食べ放題の店は、オープン直後は自由に料理も取れないほど人で混雑している
食べ放題の店は、オープン直後は自由に料理も取れないほど人で混雑している。店員さんが席に案内してくれた後、ひと通り説明を受け終わったら、みんな一目散に料理が置いてあるエリアに駆けていく。
即席の列に並び、順番におぼんとお皿と、お箸を取る。美味しそうな匂いが部屋中に漂っているのに、元となる料理が何なのか、私には当てることができない。
列がゆっくりと動き、目の前に突如ラタトゥイユが現れた。なすとズッキーニが、トマトと一緒に煮込まれていて美味しそうだ。
食べ放題の列に並んでいると、突如、現れた料理を「取る」か「取らない」か、すぐに決めなければならない。
一度逃してしまうと、再度列に並び直さないといけない。もったいないからと、目の前に現れたすべての料理を取っても次第に、お皿の上に乗らなくなる。
私は初めの一皿分に、野菜のマリネ、チキン、ペペロンチーノ、そしてラタトゥユを盛り付けた。飲み物は烏龍茶を選んだ。
食べ放題に一緒に来た妹は、まだ席についていなかった。一瞬、待っていようかと思ったけど、料理が冷めると美味しくないので、先に食べることにした。今さら、遠慮する仲でもない。
おしぼりで手を拭いた後、さっそく野菜のマリネから食べ始める。うん。さっぱりしていて美味しい。
今は混雑しているけど、もう少しすると、みんな席で料理を食べ始めるから、その頃には人の出入りも落ち着くだろう。
ここの食べ放題のメインディッシュはローストビーフだ。旨みが詰まっていてジューシーという噂だ。シェフが直々にカットしてくれるのも人気の理由の一つかもしれない。
初めの一皿は少量の料理を取り、人の出入りが少なくなったのを見計らい、メインディッシュを取りに行くのが、私の食べ放題の流儀だった。
ラタトゥイユに箸をつけたところで、妹が席に戻ってきた。手に持ったお皿の上には、クロワッサン、デニッシュ、あんぱんなどの、パンが数個のっていた。
パン!? 私は目を疑い、つい妹の顔を凝視した。
「お姉ちゃん、食べるの早いよー」
無邪気な顔をして笑っている。
「何で初っ端からパン!? 美味しそうな料理、他にもあったでしょ」
予想外のラインナップに、つい声を荒げてしまった。パンは、ひと通り料理を食べ終わった後、お腹が空いている時に選ぶものだと思っていた。
「えー、美味しそうだったから! 食べ放題って、自分が食べたい物なんでも自由に取っていいんだよね。だから別にいいでしょ」
屈託のない笑顔を私に向けて、妹は、おしぼりで手を拭く。小さな声で「いただきます」と言ってから、クロワッサンにかぶりついた。カリカリと香ばしい匂いが私の方まで漂ってくる。
「んー、美味しい! ってか、クロワッサン久しぶりに食べたかもー」
邪念が一切ない。なんて幸せそうな顔で食べるんだろう。
……そっか。食べ放題だから、自分が好きなものを食べていいんだよね。
最初に少量の料理を持ってくる人もいれば、最初からパンを食べる人がいても良い。私は食べ放題を楽しむ気持ちを忘れていた。
その時、妹が急に咳き込んだ。パンが気管にでも入ったのかもしれない。よく見たら、飲み物は何も持ってきていなかった。
「ほら、私の烏龍茶飲んで。もー、落ち着いて食べなよ」
私がすすめると、妹はすぐさまコップに口をつける。これはもう妹の烏龍茶になってしまった。
実の妹であっても、そのままシェアして飲む気はない。私は再度、新しい飲み物を取りに行こうと席を立った。
ドリンクが置いてあるエリアに行くと、一番近くにパンコーナーがあった。先ほどは気づかなかったのに。妹が食べていたから意識できたのかもしれない。
クロワッサンはプレーンのものと、チョコ味のもの、2種類あった。表面にツヤがあって、しっとりしていたから、焼きたてのようにも思えた。
本当は今から、メインディッシュを攻めるはずだった。人が少なくなったのを見計らい、エリアをゆっくり回って、自分が本当に食べたい料理を取ってくるはずだった。パンは眼中になかった。
しかし、美味しそうに感じてしまったのだから仕方ない。私は近くにあった皿を取り、トングを使ってチョコ味のクロワッサンを1個掴んだ。
妹に影響を受けてしまった。
ドリンクも、羽目を外してコーラを注いでしまった。本当は食べ放題に来た時は、すぐにお腹いっぱいになるから、炭酸を選ぶことは避けている。だけど、自分の感性を信じて、指がボタンを押していた。
今日は食欲に素直になって動いても良いのかもしれない。
私はローストビーフに群がっている人を横目に見ながら、パンも美味しそうだよと念力を送ってから、妹が待つ席に戻った。