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10 ドライブ

 水曜になり、朝、瑞希さんは起きてきた爽太君に、朝食を持って行きながら、

「今日の夜、由樹ちゃんがご飯食べに来るから。圭介とちょっと早めに帰れない?」

と聞いていた。

「え?今日?」

「うん。春香も大丈夫って言ってたわ」

「あ…、でも、俺、先約がある」

「え?誰?友だち?」

「いや、くるみさんと…」

「あら、そうなの?」

「私だったら、別に…。爽太君いいよ。由樹さんとは、久しぶりに会ったんでしょ?」

「うん、でも…」

 爽太君は、ちょっと困った表情をした。


「いいの、いいの。そういうことなら、まだしばらくは由樹ちゃん、こっちにいるようだし」

 瑞希さんが、爽太君にそう言うと、

「うん。ごめん、悪いけど。由樹さんにもまた、海に犬連れて、散歩一緒に行こうって言っておいて」

 爽太君は、そう言って、ご飯を食べだした。

「爽太君、私本当に…」

「いいの、いいの。先に約束してたなら、いいのよ。くるみさん」

「でも、家族揃っていたほうが…」

「いいのよ。爽太は、くるみさんと約束してたんだものね?」

「うん」

 爽太君は、ご飯を食べながら答えた。


 瑞希さん、なんだか、気を使ってくれたんじゃないかな。爽太君も、気を使ってくれたんじゃないかな。本当にいいのかな。頭の中がぐるぐるした。

「どこに行く予定なの?」

と、瑞希さんがコーヒーを淹れながら、爽太君に聞いた。

「え?ああ、夜のこと?」

「うん、そう。ご飯食べに行くんでしょ?」

「うん。車だそうかと思ってるけど、どこがいいかな。ちょっと鎌倉の方まで行こうかな」

「そうね、厨子とか、葉山の方はどう?」

「ああ、いいね。海沿いのレストランもいいよね」


「ラ・マール茶屋とかいいんじゃない?でも、予約いるかもよ」

「あ~~、そっか。じゃ、ちょっとネットで調べてみようかな~」

「え?そんな、大げさなところじゃなくても、私…」

「俺が行きたいだけだから…。くるみさん、悪いけど付き合ってよ」

「うん。いいけど…」

 なんだか、どんどん申し訳ないような気がしてきたが、でも、心の奥底では、喜んでいる。由樹さんよりも私を選んでくれたこと、私と行くレストランをすごく、あれこれ悩んでいてくれることに。


「ほんじゃ、行ってきます。あ!定時には上がれるから。ちゃんと支度して待っててね。くるみさん」

「うん。…え?支度?」

「そ、ディナーの支度」

「え?ディナー…?」

「あら、いいわね。ずいぶんとおしゃれなところに、連れて行ってもらえそうじゃない?」

「母さんは、父さんと行って。もう家族で行く年じゃないよ、俺」

「はいはい」

 爽太君は、リビングの方に行った。


「家族でね、1年に1~2回おしゃれして、ドライブがてら、ご飯食べに行ってたのよ。おしゃれなお店にね。そういうところに行くと、うちのお店に出すメニューとかもアレンジできたり、いろいろと参考になることもあるし…」

「そうなんですか」

「なんだか、張り切ってたわね、あの子。デートに行く前みたいに」

「え?そうですか?」

「ふふ…。くるみさん、おしゃれしてた方がいいわよ。けっこういいお店に、連れてってくれそうよ」

「…はい」

 デートって言葉に、少し私は浮かれてしまった。もちろん、爽太君は、そんなつもりはないだろうけど。


 夏のワンピースに、カーディガンを羽おり、お化粧もちょっと念入りにして、私はリビングで待っていた。

 瑞希さんと春香ちゃんは、お店のほうで夕飯の準備をしていて、5時半を過ぎたころ、圭介さんが帰ってきて、そのあとに、お店のほうに由樹さんが現れた。

「こんにちは~~~!ああ!春香ちゃん!」

 由樹さんと春香ちゃんは、再会を喜び、そこに圭介さんも参加して、みんなでわいわいとおしゃべりを始めていた。

「あれ?爽太君は?仕事ですか?」

 由樹さんが聞いた。

「ああ、爽太は帰ってきて、車を駐車場から出しに行ってる。なんか、ご飯食べに行くって言ってたけど」

と、圭介さんが言うと、

「くるみさんとね、デートなのよ」

と、瑞希さんが言った。


 慌ててリビングから、デートじゃないですと言いたかったが、由樹さんがすごく大きい声で、

「じゃ、やっぱり彼女なんじゃない!」

と叫んで、周りのみんなを驚かせた。

「ち、違うんです…」

と言ったが、みんなのわいわいする声で、その声は消されてしまった。

「なんか、この前海で見たときに、ぴんときたんですよ~~、私」

と、由樹さんが言い出す。

「あら、勘がいいのね」

 瑞希さんまでが、言い出す。

「それで、あれか、爽太、今日ずっとそわそわしてたのか」

 圭介さんまでが言い出す…。リビングに私がいるのを、みんな気づいていないのか?


「ただいま!あれ?くるみさんは?」

 爽太君は、お店のドアから入ってきた。

「くるみさん?部屋かしら?」

 瑞希さんが、そう言うと、

「リビングにいたよ」

と、圭介さんが言った。

「爽太君!デートだって?」

 由樹さんが、いきなり爽太君にそう言うと、

「え?デート?俺が?」

 爽太君の慌てている声がした。私はリビングからカウンターの方まで行ったが、出るに出られない感じになっていた。


「やっぱり、彼女なんでしょ?いい雰囲気だったものね」

「え?俺とくるみさんのこと?」

 爽太君は、また慌てていた。

「ち、違うってば…」

「あ、くるみさん、爽太来たわよ」

 瑞希さんが私に気がつき、そう言った。

「あ、はい…」

 お店のほうに歩いていくと、爽太君は、真っ赤になっていた。

「じゃ、ごめん、由樹さん。今度ゆっくりね…」

「はい、いってらっしゃい。楽しんできてね!」

と由樹さんは、爽太君を送り出した。私は、そのあとに続いた。


 お店を出ると、爽太君は、

「あ~~~。お店から入らなきゃ良かった。でも、こっち側に車止めちゃったから」

と、ちょっと、頭を掻きながらそう言った。

「なんか、由樹さん、思い切り勘違いしてたよね」

「うん…」

「ちゃんと、違うって言ったほうが、やっぱりいいよね?」

「うん…。でも、違うって言っても、聞きそうにないな~」

 車に乗り込み、爽太君はそう言った。

「えっと…。鎌倉の方にあるお店、予約したんだ。そこでいいかな?海の近くにある店でさ」

「うん、いいよ」


 爽太君は、車を発進させた。音楽をかけて、それから、

「なんか、夜のドライブ久々かも」

と笑った。

 爽太君は、音楽にあわせて鼻歌を歌ったり、いろいろと話してくれたり、とにかく楽しそうだった。

「なんか、楽しそうだね」

「え?」

「運転するの好きだよね。いつも楽しそう」

「ああ、うん。好きかも」

 爽太君は、最近とても機嫌がいいというか、元気というか、いつ見ても楽しそうだ。


「仕事、順調?」

「うん。そんなに忙しくないし」

「なんか、充実してるの?」

「なんで?」

「いつも楽しそうだから」

「あはは…。脳天気なやつみたいだね、俺って」

「ごめん、そういうわけじゃなくて…。最近いつも笑ってて、嬉しそうにしてるから。何かいいことあったのかなって」

「いいこと?」

「うん。それか、充実している毎日なのかなって」                  

「そう?そう見える?俺」


「うん。見えるよ。いつも楽しそう。海の散歩もそうだったし」

「そう?それは多分、くるみさんといるからじゃない?」

「え?私と?」

「うん。会社じゃ、しかめっつらして仕事してるらしいよ、俺」

「え?そうなの?」

「まあ、最近はあまり忙しくないから、いらいらはしてないみたいだけどね」

「ふうん…」

 また、爽太君は、流れるメロディにあわせて、鼻歌を歌った。だんだんと日が落ちてきて、対向車線の車のライトが明るく見えるようになり、少し雰囲気も変わってきた。


 私は、少し考えていた。爽太君が言ったことを。

「くるみさんといるからじゃない?」

 私といるから楽しいのか…。私といて、嬉しいのかな?そんなことを思ったら、急に照れくさくなり、そのまま爽太君の顔を見れなくなり、外の景色を眺めていた。

「爽太が、誰といたがっているか…」

 ふと、瑞希さんの言葉を思い出した。

 疲れている時にも時間を空けて、その人に合わせたり…。一緒にいられるのが嬉しいんじゃない?

 …そんなことも、言ってたっけ。


 好きな人といられたら嬉しいし、もっと一緒にいたいって思うじゃない?

 …ああ、瑞希さん、そんな事も言ってた。そうだ。そのとおりだ。爽太君と一緒にいられる時間が長ければ長いほど嬉しいし、今日だって嬉しくて仕方がなかった。洋服を選ぶのも、待ってる間も、嬉しくて、どきどきしていた。

 好きな相手なら、本当に一緒にいられるのは、嬉しい…。

 けど、爽太君の私といられるから、楽しいって言うのは、好きだからなのか、それとも、ただ単に、楽だからなのか…、そんなことをあれこれ、考えていた。


 お店に着き、駐車場に車を止めた。それから、お店に入ると、

「予約した榎本です」

と、爽太君がお店の人に告げていた。

 テーブルに案内された。海の見える、窓際の席だった。

「わ…。なんか、ロマンチックだね」

 思わず、私はそう言っていた。

「気に入ってくれた?」

 爽太君が、小さな声で聞いてきた。

「うん。素敵なお店」

「良かった。ここ、ご飯も美味しいよ」


 メニューを見て、これが美味しい、これもお勧めと、爽太君が、あれこれ教えてくれた。注文は全部、爽太君にお任せした。

 私は素直に驚いていた。女の子慣れしていない爽太君が、こんなにスマートにエスコートしていることに。

「よく、来るの?」

「うん、何回か家族で来たよ」

「そうなんだ」

「父さんが良く言ってた。デートするなら、ここに女の子連れて来たらいいってさ」       

「え?いいの?私で…。もっと他に誘いたい人いたでしょ?」

「え?」

「だって、デートするならって…。やっぱり好きな人と来たほうが良かったんじゃないの?」

 思わず、私はそんなことを言っていた。

「……。うん。いいんだ。くるみさん連れてきたかったし…」

「……」

 今のどういう意味かな…。いろんなことをまた、私は考えてしまっていた。


 例えば、ただ単にいいお店だから連れてきたかったとか…。それとも、好きな人っていうのが、私のこととか…。いやいや、それはありえないでしょ?それは、私のうぬぼれでしょ?

「お酒、なにか飲む?」

「爽太君は?」

「飲めないよ。車だもん」

「そうだよね。ごめん。じゃ、私もいいよ」

「いいの?」

「うん」


 前菜から運ばれてきた。どれも美味しかった。

「爽太君は、舌が肥えてるよね。瑞希さんも、おばあちゃんもお料理上手だし。こういうお店も来ているし」

「うん。でも、基本なんでも美味しく食べれるから」

 爽太君は、やっぱり、いつものように美味しそうに嬉しそうに食べていた。それから、窓から見える海を見て、それから私の顔を見て嬉しそうに笑った。

「どうしたの?」

「うん…。なんか、すごく嬉しいなって思って」

 爽太君の笑顔は、すごく無邪気で、こっちまで笑顔になるくらいだった。

 それから、爽太君と、出てくる料理を十分に味わい、最後にはデザートとコーヒーをまた、十分に味わい、そしてお店を出た。


「ちょっと車に乗る前に、その辺、ぶらつかない?」

 爽太君が、そう言った。

「うん、いいよ。気持ちいいもんね」

 少し、ひんやりする潮風が吹いていた。

「寒くない?」

 爽太君が、優しくそう聞いてくれた。

「大丈夫」


 爽太君は、私と歩く速さをそろえてくれた。ゆっくりと海沿いの道を歩く。

「カップルに見えるかな?」

 爽太君は、そんなことをいきなり言い出した。

「え?」

「カップル以外の何者でもないか…。海見ながら夜に、二人で歩いていたらさ」

「普通はね…」

「こういうデートはしたことある?あるよね?やっぱり」

「ないよ。初めて」

「うそ!」                    

「ほんとに。だって、稔とは、東京近辺でデートしてたし。ドライブもあまりしなかったし」

「そうなんだ!」


「素敵だね。こんなデート…」

「…そう?」

「うん。ロマンチックだよ。女性ならこのデートだけで、いちころだわ」

「え?!本当に?」

「うん。もう、これならきっと、爽太君のさ…」

 爽太君の好きな人も、いちころで、好きになってくれるよと言おうとしたが、爽太君はまったく、私の言ってることを無視して、

「くるみさん、喜んでくれたの?」

と嬉しそうに、聞いてきた。


「え?私?うん。もちろん」

「本当に?」

「うん。本当に」

「良かった」

 満足そうに爽太君は、微笑んだ。…あれ?

「え?爽太君」

 私を喜ばせても、しょうがないんじゃ…。って言いたかったが、また、もしかして爽太君は、私を好きなんじゃないのかって気になってきて、何も言えなくなった。

 いやいや、それは私のうぬぼれ…だよね?


「爽太君…」

「え?何?」

 爽太君は、少しびっくりして、振り返った。爽太君と目が合い、そらせなくなった。じっと思わず見ていると、爽太君の方が視線をはずして、

「さっき、いちころって言ってたじゃん。あれさ、例えば、弟とかそんな風にしか見えない人も、男の人って意識しちゃうってことかな?」

と、聞いてきた。

「は?」

「いや、だからさ…。例えばね。今までは何とも思ってなかったような相手でも、意識するようになるってことかなって…」

「…え?」

「だからさ。好きになっちゃったりするのかなって…」


「…誰が、誰を?」

「例えばだって…。例えば、くるみさんが別に好きでもなかった人のこと、こういうデートしたら、気持ちが変わったりするのかなって…」

「わかんない。どうかな…」

「え?!でも、さっき…」

「え?さっき?ああ、いちころって言ってたあれ?」

「うん」

「あれは…。ごめん。なんか、変なこと言っちゃった。私…」

「そ、そうなの?冗談?」


「そうじゃなくて。えっと…。だから、きっとね。こんなデートでも、まったく好きでもない人とだと、なんとも思わないかもしれないし、好きな人となら、すんごく嬉しくて、ロマンチックで、もっと好きになっちゃうかもしれないなって…」                

「ってことは、こんなデートしたから、好きになるわけじゃないってこと?」

「わからないよ。好きになっちゃう人もいるかもしれないし…。それは、わかんない」

「あ、そう…」

 ちょっと、爽太君の声が沈んだ。


 それから海を見て、しばらく爽太君は、黙っていた。その横顔を見ていると、なんだか、あまりにも寂しそうで、胸がぎゅってなった。

「爽太君…」

「え?」

「そんなに寂しそうな顔しないで」

「え?俺、そんな顔してた?」

「うん」

「あ…。ごめん、ちょこっと落ち込んでたかも」


「爽太君は、顔に出やすいんだね」

「え?」

「嬉しい時には、すごく嬉しそうだし、落ち込むとすごく落ち込んじゃうし」

「ごめん」

「ううん、謝らなくてもいいけど…。なんか、見てて、胸がぎゅってなっちゃった」

「え?」

 爽太君は、どうしたらいいかわからないような表情をした。

「どうしたら、また、嬉しい顔になる?」

と聞くと、さらに、爽太君は、顔を固まらせた。

「どうしたらって言われても。えっと…。ごめん。ちゃんと気持ち切り替えるから、待ってて…」

 爽太君は、どうやら自分が落ち込んでいるのを、申し訳ないと思ったようだ。


「ね。浜辺の方に行こうよ」

 私は、爽太君の手をとって、砂浜を歩き出した。

 そのまま、爽太君の顔を見ず、海の方だけ向いて歩いていると、爽太君もそのまんま、私についてきていた。

「夜の海って真っ暗で、怖いって前は思ってたけど、爽太君といると平気みたい」

と言ってから振り向くと、爽太君は、半分嬉しそうな、半分困ってるような顔つきをしていた。

「爽太君?」

 どうやったら、爽太君は喜ぶんだろう?顔を覗き込むと、

「あ…。俺、もう落ち込んでいないから、大丈夫」

と、爽太君は慌てて、そう言った。


「ほんとに?でも、顔がなんか、こわばって見えるけど」

「えっと、それは緊張してるから…」

「え?なんで?!私とだったら、平気って…」

 ショックだった。

 なんで、緊張しちゃうのか。さっきまで、嬉しそうに楽しそうにしていたじゃないか。やっぱり、私といたからでなく、ただ単にドライブが楽しかったり、ご飯が美味しかっただけ?


「うん。そうなんだけど…。手…」

「え?」

 私は、まだ爽太君の手を握っていた。

「ごめん」  

 手を振り解き、慌てて謝った。でも、前に水族館に行った時には、爽太君の方が手をつないできたよね。それも、あまり意識していない感じだったよね。

「ちょ…、ちょっとさ…。ごめん。俺、意識し過ぎてる…」

「え?」

「夜の海だし。誰もいないし。二人きりだし…」

「うん…」


「…さっき、くるみさん言ってたみたいにさ。こういうシチュエーションだと、好きな人といたらもっと、好きになるっていうか、意識しちゃうっていうか…、それ…」

「?」

「あ…」

 爽太君は、口を押さえたが、

「ああ、もういっか…。ばればれだよね?」

と、つぶやいた。

「え?」

「だからさ、俺の気持ちなんて、ばればれだよね?」

「え?」

「とっくに、わかってるよね?もう」

「……」

 それは、やっぱり、私を好きだってこと?って言葉にならなかった。


 しばらく黙って、爽太君を見ていると、

「いいんだ…。くるみさん、無理して俺に答えようとしなくても…。俺のことなんとも思ってないなら、それはそれでいいし…。好きでもない人とこういうシチュエーションでいても、別に何も思わないならそれはそれでさ…。うん。俺が勝手に一緒に、来たかっただけだし。くるみさんとこんなデートしたかっただけだし。うん…。だから気にしないで」

「……」

 私、頭がパニくってる!多分、呆けたまま、爽太君を見てる。


「あ、そんなに困らないで。ほんと、いいんだ…。こうやっているだけで、幸せだし。多くは望まないし…」

「……」

 まだ真っ白だ。何も言葉が浮かばない。それ、私の幻聴じゃないよね?

「あ。えっと…」

 爽太君は、言葉を失っているようだった。何を言っていいのか、わからない様子。私はまだ、頭が真っ白だ。ただただ、爽太君の顔を見ていた。

「くるみ…さん?」

 あまりにも、ずっと私が黙って、爽太君を見ているので、爽太君は困っているようだった。


「あ…」

 私はなんとか、声を出した。それから、なんて言おうか、必死に頭を回転させた。

「あのね…」

 爽太君は、私が話し出したら、顔をこわばらせた。私が爽太君をふるとでも思っているのか。それでも、なんだか、覚悟を決めたような、そんな顔つきをしていた。

「……」

 その顔を見てて、そんな表情も愛しく思えた。そういえば、私、嬉しそうに楽しそうにしている爽太君が好きだけど、こんな表情でも、どんな表情でも愛しいと思うのは同じだな…。


「私の幻聴じゃなければ、あの…。爽太君が好きな人って、もしかして…」

「くるみさんだよ」

 爽太君は、半ば観念したっていう感じで、そう言った。

「で、でもね…」

「う…」

 う?爽太君の顔はますます、固まっていった。

「私に、恋の相談してたよね…?」

「うん…」

「好きな人に、普通、恋の相談ってしないよね?」

「……。だから、その…。俺もなんでくるみさんのこと好きなのに、その好きな人に相談してるんだろうって思ってた…」

「……」


「でも、俺、相談じゃなくて、きっと、くるみさんが俺のことどう思ってるか、確かめようとしてたのかもしれない」

「え?」

「ずるいよね…。ごめん」

「……」

 爽太君の顔を見ながら黙っていると、ますます爽太君の顔は、暗くなっていった。

「ごめん。なんか、もしかして俺、嫌われるくらいのことしてるかな?」

「…え?」


「くるみさんに、好きになってもらうどころか、こんなずるいことしてて、逆に嫌われちゃったかな。好きになってもらえないのはしょうがないとしても、俺、嫌われるのは、かなりきついかも…」

「……」

 何でそんな…、暗いほうに…って、ああ、そうか。私が黙ってるからだ。

「ごめん!」

 思わず、謝ると、

「う…。やっぱり?」

と、爽太君は、顔を引きつらせた。


「そうじゃなくて、ごめんっていうのは、そうじゃなくて…」

 どんどん私は、爽太君を追い詰めてるのがわかって、慌ててしまった。

「あ、落ち込まないで!私も、私もだから」

「え?何が?」

「だから、私だって、ずっと爽太君が好きだったから…」

「…え?」

 今度は、爽太君の顔が呆けてしまった。


「え?それ、俺が落ち込んでるから、気を使って…とか?」

「違うよ。違うの…。だって、まさか、恋の相談もちかけてる私のことを、好きだなんて思わないし」

「…え?」

「だから、私、爽太君の恋の話聞くの、辛いって言ったでしょ?」

「うん…。あれ?あれってそういう意味?」

「うん…」

「……」

 今度は口を開けたまま、爽太君は、固まった。


「本当に?」         

「うん」

「俺のこと、弟くらいにしか思ってないんじゃないの?」

「弟だなんて思ったこともないよ」

「でも、家族みたいなもんだって…」

「初めから、男の人として見てたよ」

「ま、まじで?」

「うん」

「……」

 まだ、爽太君は、信じられない様子で、目を真ん丸くして固まっていた。


「俺、絶対に絶対に、片思いで、どうにもならないって思ってて。それで、いっとき、まじで悩んで…」

「うん」

「…いつから?」

「多分、会ったときから…。爽太君は?」

「俺?俺は、いつからかな…。気づいた時には、くるみさんのことしか、考えられなくなっていたから…」

「……」

 爽太君から、信じられないような言葉が出て、思わず私は涙が出そうになった。


「でも、全然、俺、気づけなかった。くるみさんも俺のこと好きだって…」

「……。隠してたから、気づかれないように」

「なんで?」

「だって、私も、片思いだと思ってたし…。ずっとずっと、密かに思ってるだけでいいって思ってたし…」

「な、なんで?」

「なんでって…。だって、もしばれて、今までみたいに、そばにいることすらできなくなったら、嫌だったから…」

「ほんと?まじで?そんなことも思ってたの?」

「うん…」


「え?じゃ、俺と一緒にいられて、嬉しかったってこと?」

「うん…」

「俺と一緒にいたかったってこと?」

「うん…」

「まじで?」

「うん…」

「……」

 爽太君は、少し喜びの表情が戻ってきた。それから、しばらく何かをかみしめているような表情をした。


 そして、いきなり、抱きついてきた。

「え?爽太君?!」

 いきなりでびっくりしていると、爽太君は、ぱっと私の体をはなしてから、

「…すごい、嬉しい!俺…」

と、目を細めて笑った。

 しばらく二人で、照れあっていた。そして、どちらからともなく手をつなぎ、黙ってお店の駐車場の方に、歩き出した。


「あのさ…」

「え?」                  

「なんでもない…」

 爽太君は、また黙った。

「あのさ…」

「え?」

「ううん…」

 また、爽太君は、黙った。


 駐車場に着くと、助手席のドアを開けてくれて、私が乗ると、爽太君は運転席に乗り込み、エンジンをかけた。

 しばらく爽太君は、ハンドルを握り、フロントガラスの方を、じっと見ていた。それから、私の方を黙って見た。爽太君の表情は、なんだか信じられないといった感じにも見えたし、喜びをかみしめているようにも見えた。

「俺、初めてだ。好きな人が出来て、すごく嬉しくて、それも、好きな人に好きだって言われて、こんなに嬉しいの…」

と、また目を細めて言った。


「ありがとう…」

 私が、お礼を言うと、

「え?なんで?俺の方こそ、ありがとうだよ?」

と、聞き返してきた。

「ううん。私のほうこそ…。好きになってくれて、本当に嬉しい…」

「……。うわ……」

 うわ…?爽太君は、うわって言ったまま、顔を下に向けた。それからしばらくして、すごく照れた顔をしながらこっちを向いて、

「俺も…。好きになってくれて、ありがとう」

と、そう真っ赤になりながら言った。


 それから車を発進させた。しばらくは、黙ったまま、何も音楽もかけずに走った。

 しばらくすると、

「ああ、父さんや、母さんになんて言おうかな。それとも、しばらく黙っていようかな」

と、爽太君はぽつりと言った。

「…そうだね。どうしようか。なんか言うのも、恥ずかしいね」

「うん、ばれるまで、内緒にしておく?」

「すぐにばれそうな気もするけど。瑞希さん勘がいいし…」

「だよね。でも、すぐにばれるならそれでもいいや…。向こうが気づくまで、黙っていようよ。なんて言っていいかもわからないし」

「うん」

 爽太君と秘密を持てたのが、少し嬉しいのと、でも、瑞希さんたちに隠し事をする後ろめたさが入り混じっていた。

 それから、ドライブを楽しみながら私たちは、れいんどろっぷすに帰っていった。


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