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22/25

21 父

 トントン…。

「失礼します。そろそろみなさん揃いましたので、新郎新婦の入場になります。それで…」

 榊原さんが、ドアのところでそう言ってから、

「当初は、お二人での入場の予定だったんですが、どうしても、一緒に新婦と腕を組んで入場したいと、申し出があったもので…」

「え?!」

 私と爽太君が、同時に聞き返し、

「父さんか?」

と爽太君は小声で言い、わたしは、ふと松井さんの顔が浮かんでいた。


「新婦のお父様の、小野寺さんなんですけど…。いかがいたします?」

「ええ?お父さんが?」

 私は、信じられなくて、驚いてしまった。そして、しばらく声を失った。

「いいんじゃない?くるみさん。俺が、神父さんの前で待ってて、くるみさんがお父さんと一緒に腕組んで、入ってくる…。すごくいいんじゃないの?それ」

 爽太君は、私の耳元で、優しくささやいた。

「うん…」

 私は、こくっとうなづいた。


「では、新婦のお父様に了解が出たこと、お話してきますね。それから、まず新郎を迎えにきます。そのあと新婦を…。なので、もうしばらくお待ちくださいね」

 ドアを閉め、スタスタと榊原さんが歩いていく音がした。

「び、びっくり。びっくりすることばかり。だって、式にすら出てくれるかどうか、わからない感じだったし」

「それは、くるみさんが、勝手に思い込んだだけでしょ?ね?ご両親はくるみさんの結婚、嬉しいんだよ。じゃなきゃ、そんな申し出しないよ」

「でも…。でも、もうずっとお父さんには会ってないし…。縁だって切れたかなって思ってたし…」

「だけど、お父さんは、くるみさんのこと、ずっと娘だって思ってたんじゃないの?」

「……」


 私は急に緊張してきた。ドキドキして、息苦しくもなってきた。お父さんと腕を組む。信じられないことだ。顔がこわばった。

「大丈夫。俺が待ってるから」

 爽太君は、私の手を取って、優しく微笑んでそう言ってくれた。

「俺のところに、ただ、くるみさんは来たらいいんだよ。ね?そんなに緊張しないで」

「うん…」

 それから、爽太君は、優しく頬にキスをしてくれた。

「唇には、誓いの言葉が済んだらね」

って爽太君は、少しおどけて笑ってみせた。おかげで、緊張が薄れていった。


 榊原さんと、もう一人、これまた黒のスーツに身を包んだ、若い男性の人が控え室に来て、男性が、

「神父さんがいらっしゃったので、新郎もいらしてください」

と、爽太君を連れて行った。ドアのところで爽太君は、振り返り、

「じゃ、あとでね」

と私に、軽く手を振った。


「優しそうな、素敵な新郎ですね」

と榊原さんが、そう言った。

「はい…。もったいないくらいです」

と言うと、

「え?そうなんですか?ラブラブなんですね。愛しちゃってるんですね~~」

と、笑って言った。

「けっこう控え室にいたり、打ち合わせの時でわかるんですよ。お二人の関係性」

「え?」

「女性が男性を尻にしいてるかなとか、逆に男性の言いなりなのかなとか…。すでに喧嘩するカップルもいたりして」

「そうなんですか?」


「でも、お二人はすごく、信頼しあっているのがわかります。新郎は新婦のことを気遣っているのがわかるし、新婦は新郎を頼りにしているのも、わかります」

「でも、私のほうが年上なんです。7つも…」

「ええ…。だけど、それを感じさせないくらい、新郎はしっかりしていますよね」

「はい…」

 私は、榊原さんに爽太君のことを褒められて、すごく嬉しくなった。やっぱり、初めて会った人にすら、爽太君の素晴らしいところ、わかっちゃうんだな~って…。


 榊原さんがインカムに手を当て、インカムからの声を注意深く聞いた。

「はい。了解です」

 そう答えると、

「新婦の入場です。入り口まで案内します」

と、控え室のドアを開けた。ドアの外には、メイクさんが立っていて、私のお化粧を今一度チェックして、ベールを下げ、ドレスの裾を持って、ゆっくりと後ろからついてきた。榊原さんは、

「こちらです。足元気をつけてくださいね」

と言って、私を誘導してくれた。


 さあ、いよいよだ。榊原さんが先に歩くその先に、父が待っていた。

 ドアの前で、黒のスーツに、真っ白なネクタイをして、白髪がだいぶ増え、すっかり老けた父が立っていた。

 私が横に行くと、榊原さんが私の手を取り、父の左手に添えた。

「歩調は、ゆっくりとお願いします」

と、榊原さんが父にそうささやいた。

「はい」

 父は神妙な顔つきで、返事をしてから、私の方を向き、

「くるみ。結婚おめでとう。いきなりこんな申し出をして、悪かったね」

と言った。

「……」

 私は何も言えなかった。父の顔はどこか、緊張もしていたが、でもまなざしは優しかった。


 会場の中から、ピアノの音が流れ出し、

「ドアを開けます」

と榊原さんと、もう一人の男性の人が、一緒にドアを開けた。

 会場から、わあっという声と共に、拍手がなった。父は、一歩一歩ゆっくりと歩いていた。私も父の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いた。

「くるみさん、綺麗」

と言う声がした。爽太君の親戚の人たちが、みんなでいっせいに写真を撮っていた。


 レストランの1番奥まで進むと、一段高くなっていて、そこに、神父さんが聖書を片手に待っていた。 そして、その前に、私のことをじっと見つめている、爽太君がいた。

 私は、爽太君だけを見た。優しいまなざしで見ている爽太君の瞳だけを見て、歩いていた。


 爽太君の前まで来ると、父は私の手を取り、爽太君の手に私の手を預けた。

「くるみを、よろしく頼むよ」

 父は、とても小さな声で、爽太君に言った。

「はい」

 爽太君も、ささやくように、でも、真剣な顔で答えた。


 神父さんが話を始めた。とても短い話ではあるが、感動的な話で、思わず涙が溢れた。そして、誓いの言葉を神父さんが言った。昨日の夜の爽太君の言葉を、私は思い出していた。

 爽太君、私もだよ。私も、どんな爽太君も愛してるよ。心でそうつぶやきながら、神父さんの言葉を聞いていた。

「その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」


 結婚指輪を交換して、爽太君はそれから、私のベールをあげ、そっと唇に優しくキスをしてくれた。

 大粒の涙が、頬を伝った。優しく爽太君は、その涙を手で拭ってくれた。

 後ろを振り向くと、いっせいにみんなが、拍手をしてくれた。

「おめでとう~~~!」

という大きな声を、圭介さんも、春香ちゃんも、瑞希さんの弟さんも言っていた。


 そして、結婚パーティが始まった。

 爽太君は、始終笑顔。あの三日月型の目で、にこにこしていた。たまに、「あははは…」って顔をくしゃくしゃにして笑い、すごく嬉しそうにしていた。

 私も、嬉しかった。時々、爽太君と目が合うと、優しく微笑む。それに、体調も気遣ってくれて、時々、

「大丈夫?疲れない?」

と、聞いてきてくれた。

「大丈夫」

と返事をすると、また、爽太君は笑う。


 私たちのテーブルに、変わりばんこにいろんな人が来て、話をしていく。

「爽太、お前、お嫁さんもらったんだし、赤ちゃんも生まれるんだし、しっかりしろよ」

 瑞希さんの、弟さんがそう言う。

「爽太!お前が何で1番に、お嫁さんもらってんだよ?それもこんな綺麗な人を~~」

 爽太君の、同僚の人が言う。

「爽太!結婚早過ぎないか?俺らは、まだまだ独身を楽しむぞ~」

 爽太君の、同級生が言う。そのたびに、爽太君は、嬉しそうに笑って言葉を返していた。


 母が松井さんと来て、

「爽太君、本当にくるみをよろしくね」

とまた、言っていた。爽太君は、はいって大きくうなづいた。

「くるみ。それにしてもかっこいい人、見つけたわね~~!」

 母は、どうやらお酒を飲んで、酔っているようだった。

 父はというと、ずっと席にいたが、たまに瑞希さんや、圭介さんが話をしに行っていた。気を使ってくれているのかもしれない。


 パーティが終わり、ドアのところで、みんなにお花をあげながら、見送った。

「くるみ、あとで話がしたいから、ホテルのロビーかラウンジで会えないかしら?」

と、母が言ってきた。

「うん。わかった。お母さんたちの部屋番号わかるから、部屋に電話するね」

「うん。待ってるわね」

 母はそう言うと、松井さんとレストランを出て行った。


 父は、最後に私と爽太君のところに来た。

「くるみ。綺麗だったよ」

 父の目がうるんでいた。

「母さんと父さんは、幸せにはなれなかった。でも、くるみは幸せになるんだ。いいね」

「お父さん、今は?」

「え?」

「今は幸せじゃないの?」

「そうだな…。ごくありふれた生活をしているが、それが幸せなのかもしれないな」

「そう…。良かった。本当だったらもっと早くに、その幸せを手にしていたのかもしれないのに。私がいてお母さんと離婚できなかったんでしょ?」

「いや、そうじゃない。踏み切れなかっただけだ。お前のせいじゃない」

 父はそう言うと、顔をしかめた。


「すまなかったな。お前には辛い思いしかさせなかったな。父さんも母さんも自分のことしか、考えられなかった」

「……」

 父は、手で目を押さえていた。泣いていたのかもしれない。

「安心してください。くるみさんは幸せにします」

 爽太君が、そう言った。

「そうだよ。安心して。もうね、私すごく幸せだから、大丈夫。それにね…」

「…なんだ?くるみ」

 父は、目を真っ赤にさせて、私を見た。

「来てくれて嬉しかったよ。来てくれないかと思っていたから。ありがとう」

と、私は父に言った。


 父は、ぼろぼろと涙を流した。慌ててハンカチをポケットから出し、顔をごしごしと拭くと、

「くるみこそ、ありがとうな。呼んでくれてありがとう。お前の花嫁姿見れて、一緒に歩けて、嬉しかった。父さんのわがまま聞いてくれて、ありがとうな…」

 そう言うと、父は、また顔をごしごしと拭いてから、爽太君の方を見て、

「爽太君…、本当に、くるみのことを頼んだよ…」

と、泣くのをこらえていたのか、言葉につまりながらそう言った。

「はい…」

 爽太君の手をぎゅって両手で握り、そして父は、爽太君にお辞儀をした。それから私の方を向き、

「じゃ、くるみ。父さんはこのまま帰るよ。悪いがホテルはキャンセルしてくれ。今の家族が待っているからな」

と言い、父はレストランのドアを開けた。


「あ!それから!」

 爽太君は、帰りかけた父に向かって話し出した。

「僕は、本当にくるみさんに会えて幸せだって思ってます。だから…」

 父は、振り返り、爽太君の方を見た。

「だから、くるみさんをこの世に誕生させてくれて、育ててくれて、感謝してます」

 爽太君は、そう言うと、ぺこってお辞儀をした。

「…いや、そうじゃない」

 父は、その場でまたハンカチを出して、目を押さえながら、

「くるみは、本当は俺らの希望だった。生まれてきた時には、嬉しくて…。母さんは子供が出来ないと言われてたしな…」

 初耳だった。


「でも、いつの間にか、そんなことすら、忘れてしまっていた。くるみがいてくれるだけで、幸せだったのにな。生まれてきてくれたことを感謝しているのは、こっちだよ。娘になってくれて良かったって、今日は心底思ったよ。ありがとうな。くるみ…」

 父はそう言うと、深くお辞儀をして、レストランをあとにした。

 私はその場で、泣いてしまった。爽太君は、私を抱きかかえてくれていた。

「ね?言ったでしょ?俺」

「え?」

「くるみさんも天使だった。ご両親にとって、天使だった。それをお父さんは、忘れちゃっただけだ。でもね、思い出したでしょ?」

「うん。嬉しかった。ああ、そうだ。私一つ言い忘れてた。いけない!」


 私はダッシュで、ドアから出て、駅のほうに父を追いかけ、走った。

「くるみさん!駄目だよ、走っちゃ!」

 後ろから大声で、爽太君が叫んだ。少し前を歩いていた父は、その声で振り返った。私は、父の方に急ぎ足で歩きながら、

「お父さん、あのね!」

と、叫んだ。

「え?なんだい?」

 父も大きな声で、聞いてきた。

「私、お父さんのこともう恨んだりしてない。私ずっとずっと、お父さんが大好きだったから!」

 そう叫ぶと父は、大きくうなづきながら、

「ありがとうな!」

と、叫んで答えた。そして泣きながら手を振って、また駅に向かって歩き出していた。

 私に追いついた爽太君は、ぽろぽろ涙を流す私の背中に手を回し、

「さ、戻ろうか?」

と、優しく言った。


 レストランに戻ると、爽太君は控え室に行った。私はメイク室に行き、ドレスを脱ぎ、着てきた服に着替え、顔も洗い、簡単にメイクをしなおした。

 瑞希さんも横で、着物を脱いで、洋服に着替えていた。

「お疲れ様、くるみさん。疲れなかった?大丈夫?」

「はい。大丈夫です」

「あまり、食べていなかったわよね。ホテルのどっかで、爽太と食べる?それとも、まだ、ここの店いられるのかしら。何か出してもらう?」

「いえ…。さっき母とホテルで会う約束をしたから、その時に何かつまみます」

「あら、そうなの?良かったわね。ゆっくり話してきたらいいわよ。爽太ならほっておいても大丈夫だから」

「はい…」

 瑞希さんは私と母のことを喜んでくれたが、私は複雑だった。いったいなんの話だろうか?


 着替えが済み、荷物を持ってメイク室を出ると、爽太君が待っていてくれていた。

「荷物持つよ。すぐに車でホテルに向かう?」

「うん。そうしようかな」

「部屋で少しゆっくり休もうか?」

「うん」

 爽太君は、優しく私を気遣ってくれた。

「じゃ、爽太、私たちはこのまま、帰るからね。ホテルでゆっくりしていらっしゃい」

「うん。今日はサンキュー」

 圭介さん、瑞希さん、春香ちゃんに私と爽太君は手を振って、車に乗った。


「お母さんがね、ホテルで会って話がしたいって…。会ってきてもいい?」

「うん、もちろん。じゃ、その間俺、友達と合流してようかな。これからみんなで、カラオケ行くって言ってたんだよね」

「うん。そうして。久しぶりだったんでしょ?」

「うん。高校の時の友達だけどさ。みんな変わってない…って言っても、まだ、そう何年も立ってないか」

「独身を楽しむぞって言ってたね。爽太君はいいの?」

「何が?」

「そういう、独身時代を楽しむ…」

「あははは。何それ?だいたい独身を楽しむって何?」

「え?だから、友達とどっか行ったり、飲みに行ったり…。好きな子とデートしたり…」

「仕事忙しいし、あんまり遊びには行けないからな。それに、好きな子とデートも何も、一緒に暮らしちゃってるし」

「うん。そうだけど…」


「あれ?何?俺にもっと、遊んで欲しいの?え?女遊びとか?」

「え?ち、違うけど…」

「それ、期待しても無理だから。女遊び、もともとそういうの苦手だし」

「だ、だよね。面倒くさいくらいだもんね」

「うん」

「仕事楽しくて、好きなんだもんね」

「うん」

「あ、子供も好きだっけか」

「うん!」

「じゃ、えっと…」

「独身を楽しむタイプじゃないみたい。俺」

「だ、だよね…」

「わかったら~~、もうそんなこと言わないでね。結婚して、超ハッピーなんだから俺!」

「うん」

 爽太君は運転をしながら、横目でちらっと私を見て、手をつないできた。爽太君は、本当に嬉しそうだった。


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