スーパーフラット・サイン
陽葵の未送信メッセージを見た夜、
和真はほとんど眠れなかった。
目を閉じると、
陽葵の声が聞こえる気がした。
『……まーくん……』
優しい声。
あの日と同じ声。
でも──
もうそれは現実の陽葵ではない。
和真は、胸の奥が締めつけられるのを感じながら、
布団の中で小さく息を吐いた。
*
翌日、毅が迎えに来た。
「顔色悪いな……寝てないだろ」
「……まぁね」
毅はため息をついた。
「無理もないけどな。
でも……今日は話しておきたいことがある」
和真は顔を上げた。
「……陽葵のこと?」
毅は頷いた。
「そうだ。
お前が知らなかったこと……
陽葵が俺にだけ相談してたことがある」
和真の心臓が跳ねた。
「……相談?」
毅はゆっくりと歩き出し、
和真もその隣に並んだ。
「陽葵……亡くなる前から、
誰かにつけられてたんだ」
和真は足を止めた。
「……え……?」
毅は苦しそうに続けた。
「学校の帰り道とか、
図書館からの帰りとか……
“視線を感じる”って言ってた。
最初は気のせいだと思ってたらしいけど……
だんだん、はっきりしてきたって」
和真の喉が乾く。
図書館──
陽葵と初めて話した場所。
悩みを聞いた場所。
連絡先を交換した場所。
陽葵が笑ってくれた場所。
「……なんで……
僕には言わなかったんだろ……」
毅は静かに言った。
「言おうとしてたんだよ。
陽葵……お前のこと、すごく信頼してた。
“和真くんなら話せる気がする”って……
でも……
タイミングがなかったんだ」
和真は胸を押さえた。
「……僕……
もっと……
陽葵のこと……
見てあげればよかった……」
毅は首を振った。
「違う。
陽葵は……
お前に心配かけたくなかったんだよ。
優しい子だったからな」
和真は、目を閉じた。
陽葵の笑顔が浮かぶ。
図書館で本を抱えて笑っていた姿。
悩みを打ち明けてくれた時の、
少し不安そうな瞳。
そして──
淡い恋心。
「……僕……
陽葵のこと……
好きだったんだ……」
毅は、驚かなかった。
「知ってたよ。
見てれば分かる。
陽葵も……
お前のこと、嫌いじゃなかったと思う」
和真は、涙をこぼした。
「……守りたかった……
陽葵のこと……
守りたかったんだ……」
毅は、和真の肩に手を置いた。
「和真。
陽葵が巻き込まれた事件は……
お前の力じゃどうにもできなかった。
あれは……
相手が悪すぎたんだ」
和真は震える声で言った。
「……ストーカー……
陽葵を……」
毅は言葉を選びながら、
静かに頷いた。
「……あいつは……
普通の人間じゃなかった。
陽葵は……
ずっと怯えてた。
でも……
誰にも迷惑かけたくなくて……
一人で抱え込んでた」
和真は、拳を握りしめた。
「……陽葵……
どうして……
僕に……」
毅は優しく言った。
「言おうとしてたんだよ。
最後のメッセージ……
あれが証拠だろ」
和真は息を呑んだ。
『ま……くん……たす……け……』
陽葵は、
最後の最後に──
自分を呼んでいた。
胸の奥が、
痛みで裂けそうになる。
毅は言った。
「和真。
陽葵が残した“最後の声”に向き合うには……
まだ時間が必要だ。
でも……
一緒に向き合おう。
逃げずに」
和真は、涙を拭いながら頷いた。
「……うん……
逃げないよ……
もう……絶対に」
毅は微笑んだ。
「よし。
じゃあ……
次は“あの日の場所”に行こう」
和真は息を呑んだ。
あの日の場所──
陽葵が最後にいた場所。
逃げ続けてきた現実。
でも、
もう逃げない。
和真は、
静かに頷いた。




