出会い
転生して早一年。
第二の人生は、控えめに言って最悪だ。
全身が黒緑色で、醜く、小柄なモンスター。
世間一般的に、ゴブリンと言われる存在。
それが今の俺だ。
交通事故で意識が遠のいて、次に目が覚めた時にはこの姿になっていた。
ゴブリンに転生したのだと自覚した時、俺は自分の姿の醜悪さに発狂しそうになった。
それでもゴブリンに生まれた以上、ゴブリンとして生きようと努力した。
ゴブリンも群れで行動するから、群れでのルールや常識を覚えて、馴染める努力をした。
だが一向に馴染める気がしない。
コイツら、知能もモラルも低すぎて一緒にいると気が狂いそうだ。
平気で人を襲ったり物を盗んだりするのは当たり前。
それは仲間内でも同じだ。
だけど頭を使わないから、人間や他のモンスターに簡単に返り討ちにあって殺される。
それでもゴブリンはゴキブリ並みに繁殖能力が高いから、減ってもすぐに増える。
俺にはゴブリンの生活は合わない。
こんな群れ、今すぐ出たい。
何度も群れから出て一人で生きようとも考えたが、それも難しかった。
なんせ、ゴブリンは一人で生きるにはあまりにも弱すぎる種族だ。
ゴブリン一匹だけで倒せるモンスターは限りなくゼロに近いし、人間の大人にはほぼ勝てない。
この世界にはレベルアップや進化の概念があるようだが、倒せるモンスターがほぼ皆無なせいでレベルもなかなか上がらない。
それでも、俺はこの一年、よく頑張った方だ。
人間の冒険者や強いモンスターから逃げながら、ひたすら自分より弱いモンスターを探して狩った。
幸い、俺の初期スキルの中に鑑定スキルがあり、相手のステータスを確認できたおかげで、相手の実力を見誤ることはなかった。
コツコツレベル上げをしたおかげで、もうすぐ上位種のホブゴブリンに進化できる。
ホブゴブリンになれば倒せるモンスターも増え、レベル上げもしやすくなる。
レベルがもっと上がれば、こんな群れから出て生きていける!
俺は進化するために、倒せそうなモンスターを探しに、いつもの森へと出かけた。
森の中を、冒険者や他のモンスターに見つからないよう、警戒しながら探索する。
今すぐにでも進化したいところだが、焦りは禁物だ。
どれだけレベルを上げようが、ゴブリンはゴブリンだ。
人間の冒険者なんかに見つかったら、一瞬で狩られてしまう弱い存在なのだ。
しばらく森の中を歩いていると、リトルキャタピラーを見つけた。
リトルキャタピラーは、ゴブリン一匹でも倒せる数少ないモンスターの一種だ。
俺は意気揚々とリトルキャタピラーを狩ると、レベルが上がり進化条件を満たした。
「やった!」
俺は迷わず進化すると、身体が人間と同じくらいの大きさになった。
ホブゴブリンの見た目はその程度しか変化がないが、HPや攻撃力などのステータスは格段に上がった。
これで簡単には死ななくなった。
しかもボーナススキルといって、望むスキルをなんでも1つ手に入れることができるようだ。
どんなスキルにしようか。
ここで得るスキルによっては、今後のレベル上げの難易度が大きく変わるぞ。
頭を抱えて手に入れるスキルを考えていると、突然、女の大きな悲鳴が森の中に響いた。
俺は警戒しつつ、藪の中に隠れながら声の主を探した。
声のした方へ向かうと、そこには清楚な格好をした女とゴブリン達がいた。
女は、その身なりとステータスからして僧侶なのだろう。
ゴブリン達は今にも女に襲い掛かろうとしていた。
放っておいたら、あの女はゴブリン達の慰み者になるだろう。
ここは無難に見過ごす方が得策なのだろうが、俺の中にある人並み程度の良心がそれを許せなかった。
俺は、ゴブリン達の前に現れると、女を置いて去るように威嚇した。
一応、上位種だからか、ゴブリン達は素直に俺の言うことを聞いて去っていった。
『えっ、なに?何が起こったの?』
女は驚いたように何かを喋っているが、女の言葉は分からない。
『あなたは、ホブゴブリン?!じゃあゴブリンの群れのボス?』
女は手に持っていた杖を構えて、俺を睨みつける。
もしかして俺と戦う気か?
ステータスを確認した感じだと、大した攻撃技は使えなさそうだ。
タイマンなら、今の俺だったら負けることはないだろう。
だけど人を殺すのも当然、俺の中の良心が許さない。
「警戒しないでくれ。俺はアンタと戦うつもりはない。」
『えっ?人間に喋りかけるホブゴブリンなんているの?もしかして、変異種?』
俺の言葉に反応するように、女は喋りだす。
が、相変わらず言っていることが分らない。
もどかしいな。
どうすれば、この女と会話できる?
ーーー ボーナススキルを取得しますか? ーーー
どこからともなく、そんな声が頭の中に突如響いた。
そうか。女と会話できるスキルを望めば、意思疎通が取れるのか。
だけどせっかくのボーナススキルをそんなことで消費するのは勿体無い。
.....いや、待てよ?
ここで女を説得できれば、人間の街で暮らすための取っ掛かりが掴めるんじゃないか?
俺は思い切って、女と会話するためのボーナススキルを取得した。
ーーー スキル『言語拡張』を取得しました。 ーーー
念のため俺自身のステータスを鑑定スキルで確認してみると、スキルの欄に「言語拡張」が追加されていた。
「なぁ、アンタ。俺の言葉が分かるか?」
「えぇっ?!」
試しに女に話しかけると、女は更に警戒して2・3歩後退りをした。
まずい。
ここで逃げられたら、せっかく手に入れたスキルが無駄になる。
「待ってくれ!俺はアンタを襲うつもりはない。むしろ、話したいんだ。頼む。逃げないでくれ。」
俺は頭を下げて、必死に女に乞う。
「...あなたは、ホブゴブリン、ですよね?」
俺の願いが通じたのか、女は警戒するように構えつつも、俺と喋る気になってくれたようだ。
「あぁ、そうだ。今はな。」
「今は?」
「俺はゴブリンに生まれ変わる前は、人間だったんだ。」
「えっ?嘘.....?」
本当のことなのだが、女は半信半疑のようだ。
「信じてもらえないかもしれないが、本当なんだ。だから俺はゴブリン達の群れに馴染めなくて困っている。」
「そうなのですか?」
「あぁ。だってアイツら知能も低いしモラルもゼロだろ?さっきだって、乱暴にアンタを襲おうとしていたし。あんな下劣な奴らと同じ種族ってだけで屈辱的だ。」
「それはお気の毒ですね。」
「そこでだ。アンタに聞きたいんだが、俺みたいなホブゴブリンでも暮らせる人間の街ってあるのか?できればゴブリンの集落じゃなくて人里で暮らしたいんだ。」
「う〜ん...。ホブゴブリンさんが暮らせる街、ですか?魔族の住む街ならあるかもしれませんが、人間の街でホブゴブリンさんが暮らせる街は、心当たりがありません。」
「....そうか。」
予想はしていたが、やっぱりゴブリンが人間と暮らすのは無理なのか。
かといって、ゴブリンの集落で一生暮らすのは御免だ。
そうなると俺は、一人で生きていく道を模索するしかないのか。
「ただ....いえ、やっぱり何でもないです。」
「ん?何だ、もったいぶって。そこまで言ったんだったら、最後まで言ってくれよ。」
「そうですか。でも、期待に応えられるような話ではありませんよ?ホブゴブリンさんが人間の街で暮らす方法は、一応あります。」
「本当か?!」
一縷の望みが出てきて、俺は胸が高鳴る。
「ホブゴブリンさんが人間にテイムされている状態であれば、主人の人間に飼われる形で、人間の街で生活できます。ですが、この方法だとホブゴブリンさんが人間に使役する必要があります。」
なるほど、その手があったか!
使役モンスターという形だったら、人間に狩られることなく人里で暮らせる。
ただ問題は、誰が俺をテイムしてくれるか、という点だ。
進化したとはいえホブゴブリンも雑魚モンスターに変わりない。雑魚の俺をわざわざテイムしたい人間なんかいないだろう。
「参ったな。俺みたいなのをテイムしたがる良心的な人間なんて、いないだろうし。上位種に進化すれば可能性が出てくるか?」
「あのー。ホブゴブリンさん、私もお願いがあるのですが、聞いてもらえますか?」
「お願い?できるかどうかは別として、聞くだけなら構わないぞ。」
「私、ついこの前まではS級冒険者パーティのメンバーだったんです。私の初期スキルに蘇生魔法があったため、いざという時の蘇生要員として一緒に旅をしていました。」
やっぱり僧侶だったか。
ステータスを見た時から想像できていた。
だけどS級冒険者パーティのメンバーにしては随分弱そうに見える。HPや守備力が俺以下のステータスで、足手纏いにならないのか?
「ですが他のメンバーが強くなると、モンスターに倒されて死ぬことが無くなりました。そのため蘇生要員はいらないと追い出されてしまったのです。」
「随分、薄情な連中だな。」
「ですので、ホブゴブリンさん。もしよければ、私の使役モンスターになってくださいませんか?冒険者を続けるにも、私一人では何もできなくて困っています。スライムを何匹かテイムしようと思って持ってきた隷従の首輪はここにあります。
お願いします。私の使役モンスターになってください!」
女は深々と頭を下げて、俺に懇願した。
渡りに船とは、このことだ。
貴重なボーナススキルを『言語拡張』にして正解だった。
テイムされるにしても、仕える人間がクズだと一生奴隷のような生活を強いられる可能性がある。
だけど、この女はそんな奴には見えない。
それに今を逃すと、いつ次にチャンスが巡ってくるか分からない。
というか、次のチャンスが来る前に、人間か他のモンスターに殺される可能性の方が圧倒的に高い。
だったら答えは決まっている。
「勿論、OKだ。これから、よろしくな。....えっと、名前は?」
「私はリリアン・シェリーです。あなたは?」
「俺は加藤健斗だ。ケントでいい。」
俺はリリアンに手を差し出すと、彼女は手を握り返した。
こうして俺は、その日からリリアンの使役モンスターとなった。