8. 忘れてるんです
混乱してついうっかり、
「……こここ、このエロ魔獣――!!」
と顔を真っ赤にさせながら不敬にも叫んでしまったのでした。
……そこでふと、記憶がゆらりと揺らぎ、前にもこの言葉を言ったことがある、と気づきます。
私は顔の火照りが冷めないまま、相手のことなどお構いなしに自分の事情を話し始めてしまいました。
「……お父様から、皇子殿下が自領にイメージングステイされていたと聞きました。ですがすみません……私花嫁修行が忙しすぎて、その頃のことをあまり覚えていないんです」
これは言葉こそ違うけれど嘘ではありません、自領を継ぐので影の修行は私にとっての花嫁修行と同義ですし――修行が忙しかったのは本当の事です。
死にそうになりながら……というより半分死にかけてて記憶が飛んでいます。
……そう言えば、あの頃大熱を出して大変だったのだとお母様から聞いたことがある、ような。
そんなしんどい目にあったのに、何故、私は覚えていないんでしょう……何か引っかかるものを感じましたが今は気にしないようにし、殿下への言葉を続けます。
「ですが、もしかしてなんですけど……前に同じように『エロ魔獣』って叫んだ事があるような気がするんです。ヒョロヒョロ〜っとして、ちびっちゃい、男の子に――」
「ああ、その子が俺で合っているよ」
「え?!」
「言ったと思うけれど、当時俺はとても貧弱だったんだ。チビでガリガリ」
「……そうなのですね、それなら合点が行きます。当時ヒョロヒョロした子は眼中に無かったもので」
あえて怒らせるような事を言ってみます。
けど同時に、それくらいのことで揺るがないものを、感じてしまっていました。
殿下は私の物言いにも特に気にした風ではなく、その言葉を受け流します。
「そうか、覚えていないものは仕方ないね。まぁ、これからは覚えていけばいいだけの事だから」
暗に諦める気はないととてもいい笑顔で言われてしまい、私はため息をつきたくなってしまいました。
言葉巧みに相手を誘導する手管は、正直あまり得意ではありません。
どちらかといえば……苦手です……悔しいですが。
それ以上試すのはやめ、話し相手をしつつここから離脱する方法へ変えることにしました。
「覚えると言っても私は最終学年、殿下は四年です。接点もないですし申し訳ありませんが覚える程交流していただこうとも思いません」
「では毎日俺と一緒にここで昼食を取らないかい?」
「ですから、私は――」
「料理人に、リクエストが可能か聞いてみよう」
「――そうではなくて」
「菓子職人への、食後のデザートの手配もつける」
「謹んでご一緒させていただきます!」
……私は、自分の食い気に負けました……。
殿下はその返事に満足したのか、ふわり、と無くした宝物が見つかった時のような表情になりながら、やれあのご飯が美味しくてだの、デザートならこの前食べたあれがだの言い続けています。
そんな顔はなんだかよくわかりませんが……とにかくずるい! そう思いました。
勿体無いは撤回します。
美味しい、大好きです!!