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「土地が買えたのは良いけど、よさげな建築家が捕まらない……」
母の名義で土地を買った。そこまではよかった。だが、母の力ばかり借りるのもな……と思い、自分の足で探したのが悪かった。
潔いほどのぼったくり建築家しか契約してもらえそうもない。
ユイにお金さえあれば、気にせずその金額を払い、店を建ててもらったかもしれない。
……まぁ、高い金を払っても良い店を建ててもらえるかは謎なものだが。
しばらくは屋根なしで商売をするか? と考えつつユイは買ったばかりの土地に足を運んだ。
「……ん? んん??」
ユイが買った土地のど真ん中で人が倒れている。
ボロボロな服を纏っており、何日風呂に入っていないのかと思うほどの悪臭を漂わせている。
近くを通りかかった人たちは見て見ぬふり。ユイが現れたことでヒソヒソ話が始まる。
疑われているのは話の内容を聞かなくてもわかる。
「土地が安かった理由は死体アリだったというオチ!?」
わざとらしく大きな声を出した後、口元をハンカチで覆い、倒れている人に駆け寄る。
本当に死んでいたら、自分に濡れ衣を着せるために置いていったとしか思えない。
「……脈ある! お願いだからここで死なないでください〜!」
「み、水……」
「水!? 未開封のがあったはず……あった! はい、どうぞ!」
自分用にと買った飲料水を手渡す。倒れていた人は受け取るや否や一気にそれを飲み干した。
「助かった……。ついでと言っちゃなんだが、食べ物ももらえないか?」
「え、サンドイッチなら……ありますけど」
母と一緒に作ったサンドイッチ。
自分の好きなものしか入れていないので、渡してしまうのは惜しいが……とユイは一瞬顔を歪めたが、仕方なくサンドイッチも差し出す。
「ありがとう」と言った後、男はサンドイッチをガツガツと遠慮なく食べる。
その様子を見ながら「気持ちよく食べるなぁ」「私はお昼何食べようかな」なんてユイは考えていた。
「……ごちそうさま。この恩は何処かで返すよ」
深く被っていた帽子を脱ぎ、軽く会釈をした。
見たところ二十代くらいの男。いつから切っていないのだろうか。顔は髪で覆われていて、ほとんど見えない。
ユイが顔をまじまじと見ていたせいか、男は亜麻色の髪を掻き上げる。
露わになったのは生気のない顔。右目は糸で縫われており、目が開けられない状態。
少し不気味だ。
ユイの驚いた顔を確認した男は、顔を覆うように髪を下ろした。
「迷惑かけたついでに、質問して良いか」
「なんですか?」
「ここらへんで放置されてる土地とかない?」
「え? ……山なら所有者いなかったと思いますけど」
昔は誰かが買っていたと思うが、山を買っても管理が大変だとかで、いつのまにか買い手が決まらなくなっていた。
「それは好都合だ。そこなら家建ててもバレねぇだろ」
「家!? 家建てられるんですか?!」
「まぁ、簡単なもんなら……」
「ここに家建ててください!! 私と貴方が住める程度の家を……」
「……はぁ!? 俺と住むつもりかよ、あんた」
「貴方は立地の良いところに住めるし、私は家を手に入れられるしwin-winでは……?」
ここでお店を開くんですよ。家と店一緒だと楽だと思いません? などなど目を輝かせて矢継ぎに言うユイ。
ドン引きの男は、大きなため息を吐いた。
「……見知らぬ男に警戒心なさすぎだわ」
「無害そうなので言ってるんですよ! ……その前に臭いのでお風呂入って欲しいですね。母に相談してみます」
あまりにもストレートにモノを言う女だなと男は苦笑した。しかし、不快だと思わないのは、ユイの眩しいくらい明るい笑顔のせいだろう。
「流石の俺も人様の風呂を汚すのは気が引けるんだが」
「じゃあ、山に湖があるのでそこに行きましょう」
「湖なら汚して良いのかよ」
男は、正気か? みたいな顔をしているが、その汚れと臭いで平然としている男に対して、ユイも正気か? と思っている。
「貴方が汚れを落とした程度なら大丈夫だと思います。……うん。そうしよう。着替え持ってきますね」
「あっ、おい! ……ここで待ってろって?」
こんな目立つところで……と思った男だが、正直ここで倒れていた時点で目立ちに目立っていた。
ヒソヒソと声が聞こえていたし、もう今更か。と男は大きくため息を吐いた後、その場に座りユイを待つことにした。
「そう言えば名前聞いてないし言ってねぇや……」
ま、いっか。男は帽子を深く被り直した。