56. ぐーパンチを見るんです
雨の多くなる季節到来で、晴れる日の方が珍しくなってきました。
日々が過ぎる中、学校では今朝から第四皇子の噂で持ちきりになっています。
レイドリークス様はローゼリア様との婚約解消をもぎ取ったようで、公衆の面前で彼女への謝罪まで敢行されたようです。
噂はだいぶ好意的になっていたとはいえ、あいも変わらず悪女説も残っているので時たま女子からの視線が痛く、彼の猪突猛進っぷりに私がなんだか居た堪れなくなりました。
せめて、一言欲しかったな。
今更悪評などなんでもないけれど、でも。
彼一人が批判を浴びる覚悟でいるのはわかっているつもりですが、少し疎外感というか、寂しく思ってしまっています。
一緒に泥を被ったって構わなかったのに、と。
そんな事をガリューシュと教室に向かいながら考えていると、近づくにつれ、噂よりそこかしこで違った喧騒の方が多くなってきました。
「頼む! もうお前しかいないんだ!!」
「ねぇねぇ、私と一緒しない?」
「君のその能力ならきっとてっぺんだって取れるはずだ! 断ればわかっているよな? 大人しく僕と組もうトーモリエ!!」
それと共に、不穏な空気の漂う区画も出始めています。
ドキャッ!
――不穏な空気どころか不穏そのものの音も聞こえました。
「しっつこーい!! 私の内面ごと見ないまま、グループに入れようだなんて片腹痛いです先輩!! そんなんじゃ良いグループになんて絶対ならないです。組み合わせは無限大、何をどう組み合わせるかは各々の技量! ただ良いもの『だけ』寄せ集めたって使う人がわかっていなくちゃ、使い物にはなりません! 先輩は物知らず過ぎます。一昨日きやがれすっとこどっこい!!」
ぐーパンチをしたであろう燃えるような赤い瞳、濃い橙色の艶やかな肩までのセミロングの女の子が、あっかんべをしながら私の脇を通り過ぎて行きました。
件の先輩は廊下でのびています。
断りの文言から察するに、さもありなんです。
あの女の子、グループに欲しいなと思いながら教室へとつき、ガリューシュと別れました。
先程の光景は、学校のこの時期の風物詩です。
毎年この時期になると、グループ決めは生徒個人の采配に委ねられているので、校舎のそこかしこで勧誘だの話し合いだのが始まります。
演習の評定はかなり就職の際の重要情報になり、また生徒もそれは周知の事実なので必然と、真剣過ぎる思いから奪い合いになるのです。
何故そこまで重要視するのか。
それはこの国の成り立ちと切っても切り離せない話で――
ここカルマン皇国は険しい岩山や乾燥した山々に囲まれています。
中心地は緑豊かですが、国境へゆくに従って魔獣の出現が少しずつ増え、また国境に面した他国は二カ国以外砂漠が面するようにもなり、国交は稀です。
そう、少し閉じられたこの国はいつも、砂漠の魔獣や国境付近の魔獣に脅かされながら生活していました。
その為、国境に面した領地での就職は魔法免許必須、またこの国を統べる立場にある貴族の子女子息の中で魔力のあるものは免許取得が絶対条件のようなものになっており。
それゆえ少しでも良い就職斡旋を、自領や国への還元をと思うと、生徒は演習に熱が入りすぎるくらい熱量がすごくなっているのが常なのでした。
今日は大規模演習の準備期間一日目、そしてこの風物詩はこれから一週間ほど続きます。
私は誰と組みましょうか、考え始めたと同時に授業開始のチャイムが鳴りました。




