10 ドライブ
水曜になり、朝、瑞希さんは起きてきた爽太君に、朝食を持って行きながら、
「今日の夜、由樹ちゃんがご飯食べに来るから。圭介とちょっと早めに帰れない?」
と聞いていた。
「え?今日?」
「うん。春香も大丈夫って言ってたわ」
「あ…、でも、俺、先約がある」
「え?誰?友だち?」
「いや、くるみさんと…」
「あら、そうなの?」
「私だったら、別に…。爽太君いいよ。由樹さんとは、久しぶりに会ったんでしょ?」
「うん、でも…」
爽太君は、ちょっと困った表情をした。
「いいの、いいの。そういうことなら、まだしばらくは由樹ちゃん、こっちにいるようだし」
瑞希さんが、爽太君にそう言うと、
「うん。ごめん、悪いけど。由樹さんにもまた、海に犬連れて、散歩一緒に行こうって言っておいて」
爽太君は、そう言って、ご飯を食べだした。
「爽太君、私本当に…」
「いいの、いいの。先に約束してたなら、いいのよ。くるみさん」
「でも、家族揃っていたほうが…」
「いいのよ。爽太は、くるみさんと約束してたんだものね?」
「うん」
爽太君は、ご飯を食べながら答えた。
瑞希さん、なんだか、気を使ってくれたんじゃないかな。爽太君も、気を使ってくれたんじゃないかな。本当にいいのかな。頭の中がぐるぐるした。
「どこに行く予定なの?」
と、瑞希さんがコーヒーを淹れながら、爽太君に聞いた。
「え?ああ、夜のこと?」
「うん、そう。ご飯食べに行くんでしょ?」
「うん。車だそうかと思ってるけど、どこがいいかな。ちょっと鎌倉の方まで行こうかな」
「そうね、厨子とか、葉山の方はどう?」
「ああ、いいね。海沿いのレストランもいいよね」
「ラ・マール茶屋とかいいんじゃない?でも、予約いるかもよ」
「あ~~、そっか。じゃ、ちょっとネットで調べてみようかな~」
「え?そんな、大げさなところじゃなくても、私…」
「俺が行きたいだけだから…。くるみさん、悪いけど付き合ってよ」
「うん。いいけど…」
なんだか、どんどん申し訳ないような気がしてきたが、でも、心の奥底では、喜んでいる。由樹さんよりも私を選んでくれたこと、私と行くレストランをすごく、あれこれ悩んでいてくれることに。
「ほんじゃ、行ってきます。あ!定時には上がれるから。ちゃんと支度して待っててね。くるみさん」
「うん。…え?支度?」
「そ、ディナーの支度」
「え?ディナー…?」
「あら、いいわね。ずいぶんとおしゃれなところに、連れて行ってもらえそうじゃない?」
「母さんは、父さんと行って。もう家族で行く年じゃないよ、俺」
「はいはい」
爽太君は、リビングの方に行った。
「家族でね、1年に1~2回おしゃれして、ドライブがてら、ご飯食べに行ってたのよ。おしゃれなお店にね。そういうところに行くと、うちのお店に出すメニューとかもアレンジできたり、いろいろと参考になることもあるし…」
「そうなんですか」
「なんだか、張り切ってたわね、あの子。デートに行く前みたいに」
「え?そうですか?」
「ふふ…。くるみさん、おしゃれしてた方がいいわよ。けっこういいお店に、連れてってくれそうよ」
「…はい」
デートって言葉に、少し私は浮かれてしまった。もちろん、爽太君は、そんなつもりはないだろうけど。
夏のワンピースに、カーディガンを羽おり、お化粧もちょっと念入りにして、私はリビングで待っていた。
瑞希さんと春香ちゃんは、お店のほうで夕飯の準備をしていて、5時半を過ぎたころ、圭介さんが帰ってきて、そのあとに、お店のほうに由樹さんが現れた。
「こんにちは~~~!ああ!春香ちゃん!」
由樹さんと春香ちゃんは、再会を喜び、そこに圭介さんも参加して、みんなでわいわいとおしゃべりを始めていた。
「あれ?爽太君は?仕事ですか?」
由樹さんが聞いた。
「ああ、爽太は帰ってきて、車を駐車場から出しに行ってる。なんか、ご飯食べに行くって言ってたけど」
と、圭介さんが言うと、
「くるみさんとね、デートなのよ」
と、瑞希さんが言った。
慌ててリビングから、デートじゃないですと言いたかったが、由樹さんがすごく大きい声で、
「じゃ、やっぱり彼女なんじゃない!」
と叫んで、周りのみんなを驚かせた。
「ち、違うんです…」
と言ったが、みんなのわいわいする声で、その声は消されてしまった。
「なんか、この前海で見たときに、ぴんときたんですよ~~、私」
と、由樹さんが言い出す。
「あら、勘がいいのね」
瑞希さんまでが、言い出す。
「それで、あれか、爽太、今日ずっとそわそわしてたのか」
圭介さんまでが言い出す…。リビングに私がいるのを、みんな気づいていないのか?
「ただいま!あれ?くるみさんは?」
爽太君は、お店のドアから入ってきた。
「くるみさん?部屋かしら?」
瑞希さんが、そう言うと、
「リビングにいたよ」
と、圭介さんが言った。
「爽太君!デートだって?」
由樹さんが、いきなり爽太君にそう言うと、
「え?デート?俺が?」
爽太君の慌てている声がした。私はリビングからカウンターの方まで行ったが、出るに出られない感じになっていた。
「やっぱり、彼女なんでしょ?いい雰囲気だったものね」
「え?俺とくるみさんのこと?」
爽太君は、また慌てていた。
「ち、違うってば…」
「あ、くるみさん、爽太来たわよ」
瑞希さんが私に気がつき、そう言った。
「あ、はい…」
お店のほうに歩いていくと、爽太君は、真っ赤になっていた。
「じゃ、ごめん、由樹さん。今度ゆっくりね…」
「はい、いってらっしゃい。楽しんできてね!」
と由樹さんは、爽太君を送り出した。私は、そのあとに続いた。
お店を出ると、爽太君は、
「あ~~~。お店から入らなきゃ良かった。でも、こっち側に車止めちゃったから」
と、ちょっと、頭を掻きながらそう言った。
「なんか、由樹さん、思い切り勘違いしてたよね」
「うん…」
「ちゃんと、違うって言ったほうが、やっぱりいいよね?」
「うん…。でも、違うって言っても、聞きそうにないな~」
車に乗り込み、爽太君はそう言った。
「えっと…。鎌倉の方にあるお店、予約したんだ。そこでいいかな?海の近くにある店でさ」
「うん、いいよ」
爽太君は、車を発進させた。音楽をかけて、それから、
「なんか、夜のドライブ久々かも」
と笑った。
爽太君は、音楽にあわせて鼻歌を歌ったり、いろいろと話してくれたり、とにかく楽しそうだった。
「なんか、楽しそうだね」
「え?」
「運転するの好きだよね。いつも楽しそう」
「ああ、うん。好きかも」
爽太君は、最近とても機嫌がいいというか、元気というか、いつ見ても楽しそうだ。
「仕事、順調?」
「うん。そんなに忙しくないし」
「なんか、充実してるの?」
「なんで?」
「いつも楽しそうだから」
「あはは…。脳天気なやつみたいだね、俺って」
「ごめん、そういうわけじゃなくて…。最近いつも笑ってて、嬉しそうにしてるから。何かいいことあったのかなって」
「いいこと?」
「うん。それか、充実している毎日なのかなって」
「そう?そう見える?俺」
「うん。見えるよ。いつも楽しそう。海の散歩もそうだったし」
「そう?それは多分、くるみさんといるからじゃない?」
「え?私と?」
「うん。会社じゃ、しかめっつらして仕事してるらしいよ、俺」
「え?そうなの?」
「まあ、最近はあまり忙しくないから、いらいらはしてないみたいだけどね」
「ふうん…」
また、爽太君は、流れるメロディにあわせて、鼻歌を歌った。だんだんと日が落ちてきて、対向車線の車のライトが明るく見えるようになり、少し雰囲気も変わってきた。
私は、少し考えていた。爽太君が言ったことを。
「くるみさんといるからじゃない?」
私といるから楽しいのか…。私といて、嬉しいのかな?そんなことを思ったら、急に照れくさくなり、そのまま爽太君の顔を見れなくなり、外の景色を眺めていた。
「爽太が、誰といたがっているか…」
ふと、瑞希さんの言葉を思い出した。
疲れている時にも時間を空けて、その人に合わせたり…。一緒にいられるのが嬉しいんじゃない?
…そんなことも、言ってたっけ。
好きな人といられたら嬉しいし、もっと一緒にいたいって思うじゃない?
…ああ、瑞希さん、そんな事も言ってた。そうだ。そのとおりだ。爽太君と一緒にいられる時間が長ければ長いほど嬉しいし、今日だって嬉しくて仕方がなかった。洋服を選ぶのも、待ってる間も、嬉しくて、どきどきしていた。
好きな相手なら、本当に一緒にいられるのは、嬉しい…。
けど、爽太君の私といられるから、楽しいって言うのは、好きだからなのか、それとも、ただ単に、楽だからなのか…、そんなことをあれこれ、考えていた。
お店に着き、駐車場に車を止めた。それから、お店に入ると、
「予約した榎本です」
と、爽太君がお店の人に告げていた。
テーブルに案内された。海の見える、窓際の席だった。
「わ…。なんか、ロマンチックだね」
思わず、私はそう言っていた。
「気に入ってくれた?」
爽太君が、小さな声で聞いてきた。
「うん。素敵なお店」
「良かった。ここ、ご飯も美味しいよ」
メニューを見て、これが美味しい、これもお勧めと、爽太君が、あれこれ教えてくれた。注文は全部、爽太君にお任せした。
私は素直に驚いていた。女の子慣れしていない爽太君が、こんなにスマートにエスコートしていることに。
「よく、来るの?」
「うん、何回か家族で来たよ」
「そうなんだ」
「父さんが良く言ってた。デートするなら、ここに女の子連れて来たらいいってさ」
「え?いいの?私で…。もっと他に誘いたい人いたでしょ?」
「え?」
「だって、デートするならって…。やっぱり好きな人と来たほうが良かったんじゃないの?」
思わず、私はそんなことを言っていた。
「……。うん。いいんだ。くるみさん連れてきたかったし…」
「……」
今のどういう意味かな…。いろんなことをまた、私は考えてしまっていた。
例えば、ただ単にいいお店だから連れてきたかったとか…。それとも、好きな人っていうのが、私のこととか…。いやいや、それはありえないでしょ?それは、私のうぬぼれでしょ?
「お酒、なにか飲む?」
「爽太君は?」
「飲めないよ。車だもん」
「そうだよね。ごめん。じゃ、私もいいよ」
「いいの?」
「うん」
前菜から運ばれてきた。どれも美味しかった。
「爽太君は、舌が肥えてるよね。瑞希さんも、おばあちゃんもお料理上手だし。こういうお店も来ているし」
「うん。でも、基本なんでも美味しく食べれるから」
爽太君は、やっぱり、いつものように美味しそうに嬉しそうに食べていた。それから、窓から見える海を見て、それから私の顔を見て嬉しそうに笑った。
「どうしたの?」
「うん…。なんか、すごく嬉しいなって思って」
爽太君の笑顔は、すごく無邪気で、こっちまで笑顔になるくらいだった。
それから、爽太君と、出てくる料理を十分に味わい、最後にはデザートとコーヒーをまた、十分に味わい、そしてお店を出た。
「ちょっと車に乗る前に、その辺、ぶらつかない?」
爽太君が、そう言った。
「うん、いいよ。気持ちいいもんね」
少し、ひんやりする潮風が吹いていた。
「寒くない?」
爽太君が、優しくそう聞いてくれた。
「大丈夫」
爽太君は、私と歩く速さをそろえてくれた。ゆっくりと海沿いの道を歩く。
「カップルに見えるかな?」
爽太君は、そんなことをいきなり言い出した。
「え?」
「カップル以外の何者でもないか…。海見ながら夜に、二人で歩いていたらさ」
「普通はね…」
「こういうデートはしたことある?あるよね?やっぱり」
「ないよ。初めて」
「うそ!」
「ほんとに。だって、稔とは、東京近辺でデートしてたし。ドライブもあまりしなかったし」
「そうなんだ!」
「素敵だね。こんなデート…」
「…そう?」
「うん。ロマンチックだよ。女性ならこのデートだけで、いちころだわ」
「え?!本当に?」
「うん。もう、これならきっと、爽太君のさ…」
爽太君の好きな人も、いちころで、好きになってくれるよと言おうとしたが、爽太君はまったく、私の言ってることを無視して、
「くるみさん、喜んでくれたの?」
と嬉しそうに、聞いてきた。
「え?私?うん。もちろん」
「本当に?」
「うん。本当に」
「良かった」
満足そうに爽太君は、微笑んだ。…あれ?
「え?爽太君」
私を喜ばせても、しょうがないんじゃ…。って言いたかったが、また、もしかして爽太君は、私を好きなんじゃないのかって気になってきて、何も言えなくなった。
いやいや、それは私のうぬぼれ…だよね?
「爽太君…」
「え?何?」
爽太君は、少しびっくりして、振り返った。爽太君と目が合い、そらせなくなった。じっと思わず見ていると、爽太君の方が視線をはずして、
「さっき、いちころって言ってたじゃん。あれさ、例えば、弟とかそんな風にしか見えない人も、男の人って意識しちゃうってことかな?」
と、聞いてきた。
「は?」
「いや、だからさ…。例えばね。今までは何とも思ってなかったような相手でも、意識するようになるってことかなって…」
「…え?」
「だからさ。好きになっちゃったりするのかなって…」
「…誰が、誰を?」
「例えばだって…。例えば、くるみさんが別に好きでもなかった人のこと、こういうデートしたら、気持ちが変わったりするのかなって…」
「わかんない。どうかな…」
「え?!でも、さっき…」
「え?さっき?ああ、いちころって言ってたあれ?」
「うん」
「あれは…。ごめん。なんか、変なこと言っちゃった。私…」
「そ、そうなの?冗談?」
「そうじゃなくて。えっと…。だから、きっとね。こんなデートでも、まったく好きでもない人とだと、なんとも思わないかもしれないし、好きな人となら、すんごく嬉しくて、ロマンチックで、もっと好きになっちゃうかもしれないなって…」
「ってことは、こんなデートしたから、好きになるわけじゃないってこと?」
「わからないよ。好きになっちゃう人もいるかもしれないし…。それは、わかんない」
「あ、そう…」
ちょっと、爽太君の声が沈んだ。
それから海を見て、しばらく爽太君は、黙っていた。その横顔を見ていると、なんだか、あまりにも寂しそうで、胸がぎゅってなった。
「爽太君…」
「え?」
「そんなに寂しそうな顔しないで」
「え?俺、そんな顔してた?」
「うん」
「あ…。ごめん、ちょこっと落ち込んでたかも」
「爽太君は、顔に出やすいんだね」
「え?」
「嬉しい時には、すごく嬉しそうだし、落ち込むとすごく落ち込んじゃうし」
「ごめん」
「ううん、謝らなくてもいいけど…。なんか、見てて、胸がぎゅってなっちゃった」
「え?」
爽太君は、どうしたらいいかわからないような表情をした。
「どうしたら、また、嬉しい顔になる?」
と聞くと、さらに、爽太君は、顔を固まらせた。
「どうしたらって言われても。えっと…。ごめん。ちゃんと気持ち切り替えるから、待ってて…」
爽太君は、どうやら自分が落ち込んでいるのを、申し訳ないと思ったようだ。
「ね。浜辺の方に行こうよ」
私は、爽太君の手をとって、砂浜を歩き出した。
そのまま、爽太君の顔を見ず、海の方だけ向いて歩いていると、爽太君もそのまんま、私についてきていた。
「夜の海って真っ暗で、怖いって前は思ってたけど、爽太君といると平気みたい」
と言ってから振り向くと、爽太君は、半分嬉しそうな、半分困ってるような顔つきをしていた。
「爽太君?」
どうやったら、爽太君は喜ぶんだろう?顔を覗き込むと、
「あ…。俺、もう落ち込んでいないから、大丈夫」
と、爽太君は慌てて、そう言った。
「ほんとに?でも、顔がなんか、こわばって見えるけど」
「えっと、それは緊張してるから…」
「え?なんで?!私とだったら、平気って…」
ショックだった。
なんで、緊張しちゃうのか。さっきまで、嬉しそうに楽しそうにしていたじゃないか。やっぱり、私といたからでなく、ただ単にドライブが楽しかったり、ご飯が美味しかっただけ?
「うん。そうなんだけど…。手…」
「え?」
私は、まだ爽太君の手を握っていた。
「ごめん」
手を振り解き、慌てて謝った。でも、前に水族館に行った時には、爽太君の方が手をつないできたよね。それも、あまり意識していない感じだったよね。
「ちょ…、ちょっとさ…。ごめん。俺、意識し過ぎてる…」
「え?」
「夜の海だし。誰もいないし。二人きりだし…」
「うん…」
「…さっき、くるみさん言ってたみたいにさ。こういうシチュエーションだと、好きな人といたらもっと、好きになるっていうか、意識しちゃうっていうか…、それ…」
「?」
「あ…」
爽太君は、口を押さえたが、
「ああ、もういっか…。ばればれだよね?」
と、つぶやいた。
「え?」
「だからさ、俺の気持ちなんて、ばればれだよね?」
「え?」
「とっくに、わかってるよね?もう」
「……」
それは、やっぱり、私を好きだってこと?って言葉にならなかった。
しばらく黙って、爽太君を見ていると、
「いいんだ…。くるみさん、無理して俺に答えようとしなくても…。俺のことなんとも思ってないなら、それはそれでいいし…。好きでもない人とこういうシチュエーションでいても、別に何も思わないならそれはそれでさ…。うん。俺が勝手に一緒に、来たかっただけだし。くるみさんとこんなデートしたかっただけだし。うん…。だから気にしないで」
「……」
私、頭がパニくってる!多分、呆けたまま、爽太君を見てる。
「あ、そんなに困らないで。ほんと、いいんだ…。こうやっているだけで、幸せだし。多くは望まないし…」
「……」
まだ真っ白だ。何も言葉が浮かばない。それ、私の幻聴じゃないよね?
「あ。えっと…」
爽太君は、言葉を失っているようだった。何を言っていいのか、わからない様子。私はまだ、頭が真っ白だ。ただただ、爽太君の顔を見ていた。
「くるみ…さん?」
あまりにも、ずっと私が黙って、爽太君を見ているので、爽太君は困っているようだった。
「あ…」
私はなんとか、声を出した。それから、なんて言おうか、必死に頭を回転させた。
「あのね…」
爽太君は、私が話し出したら、顔をこわばらせた。私が爽太君をふるとでも思っているのか。それでも、なんだか、覚悟を決めたような、そんな顔つきをしていた。
「……」
その顔を見てて、そんな表情も愛しく思えた。そういえば、私、嬉しそうに楽しそうにしている爽太君が好きだけど、こんな表情でも、どんな表情でも愛しいと思うのは同じだな…。
「私の幻聴じゃなければ、あの…。爽太君が好きな人って、もしかして…」
「くるみさんだよ」
爽太君は、半ば観念したっていう感じで、そう言った。
「で、でもね…」
「う…」
う?爽太君の顔はますます、固まっていった。
「私に、恋の相談してたよね…?」
「うん…」
「好きな人に、普通、恋の相談ってしないよね?」
「……。だから、その…。俺もなんでくるみさんのこと好きなのに、その好きな人に相談してるんだろうって思ってた…」
「……」
「でも、俺、相談じゃなくて、きっと、くるみさんが俺のことどう思ってるか、確かめようとしてたのかもしれない」
「え?」
「ずるいよね…。ごめん」
「……」
爽太君の顔を見ながら黙っていると、ますます爽太君の顔は、暗くなっていった。
「ごめん。なんか、もしかして俺、嫌われるくらいのことしてるかな?」
「…え?」
「くるみさんに、好きになってもらうどころか、こんなずるいことしてて、逆に嫌われちゃったかな。好きになってもらえないのはしょうがないとしても、俺、嫌われるのは、かなりきついかも…」
「……」
何でそんな…、暗いほうに…って、ああ、そうか。私が黙ってるからだ。
「ごめん!」
思わず、謝ると、
「う…。やっぱり?」
と、爽太君は、顔を引きつらせた。
「そうじゃなくて、ごめんっていうのは、そうじゃなくて…」
どんどん私は、爽太君を追い詰めてるのがわかって、慌ててしまった。
「あ、落ち込まないで!私も、私もだから」
「え?何が?」
「だから、私だって、ずっと爽太君が好きだったから…」
「…え?」
今度は、爽太君の顔が呆けてしまった。
「え?それ、俺が落ち込んでるから、気を使って…とか?」
「違うよ。違うの…。だって、まさか、恋の相談もちかけてる私のことを、好きだなんて思わないし」
「…え?」
「だから、私、爽太君の恋の話聞くの、辛いって言ったでしょ?」
「うん…。あれ?あれってそういう意味?」
「うん…」
「……」
今度は口を開けたまま、爽太君は、固まった。
「本当に?」
「うん」
「俺のこと、弟くらいにしか思ってないんじゃないの?」
「弟だなんて思ったこともないよ」
「でも、家族みたいなもんだって…」
「初めから、男の人として見てたよ」
「ま、まじで?」
「うん」
「……」
まだ、爽太君は、信じられない様子で、目を真ん丸くして固まっていた。
「俺、絶対に絶対に、片思いで、どうにもならないって思ってて。それで、いっとき、まじで悩んで…」
「うん」
「…いつから?」
「多分、会ったときから…。爽太君は?」
「俺?俺は、いつからかな…。気づいた時には、くるみさんのことしか、考えられなくなっていたから…」
「……」
爽太君から、信じられないような言葉が出て、思わず私は涙が出そうになった。
「でも、全然、俺、気づけなかった。くるみさんも俺のこと好きだって…」
「……。隠してたから、気づかれないように」
「なんで?」
「だって、私も、片思いだと思ってたし…。ずっとずっと、密かに思ってるだけでいいって思ってたし…」
「な、なんで?」
「なんでって…。だって、もしばれて、今までみたいに、そばにいることすらできなくなったら、嫌だったから…」
「ほんと?まじで?そんなことも思ってたの?」
「うん…」
「え?じゃ、俺と一緒にいられて、嬉しかったってこと?」
「うん…」
「俺と一緒にいたかったってこと?」
「うん…」
「まじで?」
「うん…」
「……」
爽太君は、少し喜びの表情が戻ってきた。それから、しばらく何かをかみしめているような表情をした。
そして、いきなり、抱きついてきた。
「え?爽太君?!」
いきなりでびっくりしていると、爽太君は、ぱっと私の体をはなしてから、
「…すごい、嬉しい!俺…」
と、目を細めて笑った。
しばらく二人で、照れあっていた。そして、どちらからともなく手をつなぎ、黙ってお店の駐車場の方に、歩き出した。
「あのさ…」
「え?」
「なんでもない…」
爽太君は、また黙った。
「あのさ…」
「え?」
「ううん…」
また、爽太君は、黙った。
駐車場に着くと、助手席のドアを開けてくれて、私が乗ると、爽太君は運転席に乗り込み、エンジンをかけた。
しばらく爽太君は、ハンドルを握り、フロントガラスの方を、じっと見ていた。それから、私の方を黙って見た。爽太君の表情は、なんだか信じられないといった感じにも見えたし、喜びをかみしめているようにも見えた。
「俺、初めてだ。好きな人が出来て、すごく嬉しくて、それも、好きな人に好きだって言われて、こんなに嬉しいの…」
と、また目を細めて言った。
「ありがとう…」
私が、お礼を言うと、
「え?なんで?俺の方こそ、ありがとうだよ?」
と、聞き返してきた。
「ううん。私のほうこそ…。好きになってくれて、本当に嬉しい…」
「……。うわ……」
うわ…?爽太君は、うわって言ったまま、顔を下に向けた。それからしばらくして、すごく照れた顔をしながらこっちを向いて、
「俺も…。好きになってくれて、ありがとう」
と、そう真っ赤になりながら言った。
それから車を発進させた。しばらくは、黙ったまま、何も音楽もかけずに走った。
しばらくすると、
「ああ、父さんや、母さんになんて言おうかな。それとも、しばらく黙っていようかな」
と、爽太君はぽつりと言った。
「…そうだね。どうしようか。なんか言うのも、恥ずかしいね」
「うん、ばれるまで、内緒にしておく?」
「すぐにばれそうな気もするけど。瑞希さん勘がいいし…」
「だよね。でも、すぐにばれるならそれでもいいや…。向こうが気づくまで、黙っていようよ。なんて言っていいかもわからないし」
「うん」
爽太君と秘密を持てたのが、少し嬉しいのと、でも、瑞希さんたちに隠し事をする後ろめたさが入り混じっていた。
それから、ドライブを楽しみながら私たちは、れいんどろっぷすに帰っていった。




