近くに引越さなきゃいけないの……」
和真は、その意味を深く考えなかった。
しかし、それよりも、彼には引っかかっていることがあった。
陽葵が最近、約束を破ることが増えていたのだ。
一度目。約束の時間になっても公園に来なかった。
二度目。「明日なら遊べるよ」と言ったのに、翌日になっても現れなかった。
三度目。「今度こそ、絶対一緒にゲームしようね」と言ったのに、それも果たされなかった。
そして──四度目。
「じゃあ、明日は絶対ゲームしような!」
「……うん。」
陽葵は静かにうなずいた。
しかし、次の日。
彼女はまた姿を見せなかった。
和真は、もう我慢できなかった。
「陽葵の嘘つき!」
その一言だけをぶつけ、彼は彼女に背を向けた。
その瞬間、陽葵の表情が“二重にぶれて”見えた。
和真が振り返ったときには、もう元に戻っていた。
約束を破られるたびに、和真には怒りと寂しさが募っていた。
しかし、和真は知らなかった。
陽葵が約束を守れなかった理由。
病気のことを隠し、和真に心配をかけたくなかったこと。
約束を破るたびに、彼女は何度も親に頼み込んでいたことを──。
「パパ、ママ、お願い、和真と遊ばせて……!」
それでも彼女の両親は彼女の病状を理由に認めなかった。
和真には、そのことが何一つ伝えられることなく、
ただ陽葵を「嘘つき」とだけ思い込んでしまったのだった。
そして、仲直りもお別れの言葉も交わせないまま、
陽葵は家族と遠くの町へ引っ越していった。
***
そして、10年が過ぎた。
和真が先日何気なく聞かされた事実。
両親から陽葵が亡くなったことを知らされたのは、
彼女が去ってからずっと後のつい先日のことだった。
和真は衝撃で言葉が出なかった。
その知らせを聞いた瞬間、耳鳴りとともに“画面が乱れるような白いノイズ”が走った。
彼女が難病を抱えていたことを知らず、
自分の陽葵への最後の言葉が怒りだったことが、
胸に重くのしかかった。
今、和真が医学部を志しているのも、心のどこかで彼女のような人を救いたい、あの日救えなかった後悔を消したいという強い想いがあるからだった。
その日の外は大雨だったが、
和真は傘もささずに駅まで走った。
雨粒が落ちるたびに、景色が“微妙に色を変える”ように見えた。
両親に教えてもらった住所を頼りに、
彼女が暮らしていた引越し先の家の前までなんとかたどり着くことが出来た。
そして……、和真に向かって彼女の両親は、
静かに言った。
「……陽葵の部屋を片付けていたら、これが出てきたの」
手渡されたのは、一つの見覚えのあるゲームカセットだった。
カセットのラベルが、一瞬だけ“別の絵柄”に切り替わったように見えた。
和真が瞬きをすると、元のラベルに戻っていた。
それは、二人がずっと遊んでいたもの。
それは、和真が昔貸したままにしていたもの。
それは、陽葵が最後まで手放さなかったもの。
「あの娘、ずっと、大切にしていたみたい。」
和真は震える手でそれを受け取る。
このゲームは、彼女が最後まで大切に持っていたもの。
それなのに、和真は彼女と喧嘩したままだった。
後悔が胸を締めつける。
和真はそのまま家に戻り、押し入れの奥深くを探る。
古びた据え置き型のゲーム機を引っ張り出し、
埃を払いながらゆっくりと電源を入れる。
静かな音とともに、画面が光る。
懐かしいタイトル画面が現れる。
タイトル画面の背景が“波紋のように揺れ”、すぐに静止した。
そして──次の瞬間、和真の意識は深く沈み込んでいった。
次元が歪み、景色が変わり、
彼はこの奇妙な世界へと足を踏み入れた。
「……僕は、ここに来てしまったのか?」
足元の地面が“読み込み中のテクスチャ”のように一瞬だけぼやけた。




