75. 馬で駆けるんです
カツン、コツン
薄暗い中を、手に持った明かりひとつで、下へ下へと向かう男女がいた。
「ここに、本当にありますの?」
「ああ、我が家にだけ伝わる口伝だ、間違いない。ほら…………」
石造りの階段を降り切った先には、広い空間が広がっている。
その床には、何かの血だろうか、茶色く変色した線が何かの模様を成しているようだが、手元の明かりだけではその全てを知ることはできなかった。
「もう少し進んでみても宜しくて?」
女は尋ねつつも、否を言わせないために手をその腕に絡めながら、足を進める。
そうして目的の場所へ着くなり、隠し持っていたもので思いっきり男の首を掻き切った。
「……これで、私の望みは叶うわ」
少しして、ドオオオオオオオォン!! という音と共に女の姿は消えたかのようだった。
時間は少し巻き戻り。
私は帰宅後、今度は日記を読み進めていくことにし実行に移していました。
かなり読み進めていった先で、やっとそれらしい記述に行き当たります。
「あの人はおばあちゃんの最期にやってきて、こういった、『わしがずっと守護するわけにはいかん、人は人の営みを。だが子にはリリアの力が受け継がれるだろう。赤茶の瞳はその証だ。この土地は元は不毛……困る時あれば、その時は赤茶の瞳を頼りなさい』……あの人?」
ッドオオオオオオオォン!!!!
「っきゃっ!!」
「ルルーシア!!」
「お父様! 何が」
音がしてすぐに部屋へと入ってきたお父様は、慌てた様子で私に告げます。
「城で何かあった。私は行くから、くれぐれも部屋から出ぬように、いいね?」
そして言うなりまた部屋から飛び出していきました。
慌てて部屋の窓から城のある方角を見ると、遠くでもくっきりとわかるほど、空に向けて眩い一本の柱が出現しています。
あれが、音の正体?!
いてもたってもいられなくなって、私は着る物もとりあえず馬小屋へと行くと鞍などを用意し馬にまたがりました。
馬も先ほどの音に驚いてうまくいうことを聞いてくれませんが、なんとか宥めると、腹を両足で圧迫して駆け始めます。
「お嬢様??!!」
使用人の誰かの声がしましたが構う余裕はありませんでした。
どうか、間に合ってください。
祈るように馬の駆けるスピードを上げました。
城下に入ると、チラホラと人が何事かと家の外へと出ています。
爆発し吹っ飛んだ城がそこにあるのですから無理もありません、皆一様に不安そうな顔をし、老夫婦は二人で抱き合い、若者は祈りを捧げ、小さな子供はとても不思議そうな顔をして空を見上げていました。
私が駆けて来る間に、空には暗雲垂れ込め、光の柱は徐々に薄く消えかけ、その代わりのようにその暗雲がとぐろを巻いて上空を覆っています。
そこに、何かの影が、あるようでした。
――まさか、邪竜?!
嫌な予感が私の心を覆っていきます。
レイドリークス様、どうか無事でいてください。
そう思うしかできない、今の自分が歯痒くて。
けれどできることがある、そのことに感謝もしていました。
我が家の家業がなければ馬を操ることなど到底不可能だったでしょうし、今から行く城も次期当主だからこそ内部構造は最近教えてもらっていました。
守る対象のいる場所を知らなければ、仮想敵に先手を打たれてしまいます。
そのための知識がきっと、これから行く場所で役に立つ。
そう思うと私がこれまでしてきた事も、きちんと使い所があるのだ、と実感します。
つらつらとそんなことを思いながら、私は不安そうな人達の間を馬で駆けていくのでした。




