4 あたたかい家
「ただいま~~」
春香ちゃんが、クロを連れてお店のドアから入ってきた。
「あ、おかえり。ずいぶんとのんびりしていたのね。時間大丈夫なの?」
「うん。すぐに、出るよ。クロの足拭いてもらってもいい?」
「いいわよ。クロ!こっちにおいで」
「ワン!」
クロは嬉しそうに、瑞希さんのほうに来た。
「春香、気をつけていってらっしゃい」
「は~~い」
春香ちゃんは、カウンターの奥に入っていった。
「さ、クロ。足をしっかり拭いてから、家に上がってちょうだい」
そう言うと、瑞希さんは雑巾を持ってきて、クロの足を拭いてあげた。
「あ、そうそう。クロ。爽太部屋で寝てるわよ」
「ワン!」
クロは喜んで、カウンターの奥から2階へと上がっていった。
「さてと…。ああ。クロの足跡がついちゃった。拭かなくっちゃ」
そう言って、瑞希さんは床を拭き出した。
「春香ちゃん、これから学校ですか?」
「うん、そう。爽太が仕事の日は、春香がクロの散歩に行ってて。遅かったのは多分彼氏ね」
「彼氏?」
「サーファーの彼がいるのよ。朝からサーフィンしてる…。すぐ近くのサーフィンのショップで働いてる人なんだけどね」
「へえ…。彼氏いるんですか…」
「圭介はぶつぶつ言ってるけどね~~。髪が金髪、ピアスもしてて、今25歳だったかしら」
「へえ…」
「でも25の若さでお店のオーナーなのよ。すごいじゃないねえ。ま、どんな彼氏でも圭介は文句いいそうだけどね」
「やっぱり、女の子のお父さんって、普通はそうなんでしょうか?」
「え?」
「うちの場合は、そういうの何も言われなかったから…」
「そうなの?でも安心してたんじゃないの?くるみさんしっかりしてそうだし」
「ああ、はい…。特に父の前では、いい子でいました。だからなのかな?」
「いい子でいたの?」
「嫌われたくなかったから…」
「そう…」
瑞希さんは、そのあと何かを言いたそうだったけど、そのまま黙ってまた、キッチンに入っていった。
その日は、おばあちゃんはお手伝いに来なくて、ホールの方は全部私がまかされて、忙しかった。
2時を過ぎたころ、やっとお客さんが途切れて、休憩に入ることができた。
カウンターでお昼を食べていると、爽太君がお店に顔を出した。
「俺にも、何か作って」
「あら、起きたの?また事務所に行くの?」
「うん」
そう言うと、眠い目をこすりながら、カウンターに爽太君は座った。その横にクロもちょこんと寝転がった。
しばらくは、黙って爽太君は、私がお昼を食べているのを眺めていた。
「……。爽太君?」
「え?」
「あ、なんか、見ていられると食べずらいっていうか…」
「ああ、ごめん。ぼ~~ってしちゃって…」
瑞希さんが、爽太君のご飯を持ってきた。
「いただきます!」
そう言うと、爽太君は、もくもくとご飯を食べだした。
「う、うまい…」
と、たまに目を細めながら。
「……」
美味しそうに食べるんだな~~。
ご飯を食べ終わり、瑞希さんはコーヒーを淹れてくれた。それから、瑞希さんも、カウンターに座り、自分のご飯を食べだした。
「ああ~~~。コーヒーうめ~~~」
爽太君が、また目を細めてつぶやいた。
「くすくす…」
瑞希さんは、笑い出した。
「圭介にそっくりよね。ご飯を美味しそうに食べるところも、そういう表情も…」
「ええ?父さんに?」
「うん。22歳のころの圭介にそっくりよ」
「う~~~ん。そうなんだ~~~。でも、俺、あそこまで甘えん坊で寂しがりやじゃないよ」
「あははは。そうよね~~。そこは今も昔も変わらないわ」
「母さんが甘えさせてるんじゃないの?ま、しょうがないか。一回りも上じゃさ」
「逆よ~。甘えん坊の寂しがりやだから、これだけ年が上じゃなきゃ駄目だったのよ。うん」
「ああ。そう…」
「爽太もじゃない?」
「え?」
「仕事に夢中になると、彼女ほっぽいちゃうし、あなたも、年上の甘えられるような女性がいいかもしれないわね」
「俺も?!でも、俺年上の人と付き合ったこともないよ。いつも年下か、タメか…」
「それで、駄目になってる」
「う~~~~~~~~~ん」
爽太君は、ものすごく、難しい顔をした。
「年上の女性っていっても、そうそう周り…。ああ、いた。事務所の佐々木さん。25歳だっけ」
「4つ上か~~。いいんじゃないの~~?」
「ええ?まじ~~?俺、ちょこっと苦手だよ。あの人…」
「あら、なんで?」
「う~~~ん…。なんか話しにくい。俺、いつも気を使ってるんだよ。何ていうかさ、いろいろとうるさいんだよね。こう、常識人っていうの?たまに、父さんのことも影で、いろいろと言ってるよ」
「あら、なんて?」
「もっと、しっかりとしてくれなくちゃあとか…」
「あははは。25歳の人に言われてるのか~~~」
「笑い事なわけ?それ…。俺、話す言葉も選んじゃってるよ」
二人の横で、黙ってコーヒーを飲んでいると、
「そういえば、ほら。ここにも年上の女性がいるじゃない。ね?くるみさん」
「え?」
瑞希さんがいきなり、私に話しかけてきて、びっくりしてしまった。
「あ。くるみさんもそうか。あれ?でもくるみさんって今いくつ?」
「……。28歳」
「え?!!!」
ものすごく、爽太君が驚いていた。
「?もっといってるかと思った?とか?」
「いや。逆…。もっと年近いかって思ってた。あ。俺、今まで思い切りタメ口…」
「ううん。全然いいけど」
「7歳上か~~~」
と瑞希さんがつぶやいた。
「そうです。7歳も上だし、とても、爽太君から見たら、恋愛の対象には…」
「あら、でも、私と圭介はもっと離れているけどね」
「あ、そうでしたね。すみません。あの…」
「ふふ…。いいわよ~。気にしないで」
「……」
爽太君は、まだ、驚いていたのか、黙っていた。そんなに年齢が近いと、思っていたのだろうか?
コーヒーも飲み終えて、爽太君は、
「じゃ、事務所行ってくるね」
と、キッチンで洗い物をしている私と瑞希さんに、声をかけに来た。
「はい、いってらっしゃい」
瑞希さんが、笑顔でそう言った。
爽太君は、少し頭を掻いて、
「あの…、くるみさん、俺、本当に今まで、なんか、すげえ失礼なこと言ってたかも…」
と、申し訳なさそうに言った。
「いいよ。いいってば。今までどおりで全然。気にしないで」
「…うん」
そう言うと、またにこって笑って、
「じゃ…」
と、カウンターの奥に入っていった。クロは、そのまま、お店に残っていた。爽太君が、会社に行くのをわかっているのかな。
キッチンでかたづけを終えると、二人でカウンターに座り、のんびりとした。
「ふふ…」
瑞希さんは、思い出し笑いなのか、いきなり笑い出した。
「…?」
「爽太、さっきの顔おかしかった」
「え?」
「くるみさんの年齢を、聞いたときよ」
「ああ…。いったいいくつだと、思っていたんでしょうね?」
「さあ、わからないけど。多分、爽太にとって、くるみさんは話しやすいんでしょうね」
「そうですか?」
「うん。あの子、誰とでも仲良くなれそうに見えて、意外と人見知りをするの。その変は私に似たのかしらね」
「そうなんですか?」
「天然のところがあるでしょ?そのまんま誰にでも、あのまんまで接しちゃうんだけど、中にはそういうのを嫌がったり、注意する人もいるから。そういう人の前では、自分を出せなくなって、なんかものすごく気を使うようになるみたいね」
「事務所の、女性がそうなんですか?」
「うん。結構ものをずばって言う人で…。圭介はそういうの、あまり関係なく接しちゃうんだけどね~~」
「私も初め、思い切りひどいこと言いました」
「ああ、あれね…。でも、本心じゃないでしょ?言ったあとに傷ついた顔、くるみさんの方がしてた。そういうのを感じ取るのも、爽太は天才とうか、直観力みたいなのがあるみたいよ」
「え?」
「くるみさんの方が辛いんだろうなって、きっと、直感で感じていたんじゃないのかしらね」
「…そうなんですか?」
「でも、意外と自分の気持ちに気づけない、間抜けなところもあるからね~~」
「間抜け…って?」
「鈍感っていうのかしらね~~」
「?」
「ま、いいけど…。そのうちに気づくかしらね」
「何にですか?」
「自分の気持ちによ」
「?」
瑞希さんは、それ以上は何も言わずに、またキッチンに入っていった。
カラン…。お客さんが入ってきたので、私も慌てて席を立ち、
「いらっしゃいませ」
と笑顔で出迎えた。
5時半を過ぎて、パートさんと、春香ちゃんがお店に出て、私と瑞希さんは休憩にはいった。そのころにまた、圭介さんが戻ってきて、ご飯を食べ出した。
「いつまで、忙しいのは続きそうなの?」
瑞希さんがコーヒーを持ってきて、圭介さんに聞いた。
「う~~ん。来週の水曜までにはなんとか。あ、水曜どっか行く?」
「家で、ゆっくりしたら?」
「うん。じゃ、海に散歩と、ランチのコースのデートはどう?」
「ふふ、クロも連れて?」
「うん」
クロは、それを圭介さんの横で聞き、尻尾を振った。
圭介さんが帰ってくると、クロはずっと、圭介さんのそばにいるようだった。昨日もそういえば、横にいたっけな。圭介さんが部屋に行くと、一緒についていってたし。
「くるみさん、うちの店、毎週水曜が定休日なのよ。くるみさんはどうする?」
「はい。一回アパートのほうに行きます。あまりちゃんと、掃除もできていなかったので…」
「あら、まだアパート引き払ってなかったの?」
「はい。まだ、大きな荷物も、そのままになってて…」
「じゃ、引き払うときには、爽太でも手伝いに行かせたらいいよ」
と、突然圭介さんが、そう言いだした。
「え?でも、悪いです。仕事も忙しいのに…」
「だけど、大きな荷物はどうするの?粗大ごみに出すの?」
「はい。もう手配はしています」
「じゃ、それを運んだりするの手伝う人がいなきゃ」
「でも…。デートする時間も取れないのに、そんなのにつき合わせちゃったら」
「デート?爽太が?」
「コンビニの五月ちゃんと、付き合いだしたみたいよ」
と、瑞希さんが言うと、
「え?まじで?」
圭介さんは、初めてそのことを知ったのか、驚いていた。
「五月ちゃんか~。またふられるんじゃないの?」
「さあ、どうかしらね?」
「あいつはさ、年上のしっかりとした女性がいいんだよ」
「ふふ。圭介みたいね」
「え?俺?ああ…。そっか。うん。似てるかもな。仕事始めると、思い切りのめり込むところとか…。そういうのも、わかってくれて、心の広い人じゃないとな~~」
と、圭介さんは言ってから、
「瑞希みたいな…」
と付け加えていた。それから、少し耳が赤くなったような気がした。
二人の様子を見ていて、発見したことがある。瑞希さんはよく、じっと圭介さんのことを見つめている。話をしてても、圭介さんが、ご飯を食べていても…。
いつも、甘えているのは圭介さんのほうだが、圭介さんのことを見ているときの瑞希さんの瞳は、とても、優しい目になる。爽太君を見るときも、そんな目をしているけど、圭介さんに対してはまた、ちょっと違う感じだ。
「爽太、ますます圭介に似てきたわよね」
「仕事にうちこむところとか?」
「そこもだけど、美味しそうにご飯食べるところとか、表情がそっくり」
「へえ、そう?あれ?それ見て瑞希、喜んでるの?」
「ふふ…。そうね。昔を思い出して、喜んでるかも」
「ふうん」
「なんか、懐かしいなって思って。22歳のころの圭介みたいで…。出会ったころを思い出しちゃった。」
瑞希さんが、にこにこしてそう言った。
「お二人の出会いって、どんな出会いだったんですか?」
これは、前から聞いてみたいことだった。
「俺の、完全なる一目惚れ。一気に恋に落ちた」
「え~~?そうだったんですか?」
「ちょっと圭介、恥ずかしいわよ」
「いいじゃん。別に本当のことだし」
「そうだけど…」
そうか…。圭介さんの方が先に、思いを膨らませていたのか…。
「じゃ、圭介さんの方から、瑞希さんにアプローチしたとか?それで、瑞希さんも圭介さんを?」
「ううん、違うの。私も初めて会ったときから、好きになっていたから…。同時進行よね?」
「そ。お互い好きあってるのに、なかなか告白はしなかったっけ?」
「したわよ。私のほうから。飲んで泥酔していたから、忘れちゃったのよね?圭介」
「あ!それはさ~~…。ああ、あんまり思い出したくない過去かも…」
「へえ~~。なんか、楽しそうですね」
「え?そんなでもないよ。けっこう最初は葛藤があったよ。だって、瑞希、俺の従兄弟と見合いして付き合ってたし」
「え?」
「でも、圭介のほうが好きだ~~って気づいて、別れちゃったんだけど…。ね?瑞希」
「なんか、話聞いてて、恥ずかしくなってくる…」
瑞希さんは、本当に顔を真っ赤にしていた。
「それから、俺ら、ずっとラブラブ~」
「もう~~、圭介!恥ずかしいってば…」
「あはは!照れてる!」
圭介さんは、真っ赤になってる瑞希さんを見て笑った。
なんだか、ほほえましいな~~。本当に仲がいいんだな…。
「お二人みたいな恋愛がしたいな~~」
「え?」
二人同時に、聞いてきた。
「羨ましいです。理想の夫婦ですよね」
「そうかしら。爽太の友達は、気持ち悪いって言ってるらしいけど。仲良すぎて…」
「いいじゃないですか。仲がいいんですから。それも、お互い一目惚れ同士なんて、素敵ですね」
「現れるわよ。くるみさんにも…。もしかして、もう現れてて、自覚していないだけかもしれないし」
「え?」
どきってした。爽太君を心のどっかで、意識しているのがばれたかなって…。
コーヒーも飲み終わった圭介さんが、
「さて、クロ。一緒に部屋に行って、休む?」
と、クロの頭をなでると、クロが喜んで尻尾を振った。それから、クロを連れて、圭介さんは2階へと上がっていった。
「クロは圭介さんに、1番なついているんですね」
「なついているっていうか、圭介が犬っぽいからじゃない?」
「え?」
「犬みたいでしょ?なんだか…。尻尾振って喜んだりする…」
「あはは…。そういえば…」
瑞希さんに甘える圭介さんは、尻尾を振っている犬のようだ。
「本当に、アパートの荷物片付けたりするの、爽太にやらせたらいいわよ。くるみさんだったら爽太、喜んで手伝うと思うわ」
「はい。ありがとうございます」
それから、二人でしばらくテレビを観ながら、のんびりとした。
リビングは、いつも心地がいい。ずっと一人暮らしをしていて、一人に慣れっこになっていたのに、誰かとただ、こうして一緒の空間にいるのが、こんなにも安らいで、心地がいいものだとは知らなかった。
自分の家でも、いつも部屋に閉じこもっていたし…。
あたたかい家って、こういう家なんだな…。私は、体全部でそれを感じていた。




