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模倣屋さん  作者: 勿夏七
1章
2/38

2

 街を出て山へ入る。街にいた時は人の声がやけに耳についていたが、少し離れるだけで一変した。

 自分たちの足音と小鳥の囀り、川の流れる音だけが聞こえる。


 男はそれを心地良いと思い堪能していると、「到着しました!」と元気な声が鼓膜を揺らす。


「……結構近いんだな」

「出来るだけ早く到着できるようルートを考えました! さぁ、どうぞ。脱いだものはここで手洗いしちゃいましょう」


 桶と石鹸を置き、男が脱ぐのを待っているユイ。ユイがその場を離れるのを待つ男。どちらも意思疎通が出来ておらず、沈黙が流れる。


「……? もしかして私の前で脱ぐのが恥ずかしい、と?」

「どういう思考してんだよ。服も自分で洗うから着替えだけ置いて、どっか行ってくれるとありがたいんだが?」

「……! なるほど! それでは少し離れた所にいますね。失礼しました」


 お風呂に必要なもの揃えてきました! とその場に1つ1つ並べた後、ユイは会釈して駆け足に去っていった。

 

 その姿を見送った後、男は服を脱いだ。まず汚れた服を洗うか、とユイが置いていった桶に水を入れ、そこに服を沈める。水洗いだけでも汚れがかなり落ちる。

 

 汚れの溜まり具合に自分で引きながらも念入りに洗う。正直自分ではまだ臭いのかを判断できないでいるが、男は一応臭いを確認した後、適当な木に服を引っ掛けた。

 

 次は自分を洗う。ユイから桶だと全身洗うのは大変だろうと湖に直接入るよう指示されているため、そのまま冷たい湖に入る。

 そこそこ深さはあるが、立てるほどであるため溺れることはなさそうだ。

 

 この辺りは木々が密集している。そのためか、不快な視線を感じることも、人の声が聞こえることもない。その心地よさに思わず寝てしまいそうなほどだ。

 

 男はユイが置いていったシャンプーを手に取った。どう見ても女ものだが、借り物だから仕方ないと液体を手に取り髪を洗う。

 汚れが酷い髪は少量では泡が立たず、すぐに黒くなってしまう。どんだけ俺汚れてんだよ……と思いながら量を増やしてガシガシと洗う。

 

 リンス、ボディソープと順に使う。

 湖の一部分ではあるが、泡と汚れでいっぱいになっているのを見て罪悪感に苛まれた。しかし、その気持ちをすぐに振り払う。もうやってしまったことは仕方ない。

 

 タオルで髪や体の水分を吸い取り、ユイが置いていった服に着替える。

 着替えは男物のようで、男には少し大きいが、問題なく着ることができた。


 わざわざ買ったのか、それとも父親か兄弟か……意味もなくそんなことを考えながら、まだ完全に乾いていない髪をタオルで擦った。

 

 男はユイに報告するために、ユイが走っていた方向へと足を運んだのだった。

 


 ◇

 


「ピカピカですね!」

「……どーも」


 ユイは綺麗になった男を見て目を輝かせた。

 ビフォーアフターで並べて見比べたいくらいには見違えるほど綺麗になった。


「とりあえず母の家に行きましょう。少し遠いですが、店が出来上がるまでは家と拠点を往復します」

「俺は別にあんたから許可をもらえれば、拠点にテントでも貼って過ごすよ」

「だめです。人の視線嫌いでしょう? ストレスで禿げますよ」


 不快に思っていることを見抜かれ、男は一瞬顔を強張らせた。

 

「……なんでバレてんだよ」


 ユイは、その様子を見ても驚かず苦笑。男の手首を掴み背を向ける。

 

「勘です。ほら、行きますよー」


 道のない方向へと進み始めるユイ。男は連れられるまま歩き始める。


 山を下るのはそうかからず、すぐに街中へと足を踏み入れた。

 そこでたくさんの視線がこちらを刺す。

 好奇な目だったり、嫌悪している目だったり。

 この視線は自分だけに向けられているものではないことは、一目瞭然だった。

 ユイに向けられているそれを、男は不思議に思っていた。


「なぁ、あんたは街の人に嫌われるようなことをしたのか?」

「私じゃなくて先代……というべきなんですかね。過去に私と同じ能力を持っていた人たちが、嫌われるような使い方をしたからですね」

「もしかして心読めるとかそういう能力?」


 先ほど勘で片付けられたが、その可能性があるのか? と思い男は質問する。

 だが、ユイは首を振る。


「……確かにそれも嫌われるような使い方ができますけど、違います。私の能力は、<模倣>です」

「ああ、なるほど。……模倣は特に嫌われるよな。主に能力持ちに」


 納得したように頷く男。その様子にユイは、立ち止まって振り返り、男の顔を見た。

 

「貴方は何も思わないんですか?」

「俺は能力持ちじゃないからな。気にならない……というか、助けてもらっといて能力で嫌ったりするのはなんか違くないか?」


 ユイの驚き顔を見て、男は表情1つ変えずに言った。それを見たユイは安心したように笑う。

 

「それはよかったです。あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私はユイです」

「俺はギン。別に俺に敬語はいらない。これからよろしく」

「はい……じゃない。わかった! よろしくね」


 無邪気に笑うユイに、ギンは少しだけつられて口元を緩めた。

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