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「ただいま〜」
「おかえり。ユイ、今日はやけに早い……て、ええ? ユイが男を連れてきた!?」
今朝、意気揚々と家を出たユイ。そんなあの子が早く帰って来るなんて珍しい。と玄関まで来たユイの母親……マキ。ユイの後ろに無言で立っているギンを見て驚く。
「これから話すよ! ……でも、そのまえにご飯食べたい」
「サンドイッチ持たせてあったのに、もうお腹減っちゃったの?」
「……いや、俺が食べたからユイは昼食べてない」
バツが悪そうにボソリと喋るギンに、マキは気にしない様子で「美味しかった?」と聞く。
「……美味かった」
「それならよかった。適当に食べるもの用意するからリビングで待ってて」
◇
ユイは、おにぎりを食べつつ、ギンが倒れていたことからここに来るまでのことを詳しく説明した。
マキはそれを興味津々に聞いている。
そんな親子の様子を、ギンは出された麦茶を飲みながら眺める。おにぎりも勧められたが、さすがにこれ以上食べ物を分けてもらうのも忍びないと思い断った。正直まだまだ食べ足りないと言えばそうなのだが……。
「ドラマみたいね」
マキは、話の合間に相槌を打つ。
ドラマでも小汚い男拾うとかそうねぇだろ。とマキの相槌に時々心の中でツッコミを入れながら、話が終わるまでギンは静かに待った。
「はぁ〜……買った土地に倒れてたギンさんをうちの娘が助けた、と」
面白いご縁ね。とギンを見て笑うマキ。その隣ではその様子を気にせず、美味しそうにおにぎりを食べるユイ。
ギンはマキが何を考えているのかわからない。こちらをじっくりと眺めるマキの視線に、どうしていいのかわからず視線を泳がせる。
「いくつか質問しても良いかしら?」
「……どうぞ」
「貴方は何のために、この街に来たの?」
「……どこに行くアテもなく彷徨ってた。そろそろ何処かに居住したいと思っていたところで、この街を見つけた。街を一通り見て回ってから、不便のない程度に離れた場所に住むつもりだった」
紅茶を飲みながら聞いていたマキは、顎に手を当て一度目を閉じた。
少しして目を開け、マキは口を開く。
「見て回っている最中に、空腹で倒れてしまった……ということ?」
「そういうこと。人の土地でぶっ倒れたのは申し訳ないと思ってる」
「次の質問だけど、正直ユイは異性としてどう思う?」
「えぇ……」
これはどう答えるのが良いのだろう? ギンは言葉に詰まった。
魅力的だと答えれば「同居はヤバいのでは?」ということになるだろう。慈悲があれば縁切りだけで済むだろうが、そうでなければどんな被害を受けるかわからない。
だからと言って魅力がない、興味がないといったことを言えば、それはそれで失礼極まりないと思うし怒られそうだ。
「…………異性に警戒心がないのは良くない、と思う」
頭をフル回転させた結果がこれだ。同性であっても警戒心は持つべきだが、他にいい言葉が思いつかずギンはそのまま黙る。
「確かにそれはそうね。答えてくれてありがとう。それと、いろいろとごめんなさいね。母親として、心配で」
「こっちこそ悪い。俺のことは放っておいてくれたらそれで……」
ギンは住まわせてもらわなくても良いと思っている。
もちろん住む場所はあるに越したことはないが……。
ずっと一人で生きてきたし、元々誰かを頼るためにこの街に来たわけではないからだ。
それに対して、マキは首を振って否定した。
「それはダメよ。家を建ててもらえるみたいだし……。それに」
「それに?」
「一人暮らしは危ないし、貴方みたいな用心棒がいた方がいいわ」
「俺が危ない人間の可能性は考えないのか……」
「私は貴方と話をして大丈夫だと判断したわ。ユイも大丈夫だと思ったから、家に連れてきたのでしょう?」
マキはギンに笑いかけた。
その言葉が、笑顔が、本心なのかわからなかったが、ユイのことを信頼しているのだろうとギンは思った。
しかし、ユイだってギンと出会ったばかりだ。それなのに何故そこまで言い切れるのだろうとギンは不思議に思う。
「……納得できん」
そう口にすると、マキは苦笑した。
「そこまで言うなら……そうね。種明かしをするわ。私は人の嘘を見抜ける能力があるの」
さっき使ったのだけれど。と言いながら、目を瞑り、また目を開けた。
「瞳孔の形が普通の時とは違うの」
そう言われてじっくりと眺めると、瞳孔が猫のように細くなっていることがわかった。
マキがもう一度同じように目を瞬かせると、瞳孔は普通の人間と同じように丸に戻っていた。
「俺は嘘をついてないから信じるに値する、と?」
「そういうこと」
試すようなことをしてごめんなさい。とマキは申し訳なさそうに謝る。
その隣でユイはマキとギンを交互に見た後口を開く。
「お母さんから許可もらったし、明日から家作りお願いできる……?」
「いや、せめてイメージ図とかくれよ」
「あるよ! すぐ持ってくる!」
大きな足音を立てながら走っていくユイ。その後ろ姿を見送った後、ギンはマキと顔を見合わせて苦笑した。