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ドザえもん  作者: 大金母知
5/50

5救いの女神

ここまで続きを見てくださり、ありがとうございます。感謝です。


時刻は夜の九時。ユーリは積み上がっていた仕事の山をきっちりと消化させていた。もう、屯所には夜番以外の者は残っていない。

ユーリは執務室を小走りで抜け、リナの待つ玄関口へ急ぐ。

「あ、隊長!お疲れ様です!」

「うん。お待たせ」

「もうこっちはお腹ペコペコっすよ!さあ、行きましょう!食べに行きましょう!明日は二人ともオフですからね」

「だね。テンション上がるよ」

「して、隊長。今宵はどこへ?」

「お腹空いたし、たくさん食べられる所がいいよね。『海賊』でどう?」

「やったぁ!隊長大好き!」

魚介料理がメインのお店である。思い切り食べたい、ほどほどに食べたい、お酒をメインに楽しみたい、こういった要望に応えるべく幅の広いメニューを揃えているのが売りである。 質が高いため、値段は少し高めであるが、美味しい料理を目的に来店するのならば絶対に後悔しないお店である。

ユーリもリナも店へ向かう足取りが軽やかで、期待に胸を膨らませていた。

歩くこと十五分。目的の店に到着した。

少し遅めの時間帯ではあるものの、依然として店は賑わっていた。 ただ、席は空いていたようで待たずして案内してくれたことに安堵する。

注文を済ませ、しばらくしてワインと前菜の魚介サラダが運ばれてくる。

ポンッと景気の良い音でコルクを抜き、部下であるリナがワインを注いでくれる。

二人、グラスを片手に、

「「かんぱーい」」

チン。

グラスを近づけると、芳醇なブドウの香りが鼻腔をくすぐる。 口に含めば程よい酸味と苦み、香りが一層に広がり、コクリと喉をならせばアルコールの心地良い熱がカッと広がる。

「ん〜!これっすよ、これ!」

「ふふっ、だね。明日がオフだと余計に美味しいよ」

二人は空腹を満たすためにサラダを口に運んでいく。

「あ〜、隊長が自分の上司でよかった〜。自分、他のとこじゃ絶対にやってけないですからね」

モシャモシャとサラダを頬張りながら慕ってくれるリナを見ると、何だかペットに餌付けしているような気がして、ユーリはクスリと笑った。

「そんなことないと思うけどね。能力的にも、人間的にも」

「いやいや、無理無理。あんなピリピリした空間にいたらストレスでハゲますよ。その点、隊長は良い空気を作ってくれるからこっちも伸び伸びやれるっていうか……貴重ですよ。そういう場所は」

「お世辞でも嬉しいよ。正直、わたしは隊長として日が浅いからね。こうしてわたしのやり方を肯定してくれるのはありがたいな」

「隊長の中でも最年少ですからね〜。異例のスピード出世はやっぱあれっすか?ムニキスの逮捕ですよね」

「あぁ……正直、あんな無茶な任務は二度とやりたくないけどね……」

ユーリは己の武勇に苦々しい顔を晒す。

「誰もなし得なかった超大物テロリストの逮捕じゃないですか。自分だったら、めっちゃ自慢しますけど」

「恐怖の方が圧倒的に勝ってるからね。笑って話せることじゃないよ」

自分と仲間の命が一番の危険に晒された任務だった。 ムニキスは天がもたらした災い。『天災』と呼ばれていた。その言葉には人に抗える術が存在しないという意味が込められている。

政府も打倒を諦めるほどのその天災を、なんとユーリは打ち破ったのだ。 魔道騎士の界隈だけでなく、王室をも揺るがせた天災打倒の快挙を、ユーリは喜ぶことはしなかった。 ただ、ユーリはひたすらに仲間と自分の命が助かったことを安堵したのだ。 あのような未曾有の危機は二度と御免。ユーリはそう強く願う。

「こういうこと言うと騎士らしくないって怒られるだろうけどね」

「……隊長のそういうとこ好きです」

「……リナってよくわたしのこと好き好きって言ってくれるけどさ……一応確認なんだけど、そっちの人じゃないよね?」

「当たり前じゃないですか!?」

「ごめんごめん。リナってほら、あれだけ男の人にモテるのに浮いた話を聞かないからさ……まさかと思って」

「それは隊長も同じだと思いますけど?」

「え……?」

「まさか隊長がモテていないとでも?」

「えっと……」

自分がモテる?そんな話、聞いたことがない。

「自分はあれです。手ぇ出しやすいんですよ。だからアプローチが来るわけです。隊長は逆に手を出しにくいことこの上ないですからね。アプローチはしないけど、隠れて隊長に惚れてる人はかなりいますよ」

「えぇ……?」

自分に惚れてる人……ホアのような者がまだいるということだろうか? ユーリの背筋に怖気が走る。

「で?隊長の方こそどうなんです?浮いた話、聞きませんけど……気になる異性とかいるんですか?」

「何かガールズトークみたい……」

「ガールズトークですっ!自分らも年頃の女子じゃないですか!」

普段ユーリはそんな話をすることが無いので反応に困る。 男……男か。

「正直、仕事の方で手一杯っていうか……」

「付き合う付き合わないはその理由になりますけど、『いいな』って思う人がいるかどうかは別っすよ。隊長はどんな人がいいんですか?」

お酒が回っているおかげでグイグイくるリナ。

「うーん……月並みだけど、優しい人とか?」

「ふむふむ。魔道騎士の男はナシと……」

「そんなこと……」

ないと言いかけ、魔道騎士に気になる男がいないことに気がつくユーリ。 そもそも、気になる男自体いないのだが……

「他には?もっと具体的に無いんですか?」

「具体的……そうだな。いざという時に頼りになる人が良いな」

「ハードル高っ!」

「えぇ……?」

そんなにおかしなことを言っただろうか……?

「うーん……まあ、いいか。変な男に引っかかる心配は無さそうですし」

「むぅ……そういうリナはどういう人がいいわけ?」

「自分ですか?そうですね……」

あまり乗り気でなかったユーリも気がつけばガールズトークに引っ張られ、ユーリは後輩と楽しいひと時を過ごすのだった。



「うぅ……」

死は免れた。そう思っていたが、地獄を切り抜けたわけでないことを現実が俺に突き付けてくる。

朦朧とする意識。ボヤけ、揺れ、定まらない視界。身体は重く、思うように動かない。 鍛えた身体は痩せ細り、今では見る影も無い。 空腹も苦しみを超え、もはや感覚すら無い。

水は何とか得られるものの、それだけだ。俺はもう何日もまともな食事が摂れていない。

「まさに……地獄……」

この国の者は異国の人間の存在を決して許さない。 はっきり言って、異国人であることを隠してうまく立ち回るなど無理な話であった。 食料一つ得られやしない。

こうして人のいない場所を見つけ、息を潜め、おとなしくしていることしかできない。

だが……これ以上はさすがに無理だ。 ここまできたら異国人であることが露見する危険を覚悟して動かなければならない。 でなければ本当に死んでしまう。

俺は運良く手に入れることができたマントで薄汚れた身体を隠し、泥と草木で作った染料で染めた明るい茶髪で異国人であることを隠す。

これならば、即座にバレる危険は無い。 篝先生……ありがとうございます。篝先生の教えのおかげでまだこうして命を繋ぐことができています。 さて、日も落ちたところで行くか。

「……すぅ……」

俺は無理矢理に意識を覚醒させる。 ボヤけた視界が形を取り戻し、思考回路が再び仕事を始める。 身体の感覚はあえて殺し、『気』の力に任せる。

『黄泉止まり』……瀕死の状況にあっても変わらずに力を発揮するための極意…………父上の教え。

「……食料…………」

宵闇に溶けるように紛れ、俺は進む。悪鬼羅刹の異国人の波の中へ。

「……………」

街灯が照らす道を歩く異国人は、誰もが日常の中にいた。ある者は友と語り合い、ある者は恋人と寄り添い、ある者は子どもの手を引き、幸せそうに笑っていた。 人々の行き交う『気』の隙間を縫うように、俺は進む。 久々に見る人々の営み。そして、

「……!」

食料の匂い。 路地の両脇に点在する飲食店。外にも飲食をするための座席が設けられているお店があり、人々は食事を楽しんでいた。 俺は……俺は……

「しょく……りょう……!」

気がつけば、店に吸い寄せられていた。 そして、その座席の一角。人はおらず、机には残された料理。しかし、

「あ……」

無慈悲にも店の者が皿を取り下げてしまう。 救いの糸が目の前から断ち切られた気がした。これは……相当に精神に堪える。

「「…………?」」

気がつかなかった。 俺に向けられる奇異の視線に。

(しまっ……)

外の座席に座っていた他の客は眉根を寄せ、不快そうに顔を歪めていた。 騒ぎ立てられたら終わりだ。だが、首の皮は一枚繋がった。 客達はあろうことか料理を残し、座席を立ち去っていったのだった。

「…………!」

再び俺の目の前に姿を現した食料。 食べたい……!食べたいっ!俺は食べたいのだ! でなければ本当に死んでしまう!死にたくない……!死にたくない! 今なら誰も見ていない。なのに……

「……くそ…………!」

どうして動けない……? 身体はこんなにも食事を欲しているのに……俺の中の何かがそれを絶対に許さない。 なぜだ……?どうして身体が動かないんだ……!?

そうして立ち尽くしている間に、皿は下げられてしまった。

「あぁ…………」

もう……ここまでか。黄泉止まりが完全に崩れてしまった。 これまで押し通していた無理がツケを返せと言わんばかりに重くのしかかる。

自分が立っているのか倒れているのかももう分からない。

……どうして食べなかったの?

……金を払わずに食べるのは悪いことだ。

……苦しいんでしょう?

……例え自分がどれほど苦しかったとしても悪いことをして良い理由にはならない。その誤ちだけは犯してはならない。

……どうして助けを求めないの?

……ここは地獄だ。俺が異国人というだけで皆が俺を殺そうとしてくる。もう……いっそここで死んでしまおうか。どうやらこの世界には俺の居場所など無いらしい。外に出て思い知った。もう……こんな思いをするのはたくさんだ。もう……終わらせてくれ。

「そんなことないよ」

「…………?」

不思議と意識が再び覚醒した。 俺の目の前には一人の女性がいた。 月のように優しく輝く金色の髪。宝石のように曇りなく美しい翡翠の瞳は間違いなく俺に向けられている。 その女性は全てを包み込む慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた、

「世界は広い。君の居場所が作れないくらいに狭くできてはいない。わたしが……わたしが君の居場所になってあげる」

これは死に際に見る走馬灯や幻の類だろうか。だとすると、目の前の存在は……

「……女神……様……?」

「ぶふっ!?な、何言ってんの!?そんなことより、ほら。とりあえずこれ食べて?」

目の前に差し出されたのは見たこともないキツネ色の塊。仄かに、しかし確かに香るは小麦の匂い。間違いなく食べ物だ。 一口大に千切られたそれに、俺は迷いなくかぶりつく。 何日ぶりかも分からない食べ物。

「うぅ……」

食べ物が喉を通ると、涙が溢れてきた。

「おいしい?」

「……おいしい……おいしい……!」

「もっとどうぞ」

今度は一口大ではなく、塊をそのまま差し出してくれる。

「食べられる?」

「……食べられる」

現金なもので、食べ物にありつけると分かった途端、意識がはっきりしてくる。

俺はどうやら地面に倒れ、女性に膝枕をしてもらっていた。 本来ならすぐにでもどかないといけなかったのだが、頭が食べることしか考えられなくなっている。 俺は女性に甘え、食べることを必死に続ける。

「うぅ……」

涙が止まらない。こんなに幸せな食事は人生で初めてだった。

「よしよし」

女性は俺の汚れきった頭にためらいなく手をのせ、優しく撫でてくれる。 その手が本当に心地良くて……涙が更に溢れてくる。

「水、飲める?」

「……はい」

俺は半身を起こし、女性の差し出してくれる透明な湯のみ(?)に口をつける。 無理矢理に飲んでいた水とは比べ物にならないくらいに美味しく、力が湧いてくる。まさに命の水であった。 女性は店の者に簡単に食べられる物を頼み、更に俺の元へと運んできてくれる。

「本当は消化に良い物の方が良いんだろうけど、とりあえずは食べやすさを優先してみたの。大丈夫?」

「大丈夫です。身体は丈夫なので」

「そっか」

女性は優しげに微笑んでくれる。それが本当に美しくて……

「……?どうしたの?」

「あなたのお名前をお聞かせください」

「わたしの名前はユーリ。ユーリ・ギルバート」

ユーリ・ギルバート。美しい名だ。

「ユーリ殿。この御恩は生涯忘れません。あなたに救っていただいたこの命、あなたのためにあらんことをここに誓います」

「な、何言ってんの……?」

「あなたにこの命を捧げると申しているのです」

「ぇえ……?」

俺の言葉に困ったように頬をかくユーリ殿。

「つまり、あれか。君はわたしの言うことを何でも聞いてくれると……そういう解釈でいいの?」

「はい」

ユーリ殿は『よし』と一つ柏手を打って言う。

「では、君……っと、名前を聞いてなかったね。名前は?」

「……晋矢です」

「シンヤ……では、君のことは親しみを込めてシンと呼ぶことにしよう。いい?」

「……はい」

シン……ユーリ殿からそう呼ばれるだけで嬉しくなってしまう。

「では、改めましてシン。君の言い分は却下です。気持ちは嬉しいけど、命を捧げるとか言っちゃいけません」

「えぇ!?で、ですが……」

「言うこと、聞いてくれるんだよね?」

「うぅ……はい……」

なぜだろう。俺は確かな覚悟をもって口にしたことなのに、この人にはなぜだか逆らえない。 ユーリ殿は困ったように笑い、そして俺に言い聞かせてくる。

「シン、君は良い子だ。それも、とっても良い子だ。そういう子は幸せにならないとダメなのさ」

「幸せ……?」

「というわけで、今日からシンには家で暮らしてもらいます」

「い、いいのですか……?」

いや、待て。何を甘えようとしている。俺はお尋ね者の身。ユーリ殿が俺を匿えば、ユーリ殿がどんな目に遭うか……

「や、やはり甘えるわけにはいきません。俺は……」

「ふっふっふ……子どもが大人に気を遣うとは笑止千万」

「え……?」

ユーリ殿にピンと額を指で突かれる。

「……大丈夫。君の抱えてる事情はわたしが何とかしてみせる」

「しかし……」

簡単に何とかできる問題だとは思えないのだが……

「あー、疑いの眼差しだ。シンはわたしのこと信じてくれないんだ?」

「そ、そのようなことは決して!」

「ふふっ、なら行こっか?」

そうして手を差し伸べてくれるユーリ殿。 俺は導かれるように手が伸び、しかし俺の手は汚れていることに気づき、手を引っ込め……

「ほら。行くよ」

「あ……」

ユーリ殿は俺の手を引き寄せ、そして寄り添うように二人で歩くのだった。この日、この時に感じたこの手の温かさを、俺は生涯忘れはしない。


これから話のメインに絡んでくるキャラがポツポツと出てきます。

どうか続きも見てくださりますように。

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