12 愛しい人
「違う、違う。ここじゃなくて、自分の部屋で…」
「朝まで、ここにこうしていたいな」
爽太君は、すっかりベッドに大の字になってしまった。
「え?駄目だよ。そういうわけには、さすがにさ…」
「でも、鍵かけてるし、ばれないよ」
「ばれるばれないの問題じゃなくて…」
「おやすみ…」
「え?」
爽太君は、そのまま目をつむって、本当に寝そうになっていた。
「寝ないで、起きて!本当に酔ってる?あ、じゃ、私が爽太君の部屋で寝ちゃおうかな」
と、冗談を言っても、目を開けない。
「え?寝ちゃった?まさか…」
すう…って、寝息までする。
どうしよう…。引きずって部屋に、連れて行くわけにもいかないし、このまま横で寝るわけにもいかないし…。やっぱり私が爽太君の部屋で、寝るしかないのかな…。
ちょっと、途方にくれていると、いきなり、爽太君が腕を掴んだ。
「え?」
そのまま、ぐいって引っ張られた。
「起きてるの?」
爽太君は、目を開けた。
「あ。起きてるんじゃない!もう~~!」
手を振りほどいて、たたくふりをすると、その手をまた掴まれ、そのまま、押し倒されてしまった。
「え?ちょっと、待って…」
でも、爽太君は、全然私の話を聞こうともしない。
「爽太君?」
両手を掴まれたが、少し私が足をじたばたすると、
「くるみさん、俺のこと本当に好き?」
と、聞いてきた。
「も、もちろん…」
と答えると、
「俺も」
と爽太君は言って、キスをしてきた。
わ~~~~~~~っ!ええ?確かに、確かにね、爽太君のことは好きだけど…。
頭は真っ白だ。爽太君、酔ってるから?ええ?いきなり鍵がついたとはいえ、同じ階に瑞希さんたちも、春香ちゃんだっているんだよ?
両手を掴んだ手は力強いし、足をいくらじたばたさせても、全然、爽太君はどこうともしないし、全体重を乗せているんじゃないかってほど、重いし…。だから、私は体を動かすことすらできないし…。
何度も爽太君にキスをされ、ああ、もう観念するしかないかもと覚悟を決めた。でもせめてこの、こうこうとついている、部屋の電気だけでもどうにか消してもらおうと思い、
「爽太君、電気…」
と言ってみた。でも、爽太君は、まったく動く様子がない。
「電気、消してほしいんだけど…」
もう一度言ってみたが、やっぱり動きそうにもないし、何も言わず首筋や耳にキスをしてくる。
「爽太君…」
爽太君は、顔を上げ私の目を見て、黙っている。
「あの…、ね…?」
「ああ、電気?」
やっとこ、爽太君はそう答えた。でも、動かない。
「うん、電気…」
「……。くるみさん、じゃ、いいの…?」
「え?!」
「電気消してもいいの?そしたら俺、このまんまくるみさんのこと抱いちゃうよ?」
「……」
何を今さら~~~。嫌だって言ったらやめてくれるの?すごく返事に困ってしまうと、
「あ、すごく困ってる?」
と、私の顔を見てそう言った。
「うん」
と言うと、少し爽太君は笑って、
「ごめん」
と言って、体を起こした。
「ちょっと、酔っ払ってました。部屋、戻るね」
爽太君にそう言われ、私は力が抜けた。えええ?私の決心はなんだったんだ。電気を消してと言うのだって、恥ずかしかったのに!
ベッドから降りようとしている爽太君の背中を、べちってたたいた。
「いて…。え?何?」
爽太君は、びっくりして振り返った。
「……」
私はいったい、どんな表情をしていたのかわからないが、爽太君が私の顔を見て、目を丸くした。
私は多分、爽太君をにらんだつもりだった。私のこと困らせて、憎らしいって思っていたから。
でも、爽太君の反応が、なんだか違っていて、
「え?」
と、固まっていた。
「ちょ…。くるみさん、そんな目で見られたら、部屋に戻れないよ、俺…」
「え?」
そんな目?…どんな目?
「あ…。えっと…。俺、どうしたらいいのかな」
「…え?」
爽太君は、本当に困っている様子だった。私はいったいどんな目で、爽太君を見ちゃったんだろうか。
爽太君は、ベッドに座ったまま黙り込み、それから、
「やっぱり、電気消す…?」
と聞いてきた。
「え?」
「あ、やっぱり、部屋戻ったほうがいいかな?」
「……」
じらされてるのかな、これ。もしかしてわざと私の反応を見ているんだろうか。
爽太君は、そのまま何も言わずに私の顔を見ていた。私がなんて言うかを、待っているようだった。
「部屋に、戻れば?」
と言ってみたが、爽太君がまた、背中を向けてベッドから降りようとすると、私の手が勝手に、爽太君の腕を掴んでいた。
「くるみさん、その手どけてくれないと、俺、戻れないんだけど…」
爽太君はベッドに座り、そう言ってきた。
「うん。わかってるけど…」
腕を掴んだまま、離せないでいる。
「……。俺に、いて欲しいってこと?」
「……」
私は黙ったまま、腕を掴んでいた。すると、爽太君は、私の手を強引に掴んで離し、ベッドから降りた。
「あ…」
なんだか、拒否をされたみたいで、心がずんと沈んでいった。ちゃんとこのまま、ここにいてって素直に言えば良かったかな…。
爽太君は、ドアのそばに行き、電気のスイッチを切った。
いきなり部屋は暗くなったが、外の電灯からの明かりが入ってきていて、真っ暗にはならなかった。
「俺、もう部屋に戻ってって言われても、戻らないからね。でも、引き止めたのは、くるみさんだからね」
外の明かりで、うっすら見える爽太君の表情は、すごく優しかった。触れる手もあったかくて、優しかった。
シングルベッドに二人で寝るのは、とっても窮屈だったけど、でも、私は爽太君の胸に顔をうずめながら、朝まで一緒にいた。爽太君の寝息が髪にかかり、くすぐったかった。
爽太君は、熟睡していたけど、私は何度も目が覚めた。目が覚めては、爽太君の顔を見たり、寝息を聞いたり、爽太君のぬくもりを感じたりした。
爽太君の寝顔は、すごく愛しかったし、爽太君のぬくもりは、すごく優しかった。
「変なの…」
稔のアパートにも泊まったり、稔も泊まりに来たりしていたが、こんなにぬくもりにあったかさを感じたり、寝顔が愛しいって思ったことってないな…。
爽太君は結局、朝まで熟睡をしてて、朝5時になり、私はそっと爽太君の腕の中から抜け出して、服を着た。
それからそっと部屋を出て、シャワーを浴びた。一階にはまだ誰もいなくて、物音をなるべく立てないように気をつかった。
本当は、体中に爽太君のぬくもりが残ってて、そのままでいたかった。でも、なんだか、瑞希さんや圭介さんに会うのに気が引けて、シャワーを浴びた。特に瑞希さん、勘が鋭いし、私から爽太君の匂いでもしちゃうんじゃないかって、そんなことまで思ったから。
それから、またそっと部屋に戻り、カーテンを開けた。日が差し込んできて、その光で爽太君は目が覚めたようだ。
「あ、おはよ…」
静かにそう言うと、爽太君は、少しぼ~ってしてから、
「あ!」
と、いきなり体を起こして、
「くるみさんの部屋だったんだ」
と慌てて、ベッドを抜け出した。
「やべ、俺の部屋に戻るよ。今何時?」
「もうすぐ6時」
「春香も、母さんも起きちゃうね。じゃあ…戻るね、俺」
「うん。またあとでね」
爽太君は、軽く私のほっぺにキスをして、静かに自分の部屋に戻っていった。
爽太君が今の今まで寝ていたベッドに、横になった。まだ、爽太君のぬくもりも、爽太君の匂いもした。
「は~~、愛しいな。大好きだな」
昨日、すごく優しく抱きしめてくれたことを思い出しながら、私はつぶやいた。
でも、今日は自分の表情や目つきに気をつけなくっちゃって、ベッドから起き出し、化粧をして、顔をぱんぱんとたたいた。
特に、爽太君を見る目…。絶対今までと違っちゃうかもしれない。そういうのを、悟られないようにしないと…。
そんなことを思うと、なんだか、一階におりて瑞希さんに会うのが、怖いような、どきどきするような、変な緊張感がただよっていた。