パートナー
試験を終えてから数時間後。
全員の試験が終わり、合格者たちは大きな広場へと集められていた。
入隊希望者は1000人近くいたはずだが、広場にいるのは100人にも満たない。俊光の試験を突破できた者は、ほんの一握りだったようだ。
瑠衣は腕を組みながら、周囲の入隊候補者たちを観察していた。
(さすがに、ここに残っている連中は一筋縄ではいかねえな)
彼の視線の先には、逞しい体躯を持つ大男が立っていた。まるで山のような体格だが、その目は鋭く、動きにも無駄がない。
(あのデカブツ、ただの力任せってわけじゃなさそうだ。あの体重で素早く動けるなら、正面からは勝負にならねぇかもな)
別の方向には、しなやかな身のこなしを見せる青年の姿があった。構えひとつ取っても、剣術の基礎がしっかりしているのが見て取れる。
そして、少し離れた場所にいる小柄な人物。彼は静かに目を閉じていたが、その周囲に漂う空気は、まるで一触即発の緊張感を孕んでいるかのようだった。
(あの小柄な奴……ただ者じゃねぇな。目を閉じてるけど、完全に周囲を把握してる感じだ。迂闊に近づけば、斬られるのは俺の方かもしれねぇ)
瑠衣はひとりひとりの候補者を見極めながら、小さく息を吐いた。
(こうして見ると、さすが俊光の試験を突破しただけはあるか……。俺が補欠ってのも納得ってわけか)
悔しさや焦りはない。ただ、冷静に己の立場を理解しているだけだ。
(でもまぁ……俺だって、ここに立ってる以上、捨てたもんじゃねぇはずだ)
周囲の緊張感を楽しむように、瑠衣はゆっくりと視線を泳がせ続ける。
ここにいる全員が、自分と同じように影と戦う覚悟を持っている。
瑠衣は記憶を取り戻すきっかけとして、必ず影が関与していると踏んでここへと入隊した。
しかし、彼らは一体何のためにここへと来たのだろうか?
そんな彼の思考を断ち切るように、係官の声が広場に響き渡った。
「これより、今後戦いを共にするパートナーを発表する!」
場内が一瞬で静まり返る。瑠衣も耳を傾けるが、特に緊張した様子は見せない。その様子を見て、隣の眼鏡を掛けた候補生が小声で呟いた。
「お前、ずいぶん落ち着いてるな……補欠合格のくせに」
「ん? ああ、まあな。補欠でも優雅に構えてる方がカッコいいだろ?」
隣の候補生が唖然とする中、係官が発表を続ける。
どうやら、パートナーに選ばれるのは試験結果に関係なくランダムのようで、上位合格者同士の場合もあれば、逆もまた然りのようだ。
影との戦いにおいてここで強い奴と組めるかどうかで、今後の昇格や生存率にも関わってくる重要な場面だ。
(俺は補欠だから、組まされる相手は嫌だろう。俺だって逆の立場なら面倒に思うし)
その証拠に、下位合格者同士のペアと上位合格者同士のペアとでは明らかに表情が違う。運良く上位合格者と組めた下位合格者もいるようだが、上位合格者からすると、足手まといにならないか心配だろう。
「さてさて、俺の相棒は一体どんな奴だ」
瑠衣が期待に胸を膨らませていると、ついにその時がきた。
「続いて義影瑠衣! パートナーは氷室莉緒!」
その瞬間、道場全体がざわめきに包まれた。あちこちから「なんで?」「ありえない!」という声が飛び交う。
「氷室って、今回のトップ合格者だろ? なんで補欠のやつと組むんだよ!おかしいだろ!」
「運がいいってレベルじゃねえぞ……!!」
周囲からそんな批判が飛び交う。明らかに、瑠衣に対してよく思っていないのがわかる。
瑠衣は思わず「ほぉ」と声を漏らした。
(なるほど、氷室莉緒ってのはそんなにすごい奴なのか。それにしても、首席と組めるなんて、俺は運が良いな。これも運命のイタズラってやつかね)
興味をそそられながら、指定された位置に向かう瑠衣の視線の先には、空色のセミロングヘアが目を引く少女が立っていた。小柄で整った容姿に、冷たい光を宿した青い瞳。その佇まいだけで圧倒されそうな雰囲気を放っている。
「やあ、氷室莉緒ちゃん。俺は義影瑠衣だ。これからよろしくな」
軽い調子で話しかける瑠衣に、莉緒は鋭い視線を向けると、一瞬の間を置いて口を開いた。
「ええ、宜しく。だけど、ちゃん付けでは呼ばないでくれるかしら?」
気品のある、丁寧な言葉。しかし、どこか棘のある声色だった。
しかし、瑠衣は気にせずこう言った。
「そんなこと言うなよ。仲良くしようぜ、相棒なんだからさ。莉緒ちゃ――」
そう言って、瑠衣が手を差し出すと、
――パァンッ!
莉緒はその手を思い切り払い除けただけでなく、静かに刀を抜き、瑠衣の首元に当てた。あまりの速度に、瑠衣は反応することすらできなかった。
一瞬にして道場全体が静まり返る。
「おいおい、いきなり刀を抜くなんて物騒だな」
「私言ったわよね? ちゃん付けで呼ばないでと。それとも聞こえなかった?」
まるで刃物のような冷たい声だった。冷徹な声と刀の冷たさが、瑠衣の肌に突き刺さる。それでも彼は飄々とした表情を崩さなかった。
「いやぁ、怖い怖い。でもさ、俺はちゃんって呼ぶのが癖になってるから、気をつけないとすぐ斬られそうだな。俺はまだ死にたくないから命がけで努力するとしよう」
瑠衣のふざけた返答に、彼女の瞳がさらに鋭さを増す。
首元に当たっている刀からほんのりと血が滲んだ。
「……本当に斬るわよ」
「……」
どうやら本気で怒っているようだ。これ以上は本気で首を撥ねられ兼ねない。
「はいはい、わかりましたよ。氷室さんね、氷室さん」
瑠衣は軽く手を挙げて、刀を避けるように一歩下がった。その様子に莉緒は静かに刀を納めると、背を向けた。
「……ふん。最初からそうしてればいいのよ」
彼女の冷たい声を聞きながら、瑠衣は軽く出血した首をさすり、笑った。
(とんでもねえ相棒が来たもんだな。でも、これくらいの方が面白そうじゃねえか)
立ち去ろうとする莉緒の背中に向かって、瑠衣は続けて話しかける。
「ところで氷室さん、その武装刀、いい刀だな。やっぱり首席合格者は装備も一級品ってわけか」
莉緒はちらりと瑠衣を一瞥したが、何も言わずに歩き続けた。その背中からは、微かに冷たい空気が漂っている。
「……無視、か」
瑠衣は肩をすくめた。完全に最初の対応を間違えたらしい。
会話を続けようとしたが、無理に話しかけても逆効果だろうと悟る。
二人が廊下を歩いていると、道中にある大きな窓から外の庭が見えた。美しく手入れされた花壇や噴水、どこか上品な雰囲気が漂っている。
「へぇ……まるで貴族のお屋敷みたいな庭だな。氷室さんって、なんか“お嬢様”みたいな感じだし、こんな場所が似合いそうだな」
瑠衣の軽口に、莉緒はピタリと足を止めた。その仕草は静かで、何の感情も読み取れない。
「……お嬢様、ね」
背を向けたまま、呟くように繰り返す。その声は、かすかに揺れていた。
「いや、まあ、別に悪い意味じゃないぜ? 気品があるっていうかさ、立ち振る舞いが上品っていうか――」
「……そう」
莉緒は短く応じると、再び歩き出した。しかし、その背中はほんの少し硬直しているように見えた。
(あれ……今、ちょっと動揺したか?)
瑠衣はわずかな違和感を感じ取り、内心で首を傾げる。しかし、莉緒の背中からはすでにいつもの冷たい空気が漂っていた。
(まぁ、いいか。これ以上突っ込んでも切られるだけだな)
瑠衣は自分を戒め、再び距離を保ちながら歩き始めた。無理に距離を詰めることはせず、あくまで冷静に。
(首席様に嫌われちゃあ、先が思いやられるな)
瑠衣は内心で苦笑しつつも、相手のペースに合わせることにした。軽口を叩くのを控え、あくまで冷静に距離感を保つ。それが、今の彼女にとって最善の対応だと分かっていた。
――しかし、彼女の胸の内に走った小さな動揺の種が、いずれどんな芽を出すのかは、瑠衣には知る由もなかった。