表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/34

スーパーフラット・リグレッション

風が止んだ墓地で、和真はしばらく立ち上がれなかった。


胸の奥に残る痛みは、

逃避世界のどんな攻撃よりも鋭く、

どんな魔法よりも重かった。


毅は、和真が落ち着くまで黙って隣に立っていた。

その沈黙は責めるものではなく、

ただ寄り添うための沈黙だった。


やがて、和真はゆっくりと立ち上がった。


「……帰ろうか」


毅が言う。


和真は小さく頷いた。


墓地を出ると、現実の空気が肌に触れた。

逃避世界のような鮮やかさはない。

ただ、冷たくて、重くて、確かな空気。


歩きながら、毅がぽつりと口を開いた。


「……なぁ和真。

お前、あの日から……

ずっと“陽葵の声”を聞いてたんだろ」


和真は足を止めた。


「……どうして分かったの」


毅は苦笑した。


「分かるよ。

お前、陽葵の話をするとき……

“今も話してるみたいな顔”してたからな」


和真は視線を落とした。


「……聞こえてたんだ。

陽葵の声が。

笑ってる声も……

怒ってる声も……

僕を呼ぶ声も……

全部……」


毅は静かに言った。


「それは……

お前の心が作った声だよ」


和真は唇を噛んだ。


「分かってる……

頭では……

でも……

心が……

どうしても……」


毅は、和真の肩に手を置いた。


「無理に忘れなくていい。

陽葵のことを思い出すのは悪いことじゃない。

ただ……

“現実の陽葵”と“お前が作った陽葵”を

ちゃんと分けないと……

お前が壊れる」


和真は、胸の奥が締めつけられるのを感じた。


そのとき──

耳の奥で、かすかな声がした。


『……ま……くん……』


和真は息を呑んだ。


陽葵の声だ。


いや──

違う。

これはもう、陽葵ではない。


逃避世界の残滓。

心が勝手に作り出した幻。


毅が心配そうに覗き込む。


「和真、大丈夫か」


和真は震える声で答えた。


「……まだ……聞こえるんだ……

陽葵の声が……」


毅は強く頷いた。


「大丈夫。

それは……すぐには消えない。

長い間、お前を守ってきた声だからな」


和真は目を閉じた。


陽葵の声が、また聞こえる。


『……ま……くん……

だい……じょうぶ……』


優しい声。

あの日と同じ声。


でも──

もう騙されない。


和真は、胸に手を当てて呟いた。


「……陽葵……

もう……いいんだ。

僕は……現実に戻るよ」


その瞬間、

耳の奥の声がふっと消えた。


風が吹き、

現実の空が広がる。


毅が微笑む。


「よし。

じゃあ……

まずは家に帰って、

ちゃんと飯食って、

ちゃんと寝ろ」


和真は、少しだけ笑った。


「……うん。

そうするよ」


二人は並んで歩き出した。


逃避世界はもうない。

陽葵の線画も消えた。

残っているのは──

現実の痛みと、現実の一歩だけ。


それでも。


和真は、確かに前へ進んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ