66. 涙と告白と
ベッドの側までいくと、そろり、と手を出そうとして気づいた。
まだ血がついていた。
ルルと自分の手とを見比べどれほど大事なものなのかを思い知る。
目から涙がとめどなく、溢れて止まらなくなった。
そっと脇から、エンペルテ嬢が濡れた布巾を差し出してくれたので、声にならない感謝を伝えて、それで手を拭う。
その布巾すらも命のように思えて、けれど温もりはこのベッドの中、この体にもまだ血潮が脈々と通っているのだと思い直し、今度こそありがとうと告げて使い終わったそれを彼女へと返した。
配慮してくれるようで、彼女はそれを受け取ると、自分もそばに居たいだろうに俺に譲るかのように布巾を持って下がっていった。
あらためて、ルルを見る。
そっと、顔を覗き込みながら手を頬へと持っていくと、顔色は青白いけれどほのかに暖かい。
命の温もりだ。
そう思うともう駄目だった。
ぽろぽろと涙はみっともないくらいに落ちていって、少しルルにかかったらしかった。
「……ん、っ。…………レィ……?」
「ルル?! まだ、寝ていなくてはっ」
俺は自分の失態に気づいて慌てたけれど、ルルはどうにも何かに浮かされているようで、うっすらと目を開け言うことなんか聞いてくれなくて。
彼女の手が俺の頬に伸びてきて雨粒のようなそれを掬い撫でた。
「しんぱ…………な、で。レィ……すき……だか、いぃ……す」
そして、それだけ言うと、また瞼が閉じ規則正しい寝息だけが命の連続を知らせてくる。
俺は言われた言葉をうまく飲み込めなくて、呆けたよう暫くに突っ立つことになった。
ギギギギギとでも音がしそうなくらいに体をゆっくりと回して、後ろを振り返ったら、公爵もエンペルテ嬢も、なんだかわかった風で。
いや、公爵は少し青筋が立っていたかもしれない。
エンペルテ嬢はしょうがない子ねとでも言うような表情だったかもしれない。
トーモリエ嬢はキョトンとしていたから、そこでようやく現実らしいと、馬鹿みたいに考えて。
今度こそ俺の涙腺はぶっ壊れ、鼻水まで垂れた。
これはこの場にいる人達だけの秘密になった。
…………俺が、頼み込んだので。
そうして、ルルの意識が戻るまで今度はエンペルテ嬢達も交えて話をし、公爵と俺は状況の把握に努めたのだった――。




