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ドザえもん  作者: 大金母知
8/50

8スーパーウルトラデンジャラスプリティマイエンジェル

ここまで見てくださってありがとうございます。続きも見ていただけるよう頑張ります。

魔術。特殊な儀式により、任意の魔法を発動させるための術である。

通常、魔力保持者はその身に宿った一つの魔法しか使うことができない。 しかし、魔術は手順を正しく踏むことにより、どんな者でもあらゆる魔法現象を引き起こすことが可能とされている。

魔術の可能性は無限大。その無限大の可能性を、人類は追い求めずにはいられない。

そのため、魔道学区には数多くの魔術結社が存在する。

しかし、その魔術結社の者の中にも時として、善悪、倫理、規律すら歯止めにならぬ程に、狂信的に魔術に魅せられる例も少なくない。

そういった『裏』に属する魔術の狂信者は魔術を神のもたらす奇跡と称し、その神の奇跡を己が身に修めんと追究する者を『信者』と呼ぶ。

そして、類い稀な魔術の才能を持ち、『信者』を教え導く遥か上の存在……魔術結社を束ねる者を『使徒』と呼ぶ。

大英帝国の裏に根ざす最大最強の魔術結社『宵闇の暁』……表の者が到底到達できない魔術の叡智と技術を有している。

その力は政府をも遥かに凌ぐと評する者も少なくはない。まさに大英帝国の裏の支配者といったところだ。

そんな宵闇の暁の頂点に君臨する最強の使徒、クライス・ハイネストは皆が寝静まる夜に人気の無い公園のベンチに腰を下ろし、群がる野良猫に餌をやっていた。

月明かりに照らされ、淡く輝く銀の髪が風に揺れ、彼女のか細い首をくすぐる。 深い海のような美しい彼女の紫紺の瞳は優しげに猫に向けられている。

彼女を取り巻くその光景は芸術史に残されるべく美しい絵画のようであるが……しかし、その光景を見守る男、ジェクトはまるで死地にでもやってきたかのような覚悟を胸の内に秘めていた。

いつまでもこうして突っ立っている場合ではない。クライスに伝えなくてはならないことがあるのだ。しかし、ジェクトの足は鉛の様に重く、クライスの方へとなかなか向いてくれない。

「……首尾は?」

「!?」

クライスはこちらに目をくれることもなく、短く問う。 たったそれだけで、ジェクトの呼吸が一瞬止まる。

しかしジェクトは生涯で潜り抜けた修羅場で培った尋常ならざる胆力を発揮し、平静を装ってクライスに答える。

「間も無くやつは解き放たれます」

「いつ?」

「予定では三日後に。計画には十分に間に合います」

「そう……」

クライスはそこで初めてジェクトに視線を寄こし、薄く微笑む。

「っ!」

クライスが自分を害する道理は現状皆無。しかし、ジェクトは己の無事を強く願わずにはいられなかった。

「準備は?」

「情報の収集、精査、部隊の編成、整っております。確認されますか?」

「後で見ておく。行っていいよ」

「はっ!」

大英帝国は世界最強の国である。しかし、その立ち位置は決して盤石ではない。最強ではあっても無敵ではない。 大英帝国に、脅威の影が徐々に忍び寄る。


✳︎


こんなにも気持ち良く朝を迎えることができたのはいつ以来だろうか。 目覚めは快調。ユーリさんの布団から身体を起こし、伸びをする。

カーテンを開ければ、温かな日の光が差し込んでくる。

「んん……」

身体を伸ばしたところで……さて、支度をしよう。 俺は寝巻きを脱ぎ、ユーリさんが用意してくれたと思しき服に袖を通す。 これは、洋服というやつか。上も下もぴったり体に合う感じが少し違和感があるが……時間の問題だろう。じきに慣れるはずだ。

部屋を出れば、まだ家の中が静まっていることに気づく。 皆はどれくらいの時間に起きてくるのだろうか? まあいい。俺は俺で支度をしよう。

昨夜、ユーリさんに教えてもらったシャワーなるもので顔を洗い、軽く跳ねた寝癖を直す。 ……今更だが、勝手に使わせてもらって大丈夫だったか……?後で謝罪しておこう。

「……?」

トントンと階段を降りる音が聞こえてくる。この気配はマリアさんだ。

「あら、シンちゃん。おはよう」

「おはようございます。マリアさん」

俺に気づいたマリアさんが笑顔で挨拶をしてくれる。 少し跳ねた髪の毛と眠気の残る目蓋が子どものようにあどけなくて可愛い。

「昨日のパジャマも可愛いけど、今の服も似合ってるわね。ふふっ、シンちゃんカッコいいわ」

「っ……ありがとうございます」

マリアさんはからかっているわけじゃない。純粋に褒めてくれているのだ。変に反応するのはやめておこう。

「これから朝ご飯の支度をするわね。シンちゃん、少し待っててね」

「いえ、手伝わせてください。この家でお世話になる以上……いえ、純粋に俺がそうしたいのです」

「ふふっ、分かったわ。じゃあ、お手伝いお願いできる?」

「はいっ!」

それと、この国の食事にも大変興味がある。 マリアさんは西洋の割烹着を着て料理の支度を始める。

「じゃあ、まずシンちゃんにはお野菜をお願いしようかな」

棚のような扉のついた箱から取り出したるは薄い緑の葉が幾重にも重なり、玉のようになっている物。そして、真っ赤な柿のような物だった。

「これは……?」

「レタスにトマト。もしかして、見るの初めて?」

「はい……」

どのような味がするのかも、どのように調理するのか見当もつかない。

「じゃあまず、レタスをこんな風にちぎっていってね」

「分かりました」

大きさはマリアさんの見よう見真似で。量はどれくらい用意すればいいだろうか……?

「うん。それくらいでいいわ。シンちゃん、包丁を扱ったことはある?」

「はい」

「じゃあ次はトマトをお願いしようかしら」

マリアさんがまな板と包丁を用意してくれる。 バケツに用意された水にトマトを通し、簡単に洗ってからマリアさんが手本を見せてくれる。 その包丁捌きは普段から料理をしている人のそれだとすぐに分かる。

「これくらいの大きさに細かく切ってくれる?」

マリアさんが少し心配そうにするが、何てことは無い。これくらいなら朝飯前……というか、今の状況こそ本当の朝飯前だ。

俺はマリアさんから包丁を受け取ると、まだ切っていないトマトに刃を通していく。 表面は弾力があり、中はかなり水気が多い。中の汁気が飛び散らないよう注意だ。

「うん!シンちゃん上手!料理やってたんだ?」

「はい。食事の用意は主に俺の仕事でしたので」

「そっか。じゃあ、こっちもお願いしようかな」

そう言ってまな板に乗せたのは箱型の干し肉のような物だった。香ばしい香りが食欲をそそる。

また、トマトの様に切るべき大きさの手本を示してくれると、マリアさんは自分の料理に戻る。 もう俺の心配はしていない様子だ。

「ふぁ〜……おあよ〜」

大口のあくびをしながらやって来たのはファルネル殿。

「おはようございます。ファルネル殿」

「おう。そのファルネル殿ってのやめろ。普通にファルネルさんで頼む」

「分かりました」

「マリアの手伝いか。感心感心。その調子で励みたまえよ?」

「はい」

「ふふっ、一切手伝おうとしない誰かさんと違ってシンちゃんはいい子ね」

「……朝から毒吐くのやめてくんない?」

そう言いつつも、ファルネルさんは少し嬉しそうだ。

「と、そういえば、シンちゃんはまだ会ってなかったわね」

「?誰にですか?」

「スーパーウルトラデンジャラスプリティマイエンジェルだ」

「は、はぁ……?」

なぜか誇らしげに言ったファルネルさん。 すると、ポテポテと気の抜けた足音が聞こえてきた。

「ん〜、おはよ〜」

「!」

姿を見せたのは小さい小さい可愛らしい女の子だった。

フワフワな金の長い髪。パッチリと大きな瞳は眠たげに半開きになっており、小さくて丸っこい手でコシコシとこすっている。 瑞々しいプニプニのほっぺを見ていると突っついてみたくなる衝動に駆られる。 この子は……なんて可愛らしい子なのだろうか……!

しかし、その子は俺に気づくと途端に表情を凍らせる。

「だ、誰……?」

「おはようございます。スーパーウルトラデンジャラスプリティマイエンジェル殿」

「ぇ……?」

なぜキョトンとする?

「ぷっ……シンちゃん、違うわ。その子の名前はエル。ユーリちゃんの妹よ」

「?ではさっきのは?」

「超絶可愛い天使のような娘ってことだ。名前じゃねえよ」

「はぁ……?」

異国だからそんな変わった名前もあるかと思ってしまった。

「改めまして、俺は晋矢。ユーリさんに命を救ってもらった者だ。そして、今もユーリさんは俺を救おうと頑張ってくださっている。その……俺の問題をユーリさんが解決してくださるまでの間、この家でお世話になることになった」

「……いっしょに暮らすの……?」

エル殿が警戒と怯えに満ちた目で問いかけてくる。

「……なるべく迷惑はかけないよう注意する」

「………………」

エル殿はマリアさんの腰にしがみつき、何かを言いたそうにしている。

「あらあら……」

まあ当然のことだが、ひどく嫌われてしまったようだ。

「ごめんなさいね、シンちゃん。この子、とても人見知りで……悪気は無いの」

「分かっています。悪いのは突然押しかけた俺の方ですから……」

「くくくっ、そうだよね〜?エルちゃんが好きなのはパパだけでちゅもんね〜?」

ファルネルさんが気持ち悪い……もとい、独特な猫なで声でエル殿にじゃれつく。 髭の残った頬をエル殿の頬に擦り付け、エル殿を拘束するように抱きつく。 その愛情表現は……過剰ではないだろうか?

「やーっ!いやーっ!」

エル殿は涙目で必死に抵抗するが、悲しいかな、大人の腕力に敵うはずもなく、ファルネルさんにされるがままとなっている。

「パパ?やめなさい?」

「……はい」

「エルちゃん。シンちゃんに挨拶してあげなさい」

エル殿は困惑したように俺とマリアさんに視線をさまよわせ、

「…………や」

その一言で拒絶するのだった。

「もう……」

「良いのです。無理はさせないであげてください」

「……ごめんなさいね」

マリアさんは申し訳なさそうに謝ってくださるが……やはり俺が……

「あー腹減った!坊主、おまえサラダ作ったのか?」

「え、えぇ……」

「よし。食おう。おら、さっさと食器運ぶぞ」

「は、はい」

俺もエル殿同様、ファルネルさんになされるがまま、食器を運ぶ。

「おら、そこ座れ」

「はい……」

俺はエル殿と隣り合う様に座り、対面にファルネルさんとマリアさんが腰を下ろす形になる。

運ばれてきたのは俺が手伝いをした野菜……サラダとマリアさんの作った汁物、昨日ユーリさんに食べさせてもらったパンの三品だ。

そして、箸は無く、代わりに金属の匙のような物と刃のない小さな包丁、手に収まる刺股のような道具が用意された。

「では、いただきましょうか」

マリアさん、ファルネルさん、エル殿に倣い、俺は合掌する。

「「「いただきます」」」

「いただきます」

さて、どうやって食せばいいのだろう? 恐らく、包丁は大きな物を小さく切り分けるための物。匙のような物は汁物をすくって飲むのだろう。刺股の様な物は食べ物を突き刺して口に運ぶのだろうか?少し行儀が悪い気もするが…… 正面を見れば、マリアさんが野菜を刺股で突き刺し、口に運んでいる。

「あら、おいしいわ。シンちゃんが上手に切ってくれたおかげでトマトも全然形が崩れていないし、今日のサラダは良い出来ね」

「あ、ありがとうございます」

ファルネルさんは汁物の器の取っ手を手に取り、直接喉に流し込んでいた。 なるほど。必ず匙を使わないといけないわけではないのか。

隣を見れば、エル殿が小さな口でパンをいっぱいに頬張っている。 栗鼠のように頬を膨らませ、もきゅもきゅと咀嚼する姿はとても可愛らしい。ファルネル殿が病的なまでに溺愛するのも理解できてしまう。

と、いつまでも眺めているわけにはいかない。 俺はまずマリアさんの作ってくれた汁物に手を伸ばす。 お椀の中にはかき卵と……玉ねぎか。黄色い粒々は何の野菜だろうか。 ファルネル殿の様に、まずは汁の方を飲んでみる。

「…………!」

おいしい。優しい塩気が玉子のまろやかさと汁のとろみが合わさって口に広がる。今度は具も一緒にもう一口。 熱を加えられることによって甘みの増した玉ねぎ。そして黄色い粒々は噛んでみると弾けるように、一際強い甘みが飛び出る。 何と面白い食材だろう。

「どうかしら?シンちゃんのお口に合うと良いんだけど……」

「とてもおいしいです。このような汁物、初めていただきました」

「ふふっ、良かった。それはスープっていうのよ」

「スープ……」

味噌汁とは全然違う。しかし、これはこれでとてもおいしい。

ん?

ふと俺に向けられた視線。 見れば、エル殿が怯え半分、不思議半分の顔をしていた。

「……スープ……知らないの……?」

「……ああ。初めて飲んだ。とてもおいしいよ」

「……うん。ママのご飯はすっごくおいしいの」

すこし誇らしげに言ってみせるエル殿。 そうだろうな。母であるマリアさんの愛が詰まっている料理だもんな。 母か……これが母の味……

「おいしい……本当においしいな……」

「……!?な、なんで泣いてるの……?」

「え……?」

俺は……泣いているのか……? 本当だ。なぜ気づかなかったのだろう。

「す、すまない。あまりにもおいしくてつい……」

おかしいな……俺は別に泣き虫ではないはずなのに……

「くくっ……何だよ、たかがスープで泣くほどうまいってか?」

「た・か・が?」

「すみませんでした!マリアのスープは最高だな!俺も泣きそうだわ!」

……懐かしいな。こういう家族の空気は。父上達は今頃どうしているだろうか……?

「シンちゃん。おいしいって言ってくれてありがとう。ママはとっても嬉しいわ」

「……はい」

ここはとても温かい場所だ。不満なんて一つもありはしない。だけど……説明できない何かが胸につかえている……そんな気がするのだった

次はお姫様が登場します。

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