65. 呼吸音という安堵
つい熱が入り身振り手振りで当時の様子を説明する。
なるべく、見聞きした状況を詳しく。
話すことで俺の方も少しずつ冷静になっていくと、だんだんと現状が飲み込めてきた。
「そうですか、そのような事が」
言うと彼は深く息を吐いて椅子に体を預ける。
疲れた様子だがその瞳には燃える命が映っているようだった。
「今思うに、あれは俺への刺客だろう。御息女を危険に晒してしまい、申し訳ない……」
「いえ、好機とわかっていて狙わぬ刺客はおらんでしょうから。娘は元よりあなたを守ると決めていた、ただそのやりようが実直すぎた故の、事故でしょう」
「え? いや、しかし……」
「そういうことにしておいてください殿下。いずれ終わりが見えれば話せましょうが、今はまだ情報が足らず機にございません」
娘の気持ちの代弁をした……というのは内緒ですよ、と公爵は少しおどけた様子で口に人差し指をやり、ゆったりと微笑んだ。
「うちの娘はやりたいことのある子です、そうやすやすと命をくれてやるほどお人好しでもない」
「そう、だな。何より学校の先生がついてらっしゃる」
信じよう、という言葉は口については出てくれなかった。
刺さった三個の暗器にはそのどれもが毒が塗ってあったようで、救護の方が薬を持っており解毒はしたが、予断は許さないだろうと言われた。
ただ幸いに、ルルが避けたのか相手がしくじったのか、他にも放ったものは刺さりもかすりもしなかったようで、もしももう一つ刺さっていたら命の補償はなかったらしい。
紙一重、だったのだ。
今更ながらにそら恐ろしくなって、まるで魂がここから逃げて行かないようにとでもいうように両拳を握りしめる。
そうしてどれくらい経っただろうか、きっとどれほどの時間も経ってはいなかっただろう。
エンペルテ嬢が公爵を呼びにきて、俺も一緒に医務室へと慌ててついていった。
処置が、終わったらしい。
「先生!!」
「こら! しっ。終わったとはいえ怪我人だよ? 静かに入ってきてね」
「あ。……すみません」
「先生、娘の容体は」
慌ただしく部屋へと入ると、ウィッシュバーグ先生に叱られてしまった。
正論なのでぐうの音も出ず体に障っただろうかと心配になりながらも部屋の中を見渡してみると、腕に点滴が付きベッドに寝かされた青白い顔のルルが視界に入る。
「……ルル」
「今は薬で眠らせているよ、起きたら体力を使って予後に影響が出るからね。暗器が内臓まで達していたから自己治癒に障りが出ないようにではあるけど魔法で、開かない程度に修復済み。傷口は救護の医師に縫合処置してもらっているよ。栄養剤は今点滴中。鉄剤処方されたから、経口で魔法使って少し胃の方に入れてある。……大丈夫、助かるよ」
公爵は、まだ何某か話がしたいらしく先生と医師と話し始めた。
俺はルルがまだここにいると、い続けるという認識と感覚が欲しくて彼女のそばへとゆっくりと近づく。
呼吸音が、聞こえる。
生きてる。




