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ドザえもん  作者: 大金母知
6/50

6ギルバート家へようこそ

ここまで見てくださった方、ありがとうございます。

段々と良いキャラが出てきますのでこれからもどうかお付き合いお願いします。

「ちょっと長くなるな……馬車を使うけどシンは乗ったことある?」

「いえ。乗るどころか見たことも無いです。話に聞いたことはありますが」

「ふふっ、ここにはシンの知らない珍しい物がいっぱいあるだろうからね。あんまりはしゃぎすぎないようにね」

「……はしゃぎません」

この人はどうも俺を子ども扱いしてくるな……と思っていたのだが、

「わぁ……!」

停留所に現れた馬車を目にして不覚にもはしゃいでしまった。

恐る恐るユーリ殿の方を見てみると、

「(ニマニマ)」

「くっ……!」

仕方が無いだろう。馬だって実物を見るのは初めてだったんだから。 二頭の馬が繋がれた立派な馬車だった。そして、驚いたのは馬車の造り。あれは車というよりも小屋といった感じだ。

機能性を損なわない範囲の限られた部分に施されたさりげない芸術的な意匠も素晴らしい。

「シン。そろそろ乗ろう」

「す、すみません」

思わず凝視してしまった。

二人で中に乗り込み、ユーリ殿が御者に行き先を告げ、馬車は動き出す。

座席には座布団とも違う……革の座布団のような物が座面と一体になっていた。

馬車の揺れはコトコトと小さく、フカフカな座面と合わさって不快感は一切無い。どころか、心地良く……まどろみが……

「すぅ……」

俺は馬車に乗った途端、すぐに力尽きて眠ってしまうのだった。


✳︎


晋矢が馬車で寝静まった頃、ユーリは心の中で頭を抱えていた。

(やってしまったぁ……)

本来ならば晋矢の身柄は拘束し、然るべき部署に尋問を任せなければならなかった。 これは立派な命令違反である。順当に処分を受ければ騎士隊からの除名は免れない。 だが、

「すぅ……すぅ……」

自分の肩に寄りかかり、穏やかな寝息を立てる少年を見て、ユーリは己のやろうとしていることが間違いでないことを確信する。

この子を素直に捕らえてしまえば、尋問という名の拷問にかけられ、処刑されてしまう。

この子はここが地獄だと称したが、事実、それは正しい。

だが、それでもユーリはその事実を否定した。

「………………」

肩越しに伝わるこの小さな温もりを絶対に守らなければならない。ユーリは深く決意する。

「不思議な子だね。君は」

ツンツンと柔らかな頬を突いてみる。

晋矢はとても良い子だ。死ぬ程の地獄を味わっている状況下であっても、晋矢はルールを犯さなかった。犯しても咎められない状況下にあり、犯しても咎められない小さなルールを、晋矢は愚直にも守り通した。

人は極限の状況下にあって本性が顕になる。どれほど優れた人格者であっても、生きるためには悪に染まる。 ユーリは仕事柄、そういった場面を見てきた。それだけに、晋矢がどれほど尊敬に値する人物であるかをユーリは思い知ったのだった。

(この子の未来を奪わせちゃいけない)

そして、できることならその未来を自分にも見せて欲しい。

ユーリは朝比奈晋矢という少年に強く興味を惹かれていたのだった。


✳︎


馬車に乗ること二時間程。時刻は夜の九時。場所は魔道学区の外れ。 近代的な建築物が立ち並ぶ魔道学区とは別世界のように、緑の広がる穏やかな田園風景が広がっていた。

完全に日の落ちた今は人が一切歩いておらず、ポツリポツリと点在する民家の窓から漏れる小さな明かりだけが人の営みを知らせてくれる。

ユーリは御者に礼を告げ、色をつけた代金を支払う。

「すぅ……すぅ……」

晋矢は未だ眠ったまま。 ユーリは晋矢を背負って夜道を歩く。 背中越しに伝わる小さな温もりと、ユーリの耳にかかる穏やかな寝息に、ユーリはくすぐったさを覚えて笑った。

馬車の通れないであろう舗装の甘い荒れた道を歩くこと五分。ユーリは目的地に到着した。

見慣れた懐かしの我が家。見慣れた畑を横切り、玄関へ。

ちなみに帰ることは伝えていない。仕事の都合上あまり帰ってこれなかったから、突然のユーリの帰省に家族は驚くことだろう。

(皆、起きてるかな……?エルは……きっと寝てるか)

鍵は持っているのだが、ユーリはひとまず控えめにドアをノックする。

少しして、玄関の扉越しからトテトテと急ぐような足取りが聞こえてくる。 この足音は、

「はいはーい?」

ガチャリ。

「ただいま。お母さん」

「え、ユーリちゃん!?おかえり!」

母、マリア・ギルバートは驚き半分喜び半分に目を見開く。

そしてすぐにトテトテと家のなかに引き返し、

「パパー!ユーリちゃんが!ユーリちゃんが帰ってきたわよー!」

「なにぃ!?」

今度はドテドテとうるさい足音が響き、近づいてくる。

「よぉ、ユーリ!突然じゃねえか!一体どうした…………って、本当にどうした?」

父、ファルネル・ギルバートの視線はユーリの後ろで寝息を立てている晋矢に向けられていた。

「昔はよく野良犬を拾ってきやがったもんだが……今度は人か?」

「……うん」

「捨ててきなさい。うちでは飼えません。そういうのは結局パパが全部面倒見ることになるんだから。散歩もエサもフンの世話も最後には全部パパがやることになるんだから」

「今度は人って言ったのに、なんで犬拾ってきた時と同じ反応なの!?」

「同じ厄介ごとの臭いがする…………って臭ぁ!?おまえ臭いんだけど!?」

「はぁっ!?女の子に向かって臭いって何さ!?」

「女の子ぉ?女の子はゴリラみたいにブンブン剣を振り回して暴れたりしませーん」

「くっ……!このおっさんは……!」

相変わらず腹立たしい。 だが、ファルネルは久々に娘とはしゃげて嬉しいオーラが出ており、とても楽しそうな様子だ。 これ以上応戦しても不毛なので、ユーリはファルネルを無視する方向で話を進める。

「とりあえず入るよ」

「入って入って〜」

「お、おい……」

ユーリは一旦両親と別れ、バスルームに向かう。 そして、背中をユサユサと揺らし、晋矢を起こす。

「ん、んぅ……?」

「お目覚めですかな?」

「ぅ……はい……って!わわっ!」

晋矢がおんぶされていることに気づき、慌ててユーリの背から降りる。

「ここはわたしの実家。そしてここがバスルーム」

「は、はぁ……?」

晋矢の反応は見たことの無いものを目にして戸惑うようなものだった。

「まずはここで身体を洗おう」

「あ、ありがとうございます。しかし、どうやって……?」

「ふっふっふ……しっかりと見ておきたまえ」

ユーリはシャワーを手に取り、コックを捻ってみせる。 すると、温水が噴水のようにシャワーから放たれる。

「!?」

「手を出してみたまえ」

晋矢は恐る恐るシャワーに触れてみる。

「あ、あったかい……!?なんで……!?」

「ふふっ、いい反応だ」

ユーリはコックを戻すように捻ると水は止まる。

「使い方は分かったかね?」

「は、はい……」

「で、これが石鹸。遠慮せずに使ってね」

「……ありがとうございます」

「じゃ、ごゆっくり。わたしはお父さんとお母さんと話があるから」

「はい」

ユーリは晋矢をバスルームに残し、両親のいるリビングへ向かう。

ファルネルは腕を組み、何かを言いたげな様子。 一方、マリアはユーリの帰省が嬉しかったようで、素直にニコニコと笑顔を浮かべている。 ユーリの席には水の入ったグラスが用意されていた。

「ありがとう。お母さん」

「うん。長旅お疲れ様」

ユーリは腰を落ち着け、水を一口飲む。

「で?」

早速話を切り出してきたファルネル。

ユーリはもう少し実家の空気を堪能したかったが、さすがにそうも言っていられない。

「しばらくあの子を匿って欲しい」

「匿うって……あいつ罪人なんだな」

「……あの子は悪いことをするような子じゃない」

「罪人なのは否定しないのな……つーか、おまえの立場でそんな真似したらヤバいだろ。どうなんだよ?騎士隊長様よ」

「分かってるよ。けど、わたしの信念は変わらない。わたしは人を守るために騎士になった。あの子はわたしの守るべき人。法律の辻褄合わせで犠牲になるなんて認められない」

「かーっ!そんなガキの理屈が通るとでも思ってんのか?世間はおまえの綺麗事で動いてねえんだよ。世間は法の秩序で動いてんの。おまえだって分かってんだろ?」

「この分からず屋……!」

「おまえの方が分からず屋じゃボケぇえ!」

戦いの火蓋が切って落とされる寸前、マリアの横槍が割って入る。

「パパ、そんなに意地悪言わないの。ユーリちゃん、パパはユーリちゃんのことが一番心配だからこんな言い方になってるの。分かってあげて」

「う、うん……」

「むぅ……だがマリア……」

「『だが』じゃありません。浮気者」

「ひっ!?」

「……どういうこと?お父さん」

嫁と娘の射る様な視線にさすがのファルネルも焦り始める。

「ち、違うって言ってるだろ!?ありゃ友人の付き合いでだな……その……す、すみませんでした……」

「反省してる?」

「おうともさ!」

「なら、冷静にユーリちゃんの話を聞いてあげて」

「ぬぐっ……よ、よかろう……」

マリアはポンと手を叩き、空気を払拭する。

「それで、ユーリちゃん。あの子を家でしばらく預かるとして、これからどうするつもりなの?」

「……姫様を頼ってみようと思う」

「姫様……?」

「はぁ!?」

「本気で頼めば力になってくれるかもしれない」

「……他に手立てはあるのかしから?」

「ぅ……そ、それだけだけど……」

「姫様に頼るのが一番有効に見える手立てではあるのでしょうけど、それだけに頼るのは感心しないわ。それに、姫様に頷いてもらうための考えだって用意しておかないと。ユーリちゃんは姫様にどうやって頼むつもりなの?」

「それは……素直に……?」

「そこは適当なのね」

「うぐっ……」

今ここには頼れる部下がいない。

「……お母さんは何か思いつく?」

「はっ!騎士隊長様のくせに困った時はお母さんですか?まったく「黙って」すみません」

マリアは頬に指を当て、考えにふける。

「そうね。あの子を見逃した方が得だと思えるだけの価値を示せれば……どう?」

「ん……どうだろう。実はあの子……シンのこと詳しくは知らないからまだ何とも言えないけど……」

一つ分かっていることは大英帝国の人間でないにも関わらず、魔道騎士と同等の力を持っているらしいということ。これは……交渉の材料になり得るか……何にせよ、晋矢の話を聞いてみるしかない。

「どうやら整理できたみたいだな」

「……うん」

「でも、あいつを預かるとは一言も言ってないぜ?」

「えぇ!?」

ニヤリと笑うファルネルの脳天にマリアのチョップが振り下ろされる。

「あいて!?」

「意地悪言わないの。大丈夫。あの子のことは心配しないで。ユーリちゃんはユーリちゃんの思う通りにやってみなさい」

「お母さん……」

「パパも」

「ちっ……あんま無茶すんじゃねえぞ。くれぐれも引き際を間違えるな」

「……うん」

どうせ引くつもりは無いと分かっていて、呆れたように溜息をつくファルネル。

「ありがとう、お母さん。お父さんも」

親身になって話を聞いてくれる母親、憎まれ口を叩きながらも心から心配してくれるファルネル。 久々に感じる家族の温かさにユーリは嬉しくなった。

「つーわけだ、坊主。おまえのことはしばらく家で預かることになった」

「シン!?」

いつの間にかシャワーを済ませ、戻ってきた晋矢がいたのだが……

「ほ、本当にシンなの……?」

その様が別人のように変化していた。 くすんだ茶色の髪は濡れ羽の鴉のように艶やかな漆黒。肌の色も病的な白ではなく、血色の良いピンク色。 少しダボついた寝巻きが彼の子どもらしさが強調されていて……つまりは、

(きゃ、きゃわ……可愛い……!)

「あの……ユーリ殿……」

戸惑いながら、頼る様な子犬にも似た晋矢の視線を直視したユーリは、

「うぉふっ……」

こんな変な声、生まれて初めて出た。

「あらあらあら、まあまあまあ」

晋矢の愛らしさにやられたのはユーリだけでなく、マリアもだった。 マリアは晋矢の側へ寄ると、ギュッと抱きしめるのだった。

「あ、あの!?」

「とっても可愛い子ね。こんな子ならしばらくと言わず、ずっとうちの子でいてくれてもいいのに。ふふふっ」

「そ、そんな……はふぅ……」

マリアの背中ポンポン攻撃により、晋矢は完全に脱力。 そして、追い打ちをかけるように頭をなでなで。

「私はマリア・ギルバート。ユーリちゃんのママよ。これからよろしくね」

「はい。ぼく……お、俺は晋矢です。この度は多大なるご迷惑をおかけします。ですが、この大恩は必ずやお返しすることを……」

「ぶーっ。シンちゃん、そんな難しい話は分かりませーん」

「え……?あの……ご迷惑をおかけしてしまい申し訳……」

「シンちゃん。そういう時はね『ありがとう』だけでいいの。申し訳ないとか、ごめんなさいはいらないよ」

「え……?」

「シンちゃんは悪いことをしたわけじゃない。助けを必要としているだけ。助けを求めるのは悪いことじゃない。だから、謝らなくていいの」

「そう……でしょうか……?」

「そうなの」

マリアは晋矢に優しく微笑み、言い聞かせる。

「それにね?シンちゃんが心苦しそうにしてるのを見ていても全然嬉しくないの。それよりも、笑顔でありがとうって言ってくれた方がずっと嬉しいな」

「マリア殿……」

「ついでに『マリア殿』も嫌だわ。可愛くないもの。ママって呼んでちょうだい?」

「マ…………マリアさん」

「恥ずかしがらなくてもいいのに……まあ今はそれでいいわ」

マリアは苦笑した。 そして、晋矢は精一杯の笑顔を作って言う。

「マリアさん。ありがとう」

「やぁああん!可愛いぃい!」

ギューッ! マリアが晋矢に完全に陥落した瞬間だった。

(う、羨ましい……!)

横目で見ていたユーリが密かに嫉妬する。

自分にはあのような笑顔を向けてくれなかった。呼び方だって『ユーリ殿』のままだ。

「ね、ねぇ、シン。わたしも『ユーリ殿』は少し堅苦しいというか……おねーちゃんって呼んでくれても……」

「お、おねーちゃんはさすがに……ではユーリさんで」

「んん……まあ良しとしよう」

あんまり難癖をつけて『ユーリ殿』に戻るよりはマシか。

「えっと……」

晋矢の視線が何も言わぬファルネルへと移る。

「あの、ユーリさんの父上……」

「……ファルネルだ。小僧……ギルバートの女性陣を上手く取り込んだようだが、俺はそうはいかん。妙な真似してみろ。ぶっ殺してやる」

「どうぞ遠慮なくお願いいたします」

晋矢が初めて自然な笑顔を浮かべ、ファルネルに答えた。

「……けっ……変なガキだ」

「パパ?シンちゃんに悪いこと言っちゃダメでしょう?」

「殺すよ?」

「ひっ!?」

ギルバート女性陣の殺気に怯むファルネル。

「よ、よろしくね、シンヤくん」

「呼び捨てで構いません。こちらこそしばらくの間よろしくお願いいたします。ファルネル殿」

挨拶は済んだ。次女のエルはぐっすり眠っているので、晋矢との顔合わせは明日に持ち越しだ。

「じゃあ、シン。これからわたしの部屋でお話をしようか」

「……いいのですか?遅いですけど……」

「うん。明日は仕事なんだ。ゆっくり話ができるのは今しか無いの」

「そういうことでしたら是非」

素直に応じてくれる晋矢。

「じゃ、お父さん、お母さん。そういうことだから」

「分かったわ。あんまり夜更かししちゃダメよ?」

「うん。行こう、シン」

「はい」

続きも是非お願いします。

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