最終話 スーパーフラット・ラストライト
陽葵は、
完全な姿を取り戻した魂のまま、
そっと和真の前に立った。
夜の公園の静けさの中で、
彼女の光だけが柔らかく揺れている。
陽葵は、
胸の前で両手をぎゅっと握りしめた。
まるで勇気を振り絞るように。
そして──
震える声で言った。
『……まくん……
わたし……
まず……
あやまらなくちゃ……いけないの……』
和真は息を呑んだ。
陽葵は、
ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、
後悔と、
優しさと、
ずっと言えなかった想いが滲んでいた。
『……まくんが……
ひとりで……
くるしんで……
創り出した……
“フラットランド”……』
風がそっと吹き抜け、
陽葵の光が揺れた。
『……あれは……
まくんが……
こころを守るために……
つくった……
せかい……』
和真の胸が痛む。
陽葵は、
唇を噛みしめながら続けた。
『……わたし……
ときどきようすをみてたのに……
まくんを……
すくいだすことが……
できなかった……』
声が震えた。
『……ごめんなさい……
まくん……
ほんとうは……
いちばん……
そばにいたかったのに……
しんじつをつたえるのがこわくて……
なにも……
できなかった……』
その言葉は、
涙のように静かで、
でも確かに重かった。
和真は、
胸の奥が締めつけられるのを感じた。
(……陽葵……
君は……
そんなふうに……
思っていたんだ……)
陽葵は、
そっと手を伸ばした。
光の指先が、
和真の頬に触れそうな距離で止まる。
『……まくん……
ごめんなさい……
すくえなかった……
たすけられなかった……
でも……
いまは……
ちがうの……』
瞳がまっすぐに和真を見つめた。
『……いまのわたしは……
まくんに……
ほんとうのことを……
つたえられる……
だから……
きいて……ほしいの……』
その声は、
震えているのに、
どこか強かった。
陽葵は、
最後の勇気を振り絞るように息を吸った。
そして──
『……まくん……
ありがとう……そして、
だいすきだよ……』
その瞬間、
和真の胸の奥で、
長い間閉じ込められていた何かが
静かにほどけていった。
陽葵の言葉が夜の空気に溶けた瞬間、
和真の胸の奥で、
長い間固まっていた氷が静かに砕けていった。
痛みではなく、
悲しみでもなく、
ただ──
温かさだけが残った。
和真は、
震える息を吐きながら陽葵を見つめた。
「……陽葵……
君は……
何も悪くないよ……」
陽葵は、
そっと首を横に振った。
『……ううん……
わたし……
まくんを……
ひとりにしてしまった……
ほんとうは……
いちばんそばで……
まくんを……
まもりたかったのに……』
その声は、
涙のように柔らかかった。
和真は、
一歩、陽葵に近づいた。
「……陽葵。
僕は……
あの世界で……
ずっと君を探してた。
でも……
本当は……
君が僕を探してくれてたんだね」
陽葵の瞳が揺れた。
『……まくん……』
「君が……
僕を見てくれていたこと……
気づけなかったのは……
僕のほうだよ……」
陽葵は、
そっと目を伏せた。
『……まくん……
やさしい……
でも……
わたし……
ほんとうに……
まくんに……
“ありがとう”って……
いいたかったの……』
和真は、
胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……陽葵……
僕も……
君に言わせてほしい」
陽葵は顔を上げた。
その瞳は、
もう揺れていなかった。
和真は、
ゆっくりと手を伸ばした。
光の指先と、
和真の指先が、
ほんの少しだけ触れた。
温かかった。
「……陽葵……
ありがとう。
僕を……
見つけてくれて。
呼んでくれて。
最後まで……
僕を信じてくれて……
ありがとう……」
陽葵の瞳に、
光がふわりと滲んだ。
『……まくん……』
「そして……
僕も……
君が……
大好きだった……
ずっと……
ずっと……」
陽葵は、
そっと微笑んだ。
その微笑みは、
あの日の夕暮れよりも、
どんな光よりも優しかった。
『……まくん……
もう……
だいじょうぶ……
まくんは……
ひとりじゃない……
これからは……
じぶんのせかいで……
いきていける……』
和真は、
涙をこぼしながら頷いた。
「……うん……
陽葵……
ありがとう……」
陽葵は、
静かに手を離した。
光が、
ゆっくりとほどけていく。
輪郭が薄れ、
髪が風に散り、
声が空気に溶けていく。
『……まくん……
だいすき……
さよなら……』
和真は、
その消えていく光に向かって手を伸ばした。
「……陽葵……!」
光は、
そっと和真の指先に触れた。
最後の“手をつなぐ”ように。
そして──
陽葵の魂は、
静かに、
穏やかに、
夜空へと昇っていった。
星のように瞬きながら。
和真は、
その光が見えなくなるまで、
ずっと見つめ続けた。
胸の奥に残ったのは、
痛みではなく──
確かな温もりだった。




