4 未来の君へ
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『井原英朗さん、あなたは五年後暗殺されます、34歳の9月14日、18時48分に、何者かの手によって……』
気を何度そらしても、頭からその言葉が離れず、重苦しい不安に胸がつまりそうになる。
「……変えられない、未来なのかな?」
嘘でもいいから、変えられると言って欲しい気持ちで、僕はまたつぶやいていた。
残酷な天使は、ためらわず首を横に振る。
「変えられない、……でも、俺にとって英朗さんはこれから、かけがえの無いパートナーになる予定だから、生きることをあきらめないで」
「かけがえのないパートナー?」
「そう、これから十三年後の未来に起こる、地球が滅亡するほどの大惨事を乗り越えていくための、パートナー」
「十三年後って、五年後に暗殺される僕が?」
「……うん、だから、お願いが、あるんだ」
色素の薄いくせ毛と同じ色の瞳が、僕を見つめたまま少し揺らいだ。
「……遺伝子、採取してもいいかな?」
「遺伝子? あぁ、遺伝子生物学・工学専攻か、……確か、君は月館所長の息子だったね」
「父は関係ないよ……」
「クローンを作りたいんだろう? なぜ僕の?」
「かけがえの無いパートナーだから……、と言う理由じゃダメかな?」
「……」
「……、あと、さっきも言ったけど、俺以外にも英朗さんを大切に思う人がこれから現れる、むしろその人のための、かな?」
少年は、めずらしく迷いのある、思いつめた顔で言った。
僕は、どう返していいのかわからず、黙ってイズルを見つめる。
未来の誰かのために、僕に出来ることが遺伝子を提供し、自分のクローンを作ることなのだろうか?
腑に落ちない疑問が頭を過ぎって、そして消えていった。
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蛍光灯の冷たい光の下、誰もいない小さな研究室で膨大な資料とパソコンに埋もれ、大好きな、地球科学・生態学・環境学etc……の、研究に没頭し続ける。
第二の地球を作るために。
僕の楽園だった場所、そして今日、僕が殺される場所。
すべてのデーターのバックアップは、今朝ヒデロウに渡し、やり切れることのない研究はきちんと片付けた。
残った仕事はあとひとつ、パソコンを立ち上げメール画面を開く。六年分のバースデーメールを作成するために……。
一年に一回しか送れないけれど……。僕らしくて、調度いい。
一年、一年丁寧に、コメントを考えていく、もう二度と会えない恋人に、もう一人の僕と出会えるまでの間、淋しい思いを少しでも軽く出来るように。一香がもう一人の僕と幸せな未来を築けますように、最後の祈りをこめて。
書き終えたメールをすべて、イズルのパソコンと僕の携帯へ送った。
時刻は18時42分を過ぎていた。
送信履歴を削除し、パソコンに残された全てのデーターを破壊する装置で消し電源を消した。
時計の音と心臓の音が、やけに大きく耳に響く。
心臓の鼓動が時計を追い越し、体中で脈打っている。遠くから聞こえてきていた足音が、ドアの前でぴったりと止まった。
時刻を確認すると18時44分を指していた。
僕はため息をつき、自分の生涯を振り返ってみる。僕は、幸せだっただろうか?
一香に初めてプレゼントされた、シルバーのペンダントを左手で握りしめた。汗ばんだ手のひら、心臓の音が身体中で響いている。
ドアの開く音がする。
僕はゆっくりと、確認するために振り返り、そして絶句した。
ウソ、ダ…―――
体中が凍りついたように動けなくなる。
「……な、ぜ?」
目の前に、今朝、別れたばかりの親友の顔があった。
心臓が、止まるかと思うほどだった。かろうじて、しぼり出した声が、自分の耳に聞こえないくらい潰れていた。
イズルは、苦しそうに目を伏せたまま、左で持った拳銃の銃口をぴったりと僕の顔面に固定している。
残された時間は、あと何分ある?
鼓動が急激に速まった。
「……七年後、英朗は大切なもののために、プロジェクトNOAの全てを裏切ってしまう、それはプロジェクトNOAにとってかなりの致命傷になる」
室内に、イズルの重い声が響く。
「どうしようもない、仕方のない事態だけれど、それじゃあ地球は、いや人類は救われない、だからヒデロウを作った、彼なら大丈夫、だから……」
だからヒデロウを作った?
だから……。
『遺伝子、採取シテモイイカナ?』
出会った時から、それは、イズルの頭の中にあった。頭の中が、イズルに裏切られた気持ちでいっぱいになった。
「英朗のことは、今も大切な親友だと思っている、生きていてくれたらと思う、でもそれじゃあ、八年後に未来が来なくなってしまう……」
イズルは、まっすぐに僕の目を見つめて言う。迷いのない瞳が、僕の心の中までも見据えて捕らえていく。
裏切ラレタ……。
「俺は、八年後以降の未来を作るために、NOAを作っている、英朗と一緒に、そしてヒデロウと一緒に……」
心に、裏切られたと、言う想いが、どんどん湧き上がってあふれ出そうになる。
違ウ……。
けれど、一香のためにイズルまでも裏切ってしまう、未来の自分を否定できない僕がいる……。
「……っ!」
頭が割れそうに、痛い。なにが何だかわからない、わかりたくない……。
イズルが悪いわけじゃない?
僕が悪いわけでもない?
イヤ、裏切ラレタ。
違ウ!
裏切ラレタ……。
違ウッ!!
裏切ラレタ
イヤ、違ウッ!!! 僕ガ……
ただ僕が、未来に選ばれなかっただけ…―――
「……っ」
なにか言いたいのに、声が出ない。
なぜ、僕じゃダメだったのか、やっとわかったのに……。
「……メールは、毎年必ず一香ちゃんに送るから、安心して……」
苦しそうな顔で引き金を引く親友に、つらい選択をさせて悪かった、と言いたかった。
まわらない頭で、やっと、まともに言葉になりそうな文字を拾い集めたのに……、もうそれを伝える術を失っていた。
時刻が
18時48分を指していた。
彼の予言する未来は、悲しいほど、ぴったりと当たっていく。
銃声が聞こえる…―――
僕はあきらめて、ゆっくりと目を閉じた。
望む未来の先で、彼が幸せでありま……―――
Fin