4ユーリ・ギルバート
彼女がメインヒロインとなります。
良い子です。
大英帝国。言わずと知れた世界一の大国である。
先にも述べたように、大英帝国を世界一の国へと発展させたのは魔法の存在である。
そして、大英帝国には魔法を発展させるための学園都市が存在する。
ちなみにそこは王族の住まう首都でもあり……『魔道学区』と呼ばれている。
魔道学区では魔法の技術開発や研究、魔法の分野に携わる者の育成や教育機関など、魔法を発展させるための人や施設、機関がこれでもかというくらいに詰め込まれている。
それだけでなく、大英帝国は魔道学区のために巨額の資金をつぎ込んでいる。故に、魔道学区は大きな金の動く経済都市でもあるのだ。
政治、魔法、経済の中枢たる魔道学区は大英帝国の心臓と呼ぶに相応しい都市なのである。
そんな超重要拠点であるが故に、防備の方にも並々ならぬ力を入れている。
その防備の要こそ、世界最強の超人と呼ばれている魔道騎士である。
魔道学区には十二の地区毎に騎士隊が一隊ずつ配置されている。
魔道学区内に隙は一切無いのである。
所は第二学区の魔導騎士二番隊の屯所の執務室にて。 隊長である女性騎士ユーリ・ギルバートは少し前に入国管理局の者から電報を受けたのだが……
「うーん……」
ユーリは困惑したように端正な顔立ちを曇らせる。
「ユーリ様、電報を受けてから何やら難しそうな顔をされていますが……」
「ギル……」
そう口にした男は副隊長のギル・ウーラである。
彼は心配そうな顔でユーリの顔を覗き込んでくる。
ユーリは未だ頭の整理がつかないまま、ギルに告げる。
「悪いんだけど、屯所にいる皆を呼んできてくれる?場所は……講堂でいいか」
「分かりました」
「うん。よろしく」
ユーリは友人に頼み事をするような気安さでギルに命じる。
ギルは風のように早く、風のように静かに、執務室から去っていった。
「さて……」
恐らく、ギルのことだから五分と経たずに皆を集めてきてしまうのだろう。
ユーリは一足早く、講堂へと向かい、皆の到着を待つことにする。
講堂は二百人を収容できるスペースがあるのだが、騎士隊は一つの隊で約五十人前後なので、この講堂の広さを持て余している。
さて、このだだっ広く、そしてユーリ以外には誰もいない空間。 こういう空間が生み出す独特の開放感により、どうにも悪ふざけをしてみたくなってしまうのがユーリという女だった。
だが、先客の男がいた。
「『こんな所に呼び出してごめんね。びっくりしたよね?』」
男はかすれた裏声を駆使し、どうやら女性の役を演じているらしい。
「別に……あなたが呼んでくださるのなら、どこであろうと駆けつける。それが僕のルールだ」
「………………」
否、一人二役だった。
こうなってしまうと声をかけられない。
ユーリは声をかけるタイミングをうかがって沈黙を守る。
「『私、ホアに相談があるの。聞いてくれる?』」
「もちろん。僕にできることなら、何でも」
「『あ、あのね……?私の足、舐めて欲しいの』」
「え、え、え?舐め、舐め、舐めるって……どどど、どういう……」
「『好きな人に足を舐めてもらいたい……当然の気持ちでしょ?』」
どんな痴女だ。
「す、すすす好きぃ!?そ、そそそ、そういうことなら……どぅふふっ……しし、し失礼しますっ。隊長っ!」
「その痴女わたしだったの!?」
「うぇぉおあぁあ!?」
まるで電気ショックを受けたように跳ねるホア。 そして、
「隊長、いるならいると声をかけてください(キリッ)」
「逮捕していい?」
「何を馬鹿なことを……それより、ここへは何のご用向きですか?」
「くっ……いいよ。はぐらかされてあげるよ。今はちょっとそれどころじゃないからね。これから皆には講堂に集まって、聞いてもらいたいことがあるの」
「なるほど……そういうことでしたか」
ホアはそれきり何も言わず、ユーリの前で気をつけの待機をした。
「………………」
先程の目を疑うような光景は言及した方がいいのだろうか?
この男は自分に対してそのような欲望があるのだろうか? そんなの聞けるわけないし聞きたくない。
(今のでホアという人が一気に分からなくなった……)
普段はまともな男だったのだ。それがあんな……
「……っと」
ゾロゾロと次第に大きくなる足音。二番隊の隊員達が次第に到着する。 あまりホアのことに気を向けているわけにもいかない。 最後に講堂に姿を現したギルが、
「隊長。屯所にいた者を全て呼んでまいりました。今、見回りに出ている者も必要なら集めてきますが、いかがなされますか?」
「いや、とりあえず今はここにいる皆だけでいい」
見回りに出ている者は十五人。屯所にいる者はユーリを含めて三十五人。 隊員達は整列し、居住まいを正してユーリの言葉を待つ。
皆の前に立つユーリの表情から緩みが消え、ピリリと緊張の糸が走る。
「早速だが、要件を伝える。先程、入国管理局の方から通達があった。不法入国で捕らえていた少年が脱走したとのことだ。国籍はアジア系。年齢は推定十四歳前後」
ユーリの言葉を受け、眉をひそめる隊員達。 何せ、このような失態の報告など初めてのことだからだ。ユーリも先方から報告を受けた時はこのような顔になっていたかもしれない。 だが、本当に信じられない話 はここからだ。
「その少年は鉄格子を素手でこじ開け、局員の銃撃を物ともせず、建物の屋上から海に向かって飛び込んで逃げた可能性が高いとのことだ」
さすがに、ユーリの言葉に待ったをかける者がいた。ギルだ。
「待ってください。何かの間違いではないのですか?自分は何度かその留置所に足を運んだから分かりますが、留置所から海まではかなりの距離があるはず。屋上から飛び降りてはたどり着けないはずです」
「……たどり着ける前提で話を進める」
「「「「!」」」」
ユーリの口にしたことはつまり、この信じがたい話にある程度の信憑性があるということだった。
「総括すると、魔力保持者に匹敵する力を持つ外国の者……もしくは外国の者になりすました魔力保持者がここ魔道学区に忍び込んできたという話だ」
「「「「!」」」」
「あの場所から海を通って上陸するとなると、この第二学区は避けて通れない場所。我々はその少年の行方の調査、及び、見回りの強化を要請された」
こんな話は大英帝国でも前代未聞の出来事だった。 隊員達の間に困惑が走るも、魔道騎士としての誇りと使命感がそれを押さえつける。
「次に、少年についてだが……その少年は瀕死の状態で海に流されていた所を発見、治療、保護されたそうだ。身元を探す手がかりのような物は無く、取り調べを行う前に脱走したため、情報はあまり無い。先に口にしたことが全てと考えてくれ」
分かっているのは魔道騎士と同等の力を持ったアジア人ということだけ。
「対象は強い戦力が予想される。なので、極力市街での戦闘は避け、発見した場合は報告、及び情報収集を優先するように。確保はこちらの準備が整い次第行うつもりだ。何か意見のある者はいるか?」
「はいはーい!」
ユーリの問いに、ピョンピョンと飛び跳ねながら挙手をしたのはユーリに見劣りしないくらいに美しい女性騎士。跳ねる度にたわわな胸が危険なマグニチュードを引き起こしており、一部の男性騎士の視線が集まる。
彼女の名はリナ・ウエストコット。
リナの胸に目を奪われる男性騎士にユーリは内心で呆れながらリナに発言を促す。
「さすがに慎重すぎませんか?普通に見かけたら取っ捕まえればいいと思うんですけど。いくら強いかもしれないったって、たかが一人ですよね?逆に迅速に事に当たるべきじゃないですか?敵さんが逃げるのに必死こいて追い詰められてるであろう今こそチャンスなんじゃないですか?」
なるほど。一理ある。一理あるが、
「たかが一人。果たして本当に一人なのか?」
「「「「!」」」」
「対象がこの国の諜報の任を追っていたとして、単独でその任に当たることは考えにくい。現地での協力者といった背後の存在があるかもしれない。むしろ可能性は高いだろう。それを見定めるためにも手を出すタイミングは慎重になりたい」
「なるほど……納得しました。さーせんした」
「口調、素になってるよ?」
「っと。って、隊長もじゃないですか」
「…………他に意見のある者はいないか?」
隊員達はユーリの考えに賛同を示し、異論を挟む者は出なかった、
「これから見回りのルート、及び人員の配置を組み直す。決まり次第、追って連絡する。とりあえず今日は当初の予定通りに動いてくれ」
「「「「はっ!」」」」
話は以上。解散の運びとなった。 のだが、
「なあ、リナ。今日の仕事終わりにどうだ?一緒に食事でも」
「いやいや、おまえみたいな男と一緒に行くわけないだろ。それより、美味しいイタリアンのお店をみつけたんだ。一緒にどうだ?奢るぜ?」
「むっ……タダ飯か……今月ピンチだから揺れるなぁ……」
「いやいやいや!俺ならもっといい店連れてってやるぜ!?」
男性騎士達のリナの口説き合戦が始まった。
「でも、さーせん。自分、この後隊長と約束あるんで。せっかく誘ってくれたのに申し訳ないです」
「そっか。それなら仕方ないな」
「今度は付き合ってくれよ?」
「はい。喜んで」
リナは円満に男性騎士達のお誘いをお断りし、去っていく男性騎士達を見送る。講堂に残ったのはユーリとリナの二人。
「てわけで、隊長。仕事終わりに食事でもどうですか?」
ユーリは誘いを断る口実に利用されたことには何も触れずに応じる。
「……さっきの話もあるから少し遅くなるかもしれないけど、それでもいいなら」
「やった。隊長大好き」
ユーリは日頃金遣いの荒い方ではないのだが、一応財布の中の記憶を思い出す。あまり立派なお店でなければ大丈夫だ。
「あんまり立派なお店は勘弁してよ?」
「隊長とならどんなお店でも文句なんて言いませんってば」
上司にたかるための社交辞令に聞こえなくもないが、こうして気軽に物を言い合える同性の同僚は貴重だ。 ユーリは内心でリナに感謝しつつ、ありがたく申し出を受ける。
「んじゃ、隊長とご飯行くためにも、もう少し頑張るとしますか」
「うん。頑張ってくれたらちょっとは奮発してもいいかな?」
「マジっすか!?自分超頑張ります!」
「どんなお店でも文句無いんじゃなかったっけ?」
「文句が無いのと喜びが増すのは別です」
「まったく……」
こうして仕事終わりにささやかな楽しみができたことで、ユーリは仕事を早く切り上げられるようもうひと頑張るのだった
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